第五十五話②『形南の価値観』
「魔法少女だからこそ、貴女を見つけた事は事実ですの。魔法少女を探していた事も以前お話しした内容と違いはありませんわ」
淡々と言葉を紡ぎ出す形南が嶺歌を見つめながら「けれどね」と言葉を続ける。
「魔法少女だからお友達になりたい訳ではありませんの。嶺歌でしたからこそ、私は貴女とご友人として交流をしていきたいと、そう思ったのですのよ」
形南はそこまで口にして嶺歌の手を取る。
そうして先程よりも足を速めると綺麗な噴水のある場所まで連れて行かれた。
噴水は形南と嶺歌を認識した途端に大きく水を噴き上げ、飛ばされた水気が、嶺歌の視界に美しく弾き出している。
「本来の計画では魔法少女を探し出し、正様との出逢いを果たし終えましたら、そのままお礼をお渡しして終わりにする所存でした。交流をする気持ちは皆目ありませんでしたの」
「ですが、和泉嶺歌という一人のお方を知っていく度に……私、貴女の性格全てに惹かれましたのよ。魔法少女に相応しい、強いお方なのだとも感じましたわ。正様との出会いの為に探していた筈の人材が、私の中で確実に変わっていきましたの。ただお願いをするだけの存在などではなく、きちんとお友達としてお知り合いになりたいのだと」
そう言うと形南は綺麗に吹き上げる噴水の水に手を伸ばす。彼女の華奢な手はそのまま透明な水に触れ、水の音が僅かに変化する。
その光景は高貴なお嬢様に似合う華々しい光景で、まるで一枚の絵画を見ているかのような気分になる。形南は笑みをこぼし続けたまま、尚言葉を発していく。
「ですから貴女とお友達になりたいと、あの時申しましたのよ。嶺歌、私とお友達になって下さって有難うですの」
そう告げて満面の笑みを向けた形南は心底嬉しそうに、天真爛漫な顔でこちらを見た。
嶺歌は形南の心境の変化を聞けた事に嬉しい思いを抱きながら、こちらこそだよと言葉を返す。そして嶺歌は続けて口を開いた。
「友達になりたいとは言ってくれてたけど、あたしは最初平尾との橋渡し役で終わると思ってたんだ。だからあれなと友達になった日凄く嬉しかったし今思い出してもいい思い出だよ。ていうかそういう風に思っててくれたんだね、魔法少女じゃなくてあたしだからって言ってくれてめっちゃ嬉しいわ」
形南に視線を合わせたまま嶺歌はそこで一番言いたかった言葉を口にする。
「それにあれなが本気であたしを友達だと思ってくれてるのがいつも伝わってきててさ、それも凄く嬉しかったし今も嬉しいよ。ありがと!」
自分の心に浮かぶ嬉しい感情を表に出し、飾り気のない表情で形南に笑い掛ける。
形南はそんな嶺歌を前に目を細めて笑い返すと「お話できて嬉しいですの」とにこやかに笑った。とても可愛らしい、そんな笑みだった。
形南が何を思って嶺歌に友好的に近付いていたのか、これまで不思議でならなかった事が思いがけず判明し、嶺歌は嬉しい気持ちで胸が溢れる。
そうしてそのまま、形南と楽しい談笑を続けながら楽しいひと時を過ごすのであった。
形南との楽しいお泊まり会も終わり、嶺歌はこれから稽古に向かうという形南と共にリムジンに乗車していた。先に嶺歌を自宅まで送ってくれるようだ。
(本当有難いな。……てか、運転は兜悟朗さんだし)
チラリと運転席の方へ目を向ける。
兜悟朗は真っ直ぐに正面を見ながら安全運転をしていた。彼のハンドル捌きの上手さには何度感心をした事だろうか。
「嶺歌さん、到着致しました」
そんな事を考えているとあっという間に自宅のあるマンションまで到着し、嶺歌は兜悟朗のエスコートを受けてリムジンを降りる。
彼の僅かに触れた手に気持ちを高鳴らせながら兜悟朗にお礼を告げ終えると、その様子を見守っていた形南は嶺歌に目線を向けて「またご連絡しますの」と嬉しそうに手を振ってくれた。
嶺歌も「うん、あたしもするわ」と答えて手を振り返す。すると兜悟朗がトランクから嶺歌の荷物を取り出し、こんな言葉を口にしてきた。
「宜しければご自宅までお運び致します」
「いや、でもあれなの稽古が……」
「嶺歌、ご心配には及びませんの。まだお時間はありましてよ。兜悟朗の提案、受け入れて頂戴な」
すると形南がここぞとばかりにそのような言葉で後押しをしてくる。
形南を見上げると彼女は可愛らしくウインクをしてみせ、嶺歌は彼女が気を利かせてくれている事を再実感した。
そして数秒の後、形南にありがとうと礼を告げると兜悟朗に向き直って「じゃあお願いします」とお辞儀をする。
兜悟朗は優しく微笑んでから嶺歌の荷物を全て手に持つと、見送ってくれる形南に再び手を振ってから二人でエントランスの方まで歩いていく。
「行きも帰りもありがとうございます。助かります」
「とんでも御座いません。嶺歌さんのお役に立てるのでしたらどのような事でも仰って下さい」
兜悟朗はそんなとんでもない発言を繰り出すと、お決まりの柔らかで和やかな表情をして嶺歌に微笑む。彼の台詞は聞いているこちらが恥ずかしくなる程に嶺歌を気遣ってくれているのが伝わる。
兜悟朗はどのような思いで、このような発言をしてくれているのだろうか。そのままエレベーターが到着し、二人一緒に中へ乗り込んだ。
「兜悟朗さんも、あたしに出来ることがあれば……言って下さい」
嶺歌は無意識にその様な言葉を口にしていた。兜悟朗にはいつもされてばかりだ。自分も少しは何か一つでも彼の喜ぶ事をしてあげたい。
すると兜悟朗は一瞬驚いたような表情を見せた後すぐに薄く笑みを溢すと、有り難うございますとこちらに感謝の言葉を向けてくる。
「そうしましたら、お言葉に甘えておひとつ宜しいでしょうか」
彼がそう言うので嶺歌は迷わず深く頷き、勿論ですと声を上げた。
そうすると兜悟朗はこちらに対面する形で向き合い、先程よりもワントーン小さな声で言葉を発してきた。
「どうか、今度嶺歌さんに手料理を振る舞わせていただけないでしょうか」
「エッ!?」
兜悟朗は自身の胸元に手を当てながら丁重にそう言の葉を繰り出すと、こちらの瞳を真摯に見据えて言葉を続ける。
「嶺歌さんに僕の手料理をお召し上がりいただきたいのです」
「それはっ……嬉しいですけど…」
嶺歌はドクンドクンとうるさいほどに心臓の音が高鳴り出し、平静ではいられなくなる。
そこで救世主のように『チン』という音とほぼ同時にエレベーターは五階に到着し、嶺歌はすぐにその場を抜け出した。密室に二人きりというだけでも緊張が激しいというのに、この様な事を言われては心臓が持ちそうにない。
「兜悟朗さんのご予定が合うなら……その、是非」
嶺歌は彼に視線を向けられずに言葉だけをそう返すと、兜悟朗が礼儀正しくお辞儀をしたのが視界の隅で分かった。兜悟朗はその後すぐに言葉を発する。
「有難う御座います。必ずお時間をお取り致します。またご連絡差し上げますので、その際にお日にちをお決めできればと」
兜悟朗はそこまで言うと嶺歌の玄関先まで荷物を運び入れてくれ、そのまま再び丁重なお辞儀をして嶺歌の家を後にした。
あっという間の出来事に嶺歌は彼が先程までいた残像をぼんやりと眺める。
(夢……じゃない)
嶺歌は自身の両頬を押さえながら俯いた。
そして真っ赤な顔の熱を覚まそうとじっと玄関の前で立っていると、買い物帰りの母が帰ってきて異様なものを見るような目で「邪魔よ? 何してんの」と言葉を放たれる。
嶺歌はただうんと声を返すと顔の熱が止むまでじっと一人、部屋で過ごすのであった。
第五十五話『形南の価値観』終
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