第五十三話②『お泊まりと赤面』
「嶺歌、お待ちしておりましたの」
リムジンまで到着すると、車内で待機していた形南が顔を綻ばせてこちらに笑みを向けてくる。相変わらず天真爛漫なその笑みは、嶺歌のよく知る形南の可愛らしい笑い方だった。
形南は手を伸ばして嶺歌をエスコートしようとしてくれる。彼女の好意に甘えて嶺歌も手を伸ばし、そのままリムジンに乗車した。
「それではご自宅までお向かい致します」
迅速な動きで運転席へ着いていた兜悟朗がそう言うと車が動き出し、嶺歌と形南はリムジンに揺られる。
形南とこうして会うのは数週間ぶりだ。とは言っても、毎日のようにレインを交わしては時折電話もしていたので久しぶりという感覚はそこまでない。
形南には近況を逐一話していたが、まだ兜悟朗との夕食の出来事は話していなかった。直接会った時に話したいと思っていたため今夜が話し時だろう。
形南もそれを察してくれているのか「今夜はお菓子を頬張りながら夜更かしですの♡」と頬をこぼれ落ちそうなほどに緩ませて楽しげに話していた。
形南の自宅に到着すると彼女の専属執事とメイド達が嶺歌たちを出迎えてくれ、丁重に挨拶をしてくれる従者たちに嶺歌も挨拶を返していった。
それから形南の部屋に案内される。彼女の私室に足を踏み入れるのはこれが二回目だ。
「あれなの部屋久しぶりに来たけど、やっぱめちゃ豪華だね」
形南の部屋に入るのは今日が初めてではないが、やはり豪華で広いという感想が一番に出てくる。
これまで案内されてきた部屋もとても広かったのだが、それでも形南のこの部屋は広いというだけでは表現しきれない規模の大きさだ。まるで宴会会場である。
そんな事を思いながら部屋を見回す嶺歌に対して、形南は口元を上品に緩ませてから言葉を発した。
「ささ、こちらにお掛けなさいな」
形南はそう言って嶺歌をとあるソファに誘導する。案内されるがままに嶺歌が腰をかけると、形南も対面する形でソファに座り、タイミングよくティーセットが運ばれてくる。
「お夕飯の時間も控えていますの。こちらを飲み終えたら、料理を運んでもらいましょう」
「料理楽しみ! ありがとね」
「ふふ、喜んでいただけて何よりですの。本日は一流のシェフが腕によりをかけて調理しておりますの。どうかご期待なさって下さいな」
そんな会話をして形南と夕飯を楽しんだ。料理は本当にどれも美味しく、おかわりしたくなるほど美味なものばかりであった。
一通りの料理を食べ終え、残りはデザートのみとなる。
お腹が満たされた嶺歌はそこで兜悟朗の事をふと頭に思い浮かべた。兜悟朗の姿は屋敷に入って以降まだ見れてはいない。
寝る前に一度だけでも会えないだろうかと考えていると、形南が急に「兜悟朗の事を考えておりますの?」と微笑ましそうなものを見るような目で口にしてきた。嶺歌は肩を跳ねらせて形南を見る。
「ここ入ってから見てないなって思っただけだよ!? まあ……考えてるのは否めないけどさ」
図星をつかれ照れ臭くなった嶺歌は、そう言って自身の首筋を触っていると形南はくすくすと喜ばしそうに微笑んできた。
その視線に気恥ずかしさを覚えるものの、友人に彼への一途な想いを知られているという状況を嬉しくも思う。
嶺歌は好きになるとその人の事ばかりを考えてしまうのだという話を彼女に振ると、形南は強くその言葉に同意を示し、その話で盛り上がるのだった。
豪勢な食事を終え、デザートも楽しみ入浴も済ませた。形南の部屋に設置されている豪華なお風呂に入り、髪の毛を乾かし終えるといよいよ女子会の時間が訪れる。
「ふふっそれでは嶺歌、お待ちかねの恋バナ会ですの!」
形南はそう言って嬉しそうに大きなキングサイズのベッドの上に嶺歌を手招く。どうやら今日はこのベッドの上で一緒に寝る事になるようだ。
天蓋付きのいわゆるお姫様ベッドと呼ばれる上品で美しいベッドは、嶺歌も初めて体験する新鮮な寝具だった。
そっとベッドの上に乗ると予想以上にふかふかで気持ちがいい。しかしそこで嶺歌は自身が汗をかいている事に気が付く。
(なんか……暑いな)
そう思い羽織っていたカーデガンを脱いだ。十月にもかかわらず異常気象のせいで今日は真夏の気温になると言われていた事を知ってはいたが、それにしても夜まで暑いとは可笑しな気温である。風呂上がりだからというのもあるのだろうか。
嶺歌はブラパッド付きのタンクトップ一枚になるとそのまま服を摘んでパタパタと自身に風を送り始める。
形南も暑そうだが、彼女は品のあるネクリジェの袖を捲ることはなく、嶺歌を微笑ましそうに見てから「クーラーの温度を下げましょうか?」と声をかけてくれる。
嶺歌は大きく頷くと、形南がリモコンで操作をしてから数秒としない内に涼しい風の強度が上がり、先程よりも涼しくなってくる。
「ありがとあれな。じゃあ早速話そ! あれなの話から聞きたいな」
そう言って嶺歌がベッドに座り直したところでしかし形南は突然、目を大きく見開き自身の口元を抑え始めた。
嶺歌は彼女の表情の変化に驚き一体どうしたのかと問いかける。
すると形南は震える手を持ち上げながらゆっくりと嶺歌の背後の方を指さしてきた。
(えっゴキブリ?)
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