第五十三話②『お招き』
「本日はお招き頂き有難う御座います。高円寺院家にお仕えしております宇島兜悟朗と申します」
そう言って丁重な一礼を家族の前でして見せた兜悟朗は、嶺歌以外の三人が呆気に取られている様子にも臆せず柔らかな笑みを向けて微笑む。
「嶺歌さんのご家族様にお会いできました事、大変嬉しく、光栄に思います。どうぞ宜しくお願い致します」
そうすると兜悟朗はそっと手に持っていた紙袋を差し出す。まさかとは思ったがやはりそうだ。兜悟朗は招かれた身であるにも関わらず手土産を持ってきてくれていた。
「兜悟朗さん! 今日の主役は兜悟朗さんですから、手土産は大丈夫ですよ」
嶺歌はそう言って彼に袋を戻すよう促すが、兜悟朗は笑みを維持したまま「こちらはお気持ちですので」と口にして戻そうとする姿勢を見せない。
すると嶺璃が「わーい! お菓子!? ありがとう執事さん!」と声を弾ませて兜悟朗から無邪気に紙袋を受け取ってしまう。
「ちょい嶺璃! 戻しな!」
嶺歌がそう注意するが、兜悟朗はそんな嶺歌に視線を向けて柔らかく微笑んできた。
そうして「どうか受け取って下さい」と口にしてくる。それは反則だ。彼の笑顔に弱い嶺歌はもう頷くしかなかった。
ありがとうございますとお礼を告げると、正気に戻った母と義父が兜悟朗を自宅の中まで案内をし始めた。
兜悟朗は玄関口で靴を脱ぐと、きちんとした姿勢を保ちながら自身の履いてきた靴を丁重に整える。
その洗練された美しい所作にまたもや呆気に取られる両親と菓子折りを喜ぶ嶺璃、そして兜悟朗の笑顔でやられる嶺歌は色んな意味で兜悟朗という一人の存在に圧倒されていた。
「宇島さん、娘をお助け下さり、本当に有難うございました。このご恩は一生忘れません」
食事を始める前に両親が正式に兜悟朗へ感謝の言葉を告げ始める。
深く頭を下げて兜悟朗にお礼を告げる母の姿は初めて見る光景だった。義父も一緒に深いお辞儀をして、そんな両親の姿に嶺歌は胸が熱くなる。
兜悟朗は柔らかく微笑みながらどうか顔をお上げくださいと口にした。
「私も嶺歌さんをお救い出来ました事を本当に嬉しく思っております。ですからどうか、これ以上のお気遣いはお控え下さい」
兜悟朗の大人らしく紳士的な対応は、嶺歌の心を簡単に弾ませてしまう。
そしてそんな彼の姿を見て嶺歌は、兜悟朗を見上げて有難うございますともう一度会釈をした母に「そろそろ食事始めようよ!」と声を上げた。
兜悟朗の立場を考えると、これ以上畏まった雰囲気は彼にとって居づらいのではないだろうかと感じたからだ。
ほぼ準備の整った食卓に兜悟朗を案内し、彼にはいつも義父が座っている席に腰掛けてもらう。
そこは嶺歌と対面する席のため少々気恥ずかしいのだが、しかし嬉しい気持ちの方が何倍も大きい。
嶺歌は母と共に残りの料理を運び出すと兜悟朗は嬉しそうに料理を眺めながら「全て手料理なのですか、有難う御座います」と言葉を発した。何故手料理だと分かったのだろう。やはり彼はエスパーなのかと思わず疑ってしまいそうになる。
(でも兜悟朗さんも料理する人だし……素材の見た目とかで分かったのかな)
どうあれ凄すぎる彼の洞察力に再び感服しながら嶺歌は兜悟朗の近くにコップを置いた。そうして彼に向けて口を開く。
「兜悟朗さんは希望の飲み物とかありますか? 大抵のものは揃ってます」
そう尋ねると兜悟朗は優しく嶺歌の瞳を見据えながらニコリと笑い、言葉を返す。
「そうしましたら、皆様と同じものでお願いできますでしょうか」
「麦茶とかですけど……ほんとにそれでいいんですか?」
「ええ、同じ飲み物を皆さんと味わう方が嬉しいです」
(…………好き)
心の中でそう実感した瞬間だった。
next→第五十三話③