第五十一話③『生い立ちとサプライズ』
それはとても驚く彼の生い立ちだった。
兜悟朗の両親は元から執事やメイドをしていたものの、息子である兜悟朗にそれを強要する事はなかったと言う。
だが兜悟朗は自ら親のような執事を目指そうと幼いながらに決意を固め、自分の意志で小学校から執事やメイドになる者が通う専用の学校に入学したようだ。
それから中学高校と、執事になるためのスキルを磨き上げ、卒業とともに東京へ上京したらしい。
大学には通わず、そのまま執事を募集している家を探していたそうだ。そこで出会ったのが高円寺院家だった。
偶然にも執事を募集していた高円寺院家に兜悟朗が応募をし、めでたく雇用される事になったらしい。
「当時まだ七つの形南お嬢様とご対面して、僕はあの方に忠誠をお誓いしました」
そう言って兜悟朗は昔を思い出すかのように優しい顔つきをして窓の外に目を向ける。形南との出会いを思い出しているのかもしれない。
その思わず微笑ましく感じてしまうような彼の表情に、嶺歌は「あれなへの親愛はいつも感じてます」と言葉を溢す。
すると兜悟朗はこちらに視線を戻して嬉しそうに笑うとこのような言葉を返してきた。
「そのように仰って頂き、とても嬉しく思います。形南お嬢様とは初めてお会いした時から生涯お仕えする事を決意していたのです」
そして兜悟朗はそのまま執事に関する説明をしてくれた。なんでも執事には二パターンの者が存在するという。
一度仕えた家または主人に一生仕え続けるタイプの執事。そしてもう一つは様々な家を転々とし、仕える主人をその都度変えていく執事。
兜悟朗は紛れもなく前者であると嶺歌にも容易に分かったが、どうやら兜悟朗のような執事はそういないのだとか。
「僕の知人には後者の者が多くおります。お仕えする主人との相性も大切な要因ですから、現実的には後者の方が多くなってしまうのです。僕は幸運な事に形南お嬢様にお仕え出来ました事でそのような心配には至りませんでした」
そう言って兜悟朗は形南へ感謝を向けていた。
嶺歌はそれを聞いてただただ優しい気持ちになる。
兜悟朗の過去を知れた事はもちろん、彼が本気で形南を敬愛しており、形南に出会えた事自体が幸運であったと偽りのない澄んだ瞳で、本心を口に出しているからだ。
しかしそれを厳かに話している訳でもなく、彼には控えめな姿勢も見えている。ここまで謙虚な人もそういないだろう。
「小学生から寮に入っていたなんて驚きました。小学校からの知り合いは今も執事やメイドをしている人ばかりなんですか?」
嶺歌が好奇心からそう質問をしてみると、兜悟朗は笑みを向けながらはいと直ぐに答えを述べる。
「そうですね。中には執事やメイドを辞めた者もおりますが、殆どの者が現在も従者を務めております。小学校から入学した者は皆、精神共に鍛え抜かれておりますので、余程の事情がない限りはこの職業から離れる事はないでしょう」
(すごいな……)
世界が違うと思った。嶺歌は魔法少女と言ってもそれを抜いてしまえば普通の女子高校生と変わらない。
しかし兜悟朗は生まれて六年程ですぐに親元を離れ、その幼い体で執事への道を着実に歩み始めていたのだ。
対する嶺歌はただ親元で暮らし、特に夢も考えずにただ日々を過ごして生きている。
普段他人と比較する事のない嶺歌だが、これは流石に生きている世界があまりにも違っていたのだという感想を無意識に抱いていた。
兜悟朗の万能さの正体は、全て彼が過去で培ってきた努力の結晶なのだ。
そう認識を改めた嶺歌は、兜悟朗の顔をもう一度見てから頭の中に刻み込む。格好良くて素敵なこの宇島兜悟朗という男性は、彼自身の奮励があったからこその姿なのだ。
(兜悟朗さんはどれくらい大変な思いをしてきたんだろう)
そう考えながら兜悟朗を見ていると途端に彼の深緑色の瞳と目が合う。
嶺歌は鼓動を跳ねらせながら平静を装おうと水を口の中に流し込んだ。
「そろそろ良いお時間ですので、本日はお開きにしましょうか」
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