第四十八話③『本音』
「いや、そう思うのは普通じゃない?」
形南は自分に言い聞かせるようにそう口にするため、嶺歌も自身の思った事を彼女に告げる事にした。
「あれなは今あたしに嫉妬してて、でもそれは自分の心が狭いから、自分がまだ未熟な人間だからって思ってるんだよね? でもそれは、どんな人間でも感じるだろうし、制御するのは難しい話だよ」
「……っけれど……お友達の嶺歌にこのような感情……っ」
「ヤキモチなんてみんなあるよ、だからあれなのその感情は悪いものじゃないし、あたしもそう思われても全然不快じゃないから大丈夫。むしろあたしの配慮が足りなすぎたよ、ごめんね」
嶺歌は眉根を下げ悲しみに暮れる形南の方に移動すると、そのまま形南の頭をそっと撫でてそんな言葉を掛ける。
形南が感じている感情は間違いようもなく平尾を好きすぎるが故の嫉妬だ。
どれだけ大切な友達であろうと親友であろうと、好きな人が自分以外の誰かと親しい事を嘆くのは決しておかしな感情ではない。
嶺歌も形南と兜悟朗の二人をそこまでではないにしろ、羨ましいと感じた事は何度かあった。
正義を貫く嶺歌も、いつも兜悟朗のそばにいられる形南を羨んだ事は確かにあったのだ。
それを形南に伝えると形南は静かに泣いていた顔を上げて「そうでしたの?」とこちらを見る。嶺歌はうんと頷くとそのまま言葉を続けた。
「まあ二人の親愛関係は知ってたから、凄い嫉妬心とかはなかったけど、あれなの事を羨望した事はあったよ。だから皆あるんだよ、変な感情なんかじゃない」
そう言って再び形南の頭を撫でた。
形南は大人しく嶺歌に撫でられ続け、小さな嗚咽を見せながらも嶺歌のその言葉に何度も頷いていた。か細い声でお礼の言葉を口にして。
しばらくして形南が落ち着いた様子を見せる。
嶺歌は形南が何かを発するまでその場で静かに彼女の隣で背中をさすっていた。
形南はもう通常のように話せるのか「嶺歌、もう大丈夫ですの」と声を発する。
その言葉で嶺歌も向かいの席に戻り腰を下ろす事にした。
そうしてから形南は対面する嶺歌の手を握ってこちらをまだ腫れた目のまま見つめて再び口を開き始める。
「本当に有難う御座いますの。醜い私の心を受け入れて下さって……何て心が広いのでしょう。本当にごめんなさい」
形南はそう言うと再び泣きそうな顔を見せていた。
嶺歌は笑みを返しながら何言ってんのと言い、形南の再び浮かび上がった一滴の涙をハンカチで拭ってやる。
「全然平気だって。あたしも悪いんだし、もう謝るのはなしにしよ」
嶺歌はそう笑って声を発すると形南も口元を僅かに緩めて小さく頷く。そうして形南は再度口を開いた。
「ですが嶺歌、平尾様とはこれまで通りの関係を続けて下さいな」
「え?」
「本当にそうして欲しいのですのよ。ヤキモチ…というものが私の中にある事は確かに認めます。けれどそれが他者の交流を妨げてはなりません。他でもない、大好きな嶺歌に気を遣わせたくはないの」
形南はそうしっかりとした目つきで嶺歌に言葉を放つ。
その様子は先程まで泣いていたか弱い女の子の形南ではなく、嶺歌がいつも感じていた高円寺院形南の逞しくも貫禄のある姿だった。
嶺歌は思わずそんな形南に見入り、一拍置いてから大きく頷き、分かったと答える。
「じゃああたしも変な遠慮せずにこれまで通りであいつと付き合うよ。でも嫌な時は我慢しないで言ってね。約束」
嶺歌がそう口にすると形南も嬉しそうに笑みを溢してはい! と声を返す。
今回の形南との出来事は、彼女との友情を深める大きな出来事の一つになったようなそんな気がしていた。
形南といつも通りの雰囲気に戻り始めると、嶺歌はずっと気になっていたある事をこの機会に尋ねてみる事にした。
それは形南と兜悟朗の関係性についてだ。
形南と兜悟朗をそのような目で見た事は本当にないのだが、形南本人としては兜悟朗の事をそのような目で見た事が一度もないのか単純に気になったのだ。これは完全に嶺歌の好奇心である。
すると形南は注文したアップルティーを口に含めた後、口角を朗らかに緩めながら嶺歌の問い掛けに答え始める。
「そのような事は決してないと言い切れますの」
そう言ってもう一口アップルティーを口に入れた。
「兜悟朗は私の大切な執事であり家族ですの。恋愛感情を抱くにはあまりにも親愛が強すぎますのよ」
それはとても説得力のある一言だった。嶺歌はもう尋ねる事がないとそう思える程に形南の説明は納得感が強く、それ以上この手の質問をするのは野暮に感じられた。
そう思っていると、形南はティーカップをテーブルに置きながら「ですが」と尚言葉を続けた。
「そのようなお話はお聞きした事がありますのも事実ですのよ。私と兜悟朗では有り得ない事ですが、私のお知り合いにも執事と結ばれた事例は確かにありますの」
「え、そうなんだ!?」
まるで少女漫画の世界のような話だ。だがそれが実際にあるという話には嶺歌も瞬時に納得していた。
きっと嶺歌が形南の立場で、兜悟朗がそのまま執事であるならば自分は間違いなく彼を異性として好きになっていただろうとそう確信しているからだ。立場の問題は関係なく、嶺歌が兜悟朗を好きになったのは必然的だと言える。
嶺歌がそう形南に伝えると彼女は頬に手を当てながら目を輝かせていた。
「嶺歌ってば本当に兜悟朗を慕っておりますのね、嬉しいですの! 本当に、心から応援していますのよ」
そう言って可愛らしく笑顔を見せてくる。
嶺歌はその素直で純粋な友人の笑顔にありがとうと言葉を返しながら、兜悟朗への想いを改めて強く実感するのであった。
翌日は形南と平尾が遊ぶ約束を交わしている日だ。
嶺歌はお節介だとは思いながらも二人のデートが気になっていた。
(そろそろどっちか告白しないのかな)
そう思いながらもしかしそれを促すのは違うと分かっている。
二人には二人のペースがあり、嶺歌が催促するものではない。嶺歌はもどかしい思いを再び感じながらもそれと同時に自身の兜悟朗への気持ちも一緒に重ねていた。
そしてそこで完全に兜悟朗への気持ちに頭の中が切り替わる。
(兜悟朗さん……告白、したいなあ)
彼に一人の男性として好きなのだと想いを打ち明けたら、兜悟朗はどんな反応を見せるのだろう。困惑した顔をされたらと思うと怖くてたまらない。
だがもしかしたら笑顔で応えてくれるのではないか。
そんな願望のような想像をしてはみるものの、現実的ではないとすぐにその考えは改めていた。
第四十八話『本音』終
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