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第四十六話②『一喝』



「ええ? そりゃあたしも嫌だけど」


「知ってる。だから行動してくる。和泉(いずみ)さんは何もしないで待ってて」


 平尾はやけに強めにそう告げると迅速な足で裏庭を出ていく。


 嶺歌(れか)はどうなっているのか分からずしばしその場で立っていたが、数分が経過してようやく平尾の違和感に気が付いた。


(あいつ……どもってなかった)


 いつもは口を詰まらせていた平尾が、全く言葉をつまらせずしっかりとした口調で言葉を放っていた。


 普段と違う彼の様子に嶺歌は驚きながらも平尾が何を思って行動しようと目論んでいるのかを思考してみる。


 だが何も分からず、仕方がないから教室に戻ろうと考えた嶺歌は、自身のクラスまで戻ってきたところである事を感知する。何やら隣の一組が騒がしい。


 嶺歌は平尾の事もあり、気になって一組の教室を覗き込んでみる事にした。


 するとそこでは予想外の光景が繰り広げられていた。


「和泉さんはただの友達で恋人じゃない。俺が好きなのは別の学校の凄く可愛らしい女の子だから」


 なんと平尾は自身の教室の教卓に堂々とした姿で立ち、スピーカーを手に取ってそのような発言をかましていたのだ。


 オドオドした弱々しい印象の彼からは予想もできないその行動力に嶺歌は思わず見入ってしまう。


(平尾……やるじゃん)


 そして同時に彼に敬意を示していた。


 いつも目立ちたくはないと日陰で生きる口ごもりの男は、好きな女の子ただ一人の為だけにこのように大胆なことをしてのけるのだと、嶺歌は平尾のその姿を見て強く思った。


「嘘つけー!!」

「和泉と付き合ってるって認めろよ! あいつ狙ってる奴多いんだからな! 全員敵だぞ!」

「本当は嶺歌ちゃんが好きなのにバレたくないからって嘘いうなよ」


 しかし嶺歌のそんな感激とは裏腹に一組の生徒共はそう言って平尾にヤジを飛ばしまくっている。


 だがそれでも平尾は怯む様子を見せずに再び声を上げた。


「嘘じゃない。俺が好きなのは形南(あれな)ちゃんっていう同い年の小柄で上品な子で、いつも優しくて笑うと天使みたいにお花が舞ってるようで……とにかく凄く好きなんだ。俺が好きなのはあれちゃんなんだ。だからあの噂はデマだよ」


 平尾はこの大衆を前にしてもそうはっきりと口にしてみせた。形南本人のいない大胆な告白だ。


 嶺歌(れか)は再び平尾のその様子に胸を打たれる。本当に、今の平尾は男らしく逞しい。贔屓目なしでそう思えていた。


「ばーか。作り話、ご苦労さん」

「認めない男はどこだー? 平尾くんでした!」

「そんな空想はいいから認めなよ」


 だがそれでも一組の連中どもは彼の勇気を振り絞った告白を、茶化して嘘だと踏み躙る。平尾の味方をする者は誰もいない。


 声の大きい生徒は平尾を集中的に言葉の暴力で攻撃し、おとなしい生徒はただただ静観している。


 彼に聞こえないようにヒソヒソと嫌味のような事を仄めかしている者もいた。


 嶺歌はその様子を客観的に見て、これ以上我慢ならないと思い、教室内に足を踏み入れる――。


「話聞けよ」


 嶺歌はバンッと強く教卓を叩き上げた。瞬間、一組のクラス全員が嶺歌の方に目を向け、シンと教室内が静かになる。


 嶺歌はクラスに滞在する全員に鋭い視線を向けながら続けて声を発した。


「作り話とか決めつけんなっての。自分が都合のいい妄想に仕立て上げたいだけなら黙ってろよ」


 嶺歌はそう言って平尾に対して作り話だとほざいた男を同情のない目で睨みつける。彼は一瞬にして怯み、顔を背けた。


「付き合ってないって言ってんだから付き合ってないんだよ。噂なんかどうでもいいけどね、あんたら声デカすぎ。人の迷惑考えろや」


 そう言って全員を睨みつける。


 一組が急に静まったせいか、嶺歌(れか)一人の威圧的な声に反応した他クラスの生徒らが次第に一組に集まり始めていた。


「平尾が好きな子いるって言ってんでしょ? それを嘘とか空想とか馬鹿言ってんじゃねーよ、あんたら自分がそれされたら腹立たない? あたしだって他に好きな人いるんだから凄い迷惑なんだよ。とにかくマジで黙ってよね」


 そう言葉を放ち、嶺歌が敵対する全員に向けて一喝すると彼らは何も言えないのか誰も声を上げなくなった。


 しかし黙らせただけではこちらの気は済まない。きちんと清算させてもらおうと再び声を上げる。


「平尾を馬鹿にした奴ら全員今ここで謝ってよ。あたし誰が言ったかちゃんと覚えてるかんね」


 そう言ってクラス中を見渡す。


 しかしこれは流石に望んでいなかったのか平尾が慌てた声でこちらに言葉を向けてきた。


「い、和泉さんもういいよ……!? 今ので十分すぎるっていうか……」


「何言ってんの? さっきの威勢はどうしたよ? あんたは黙って謝罪を受け入れる準備でもしてな」


 嶺歌はそう彼に言葉を放つとそのまま視線をクラス内に戻し「早く言えや」と平尾への謝罪を催促した。


 平尾の逃げ出したくなる気持ちも分からなくはない。目立ちたくない彼が謝罪を受けずにそのまま噂だけをなくせればという考えのもと動いていたのは嶺歌も理解している。


 だが、それではあまりにも平尾に失礼だ。


 嶺歌はそう思う程に彼の先程の男前な強い姿勢に感銘を受けていた。


 だからこそ、平尾が侮辱されたままでは終わりたくない。


 これは正義を絶対視する嶺歌の我儘だ。しかしそれでも、嶺歌は変えたかった。世間からの平尾への評価を。


「ご、ごめん……平尾」

「ごめんなさい平尾くん」

「平尾、悪かったよ」


 嶺歌(れか)が終始威圧的に睨み続けていたおかげか否か、一組の生徒はポツリポツリと声を上げ、平尾に謝罪の言葉を向け始める。


 平尾は動揺しながらも「う、うん……いいよ」と彼らの謝罪を受け入れ、その様子を見届けた嶺歌はもう何も言わずに廊下へ出て行った。これで一件落着だ。


「い、和泉さん」


「何?」


 すると平尾に呼び止められる。彼は先程の逞しい姿勢が一気に無くなり、いつもの弱々しい平尾に戻っている。


 嶺歌が振り向くと平尾はこちらをチラリと見てからこんな言葉を発してきた。


「め、めちゃくちゃかっこよかった……ありがとう」


「……」


 それを聞いて嶺歌は意表をつかれた。それはこちらの台詞だ。


 だが彼にそう言われるのは何だか嬉しいと思う自分もいた。平尾とは、戦友のようなものなのだ。だからこそ助けたいと思っていたのも本当だ。


「それあたしの台詞だから。さっきのあんた、かなりかっこよかったよ。もう予鈴鳴るから行くわ」


 そう言って手をひらひらと舞わせながら自身の教室へと入っていく。


(今度あれなにこれ、見せてあげよう)


 嶺歌は平尾が先程クラスメイト全員の前で自分が好きな人は形南(あれな)なのだと、はっきりとそう口にしていた場面を思い浮かべていた。魔法少女の力を使えば彼のあのシーンは容易く映像にできる。


 二人が付き合った際には絶対にこれを見せようとそう心に誓いながら、嶺歌は自分のクラスメイト達の質問攻めを交わして物思いに耽るのであった。




第四十六話『一喝』終


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