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第四十三話①『救助』



 お昼休憩で形南(あれな)と平尾が戻ってくるとそのまま海の家に入り、皆で焼きそばを食べていた。形南がこのような庶民的な場所で食事を摂っているのはなんだか新鮮だ。


 しかし彼女も平尾との何回かのお出掛けで慣れているのか美味しそうに焼きそばを頬張っていた。


 形南の順応力の高さに改めて彼女が優秀なお嬢様である事を認識する。


 そうしてお昼ご飯を食べ終えると少ししてから再び三人で海に入る事になった。


 兜悟朗(とうごろう)はやはり荷物番のようで微笑ましげな顔を向けて「いってらっしゃいませ」とこちらを送り出していた。


 嶺歌(れか)はまた兜悟朗と二人でテントにいたいという思いもあったが、高頻度でそこにいては兜悟朗には勿論の事、せっかく誘ってくれた形南や同行者である平尾にも悪いだろう。嶺歌はそのまま三人で暫くの海水浴を楽しむ事を決意した。


 数十分ほど三人で浅い方の海辺で遊んでいたが、嶺歌は少し気分転換に深い方まで一人でサクッと泳いでこようと思い至り、形南と平尾に声を掛ける。


 二人は快く嶺歌を送り出し、嶺歌も二人に気が済んだら戻るねと言葉を返してそのまま海に潜った。


(兜悟朗さんは泳がないけど、やっぱり執事だし泳ぎは得意だったりするのかな)


 無心で泳ぐ事はできず、形南達のような話し相手を失うと途端に兜悟朗の事ばかりを考えている自分がいる。


 嶺歌は兜悟朗に関してそれほどよく知らない事を自覚していた。彼に尋ねれば教えてくれるだろうか。


 そう思って一旦泳ぎを止め、水面から顔を出す。


 結構深くまで泳いできたと思いながらそろそろ戻ろうと思った時だった。突如激しい痛みが足の太ももに伝わり、嶺歌は自身の足が攣った事を瞬時に理解する。これはまずい。


「っ……!」


 足が攣った状態の今、とても泳ぐ事は出来ず、嶺歌が声を発しても近くに人がいないのかこちらに近寄る気配が一人もいない。


 嶺歌はそのまま足の痛みに耐えながら悶え、透明ステッキを取り出そうとするが足の痛みに引っ張られて上手く手が動かせない。


 ステッキはいつも嶺歌の懐に常備してあり、魔法で作られたものであるため失くす心配は基本的にないのだが、それでもきちんとステッキを手に取り変身できなければ嶺歌はただの人間だ。このままでは自分は深い海に沈んで溺れ死んでしまうだろう。


(どうしよ……これ、まずいかも)


 だんだんと息ができなくなっていくのを感じる。


 バシャバシャと水の音が自身の最後の抵抗なのだが、きっとこれもそう長くは続かない。流石にこれはもうダメだと、覚悟した。


兜悟朗(とうごろう)さん)


 彼の名を頭の中で呼びながら嶺歌(れか)は意識を失いかけ――――そうになった時、誰かに身体を持ち上げられた。


 力強い腕でバッと水の中の苦しみから解放された嶺歌はそのままその人物の体に身を委ね、思うように動かない身体を運んでもらう。何か言われているのだがよく聞こえず、嶺歌はただただ必死で息をしようと呼吸をする。


 しかし溺れ掛けていたことからゲホゲホと咳き込み、飲み込んでしまっていた水を吐き出した。


 嶺歌は薄っすらと残った力で目を開け、助けてくれた命の恩人を自身の視界に入れる。その勇敢な恩人は――――――嶺歌の思い焦がれる兜悟朗だった。


「嶺歌さん、もう少しです。頑張ってください」


 いつも以上に砕けた口調で彼がそう口にしたのを確かに耳にした。


 そしてそこで嶺歌は兜悟朗に抱えられ海の中を移動しているのだと理解していた。今、彼は深いこの海まで飛び込み、嶺歌を救出してくれたのだ。


 嶺歌は小さく頷くが、陸まで必死で泳いでいる兜悟朗にはきっと伝わっていない。


 だが最後に思い浮かべた大好きな人が、自分を助けにここまで来てくれた事が嬉しく、嶺歌は陸に上がるまで兜悟朗の背中に終始しがみついていた。


 浅瀬まで到着すると兜悟朗に身体を持ち上げられ、横抱きにして抱えられる。


 兜悟朗は先程着用していたシャツを脱ぎ、たくましい筋肉が作り上げられた肉体を顕にしたまま嶺歌をしっかりと抱き抱えて医務室まで運んでくれていた。


 兜悟朗は陸に到着してからも何度も嶺歌に声を掛け続けてくれ、それがまた嬉しかった。


 気力を失いかけていたせいか嶺歌は都度応答する事が出来ずにいたが、それでも兜悟朗は何度も何度も嶺歌の名を呼び、大丈夫ですからと優しい言葉だけを向けてくれていた。




 暫くの後、息が正常に整い始め足の痛みも引いてきた嶺歌(れか)は医務室のベッドに寝そべったまま、泣き出す形南(あれな)とそんな形南を支える平尾に看病されていた。兜悟朗(とうごろう)も先程からずっと嶺歌のそばについてくれている。


「嶺歌……本当に良かったですの。ごめんなさい、(わたくし)が……きちんと一緒についていくべきでした」


「あれちゃん、和泉さんは無事だったんだ。だ、だから泣かないで。もう少ししたら良くなるってお医者さんもい、言ってたし」


 そう言って形南の肩を優しく支える平尾を目にして嶺歌は口元が緩んでいた。形南を支える平尾のその男らしい姿を見て安心したからだ。


 そして嶺歌は二人を見据えて「あたしは大丈夫だから、ちょっと海岸沿いでも散歩してきなよ」と声を掛ける。


 このまま看病してくれるのはありがたく嬉しいのだが、形南の心情を考えると散歩してきた方がいいだろうと思っての提案だった。そして平尾ならばきちんと形南の心の支え役として全うしてくれそうだと、そう思ったのだ。


 形南はでもと言いかけたものの平尾はこちらの意図を察してくれたのか「い、行こうあれちゃん。和泉さんゆっくり休んで」と言ってほぼ強制的に形南を連れていく。


 形南はチラチラと嶺歌を振り返ってくるので嶺歌は彼女に今できる精一杯の笑みを向けて小さく手を振った。


 バタンと扉が閉められると医務室には嶺歌と兜悟朗の二人だけになる。嶺歌は兜悟朗に目を遣り、小さく声をかけた。


「兜悟朗さん、ありがとうございます。本当に、もうだめかと思いました」


 そう言って嶺歌を儚げな目で見つめてくる兜悟朗にお礼を言う。改めてお礼を告げるのは少し照れるが、きちんと言葉に出来たことに安堵した。




next→第四十三話②

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