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第四十二話②『自覚するのは』



 そう思い絶望的な感情が押し寄せてきた嶺歌(れか)は、しかしその後すぐに起こった出来事にまた別の意味で目を見開いていた。


 兜悟朗(とうごろう)は女性たちに何やら手を振って誘いを断っているようなそんな様子を見せていた。


 しかし女性たちはしつこくしているのか否か、兜悟朗の仕草を見ても中々離れようとはしない。


 だが兜悟朗が深いお辞儀をして見せると彼女たちは諦めたのか彼のそばから重い足取りで遠ざかっていく。彼女らの表情は全員が残念そうな、そんな目をしていた。


 その光景を見ていた嶺歌は心の中でそれを嬉しく思う自分がいた。


(ナンパ、断ってくれたんだ)


 じんわりと胸の奥が熱くなる。


 兜悟朗に話しかけていた三人の女性達は清楚で綺麗なお姉さんというイメージが強かった。きっと多くの男が彼女らを放ってはおかないだろう。


 そう思えるほどに女の嶺歌から見ても美しく秀麗な印象がある三人だったのだ。そんな彼女らの誘いを断って彼は一人を選んだ。それがとてつもなく嬉しい。


 嶺歌ははやる気持ちを抑えながらも兜悟朗の元へ急いで足を向けた。


「嶺歌さん、どうされました? 何かお忘れものでしょうか」


 兜悟朗は先程と変わらない穏やかな笑みで嶺歌にそう尋ねる。


 まるで何事もなかったかのように話す彼はやはり自分より遥かに大人であるのだと、嶺歌はそれを実感しながらもレジャーシートに腰を下ろした。


「いえ、あれなと平尾の様子がいい感じだったので、戻るのは止めました」


 そう言って嶺歌が兜悟朗に笑みを向けると、彼は「そうで御座いましたか、有難う御座います」と自分の事のようにお礼を述べてくる。本当に、兜悟朗にとって形南(あれな)の存在は大きいのだとその彼の言葉で改めて感じていた。


 しかし兜悟朗への気持ちが大きくなっても形南と兜悟朗の二人の関係に嫌な思いを抱く事は本当になかった。


 きっと互いが恋愛対象ではないと、嶺歌も十分に理解しているからなのだろう。


「平尾様の呼び名を変えられたのですね」


 すると唐突に兜悟朗(とうごろう)はそんな言葉を口にする。


 嶺歌(れか)は突拍子もない言葉に驚いて思わず「えっ?」と声を出していた。まさか平尾の呼称表現について彼から言及されるとは思っていなかったのだ。


 兜悟朗の方を見ると、彼は口元を緩めながら「平尾様との仲も良好なようで安心いたしました」と言葉に出してくる。


「実は夏休みの間に電話したんです。平尾があれなとのデート服を悩んでたので相談に乗ってて、その時に呼び捨てにして欲しいって言われたんです」


「あっでも、それはあたしが普段男子を君付けで呼ばないからそれが嫌なだけみたいで……別に変な意味はないんですお互いに」


 嶺歌は自分が何か言い訳がましい事を口にしているのではないかと自覚しながらも、兜悟朗に変な誤解を与えたくないがために必死になって説明を続けていた。万が一にでも兜悟朗にだけは、平尾を嶺歌が好いていると思われたくなかったのだ。


「嶺歌さん、焦らなくとも大丈夫ですよ。僕は誤解をしている訳ではございません」


 すると嶺歌(れか)の意図を察してくれたのか兜悟朗(とうごろう)は微笑みながらこちらにそんな言葉を投げてくる。


 嶺歌はその言葉に安心して、早口になりかけていた口を一度閉ざした。


「嶺歌さんがお二人との仲を深められている事柄も、僕には嬉しい事なのです。ですから今後もどうぞ宜しくお願い致します」


 そう言って小さな会釈をしてくる。嶺歌もその姿を見て咄嗟に声を出していた。


「勿論です! あたしも二人と仲良くできる事は嬉しいので」


 嶺歌がそう返すと兜悟朗は口角を上げたままこちらを見据える。優しい笑みだ。それを自分に向けてくれている事が嬉しい。


「有難う御座います。是非、僕とも今後の関係を続けていただければと思います」


「も、ちろんです」


 途端に嶺歌の言葉はつっかえていた。兜悟朗のこの予測不可能なとんでも発言に嶺歌は何度も動揺してしまう。


 兜悟朗が嶺歌をそのような目で見てはいなくとも、彼にとって普通以上の、そんな存在にはなれているのかもしれない。これは自惚ではなく、兜悟朗の態度全てから感じ取れていた。


 少なからずそれが、兜悟朗の一言一句に何度でも心が踊らされてしまう要因ともなっている。


 彼の言葉に酔いしれるように、嶺歌は頭を俯かせるとペットボトルを手に取ってから特に意味もなくキャップを開け閉めするのであった。



第四十二話『自覚するのは』終


            next→第四十三話

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