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第四十二話①『自覚するのは』



 数十分が経過し、嶺歌(れか)は水分補給をしようと兜悟朗(とうごろう)のいるテントへ足を運ぶ。


 彼はいつの間にか大層なテントを作り上げ、日陰の下で読書をしていた。その大人な姿に嶺歌はつい見とれてしまう。


(かっこいいな……)


 だが兜悟朗はすぐに嶺歌の姿に気が付き「どうかなされましたか」と声を掛けてくれていた。


 嶺歌は水を飲もうと思って来た事を彼に告げるとこちらをどうぞと新品の水を手渡しされる。


「でもあたしも自分の持ってきてますよ」


 そう言って兜悟朗に返却しようと思ったのだが、兜悟朗はにこやかに笑みを向けながら「冷やしてありますのでご遠慮は要りません」とそんな気の利いた台詞を口にした。


 確かに嶺歌が持ってきた水のペットボトルはバッグの中に入っており、日陰にあったとはいえ常温に置かれていた為生ぬるい水へと変化している。夏のこの時期は特に短時間で飲み切らないと痛んでしまうだろう。


 だが兜悟朗の手渡してくれた水は手に取っただけでも分かる程に冷たく気持ちが良い。嶺歌はお言葉に甘える事にした。


(用意が良すぎる……あたしも見習わないとな)


 そう思いながらお礼を告げて水分を身体に取り入れていくと兜悟朗は優しい声色で話し掛けてきた。


「楽しまれていらっしゃいますか」


 こちらへの配慮が感じられるその質問には、嶺歌の心が簡単に弾み出す。


「はい、凄く楽しいです。ここまで連れて来てくださってありがとうございます」


 嶺歌は兜悟朗が車を出してここまで全員を運んできてくれた事に感謝の言葉を発すると、兜悟朗は再び柔らかな笑みを向けながら「とんでも御座いません」と言葉を返してくる。


 一つ一つの会話が心地よく、嶺歌はずっとここで彼と会話をしていたい気分に駆られていた。


(いや、あんま長居すると怪しまれるよね。うん)


 そう思い、飲み終えた水をテント内に敷かれたレジャーシートに置くとそのままゆっくり立ち上がった。


 名残惜しくて仕方がないが、また機を見て兜悟朗(とうごろう)に話しかけることにしよう。


 そう思った嶺歌(れか)は、では行ってきますと口に出そうとすると振り返ったところで兜悟朗の優しげな瞳と目が合った。


(うわ……っ)


 ドキンという音が確かに自身の胸中から聞こえ、嶺歌の頭の中はそれだけで満たされる。


 彼はニコリと笑みを再び見せてくると「本日は貴女とお会いできて嬉しいです」ととんでもない言葉を繰り出してきた。


(!?!?!?)


 途端に嶺歌は顔が真っ赤になり、兜悟朗に視線を合わせながら必死で返す言葉を探していると彼は尚も微笑みながら「お水冷やしておきますね」と先程嶺歌が飲んだペットボトルをクーラーボックスに入れ始めていた。


「…………はい」


 嶺歌はそれだけ声を返し、そのまま逃げるように形南(あれな)たちのいる海辺へ戻り始める。


 少し歩いたところでチラリと彼の方を振り返ると兜悟朗は再び本を取り出して読書を再開していた。


(嬉しいって、思ってくれたんだ)


 嶺歌は先程の台詞を何度も脳内でリピート再生し、嬉しい思いを再確認する。頭から湯気が出そうな程爆発しそうなこの思いが、今すぐにでも一気に溢れ出してしまいそうだった。




 嶺歌(れか)が戻ると形南(あれな)と平尾が浮き輪で浮かびながら海の中で談笑しており、二人共いい雰囲気になってきている様子が目に入る。


 嶺歌が離脱する前は、目の前に広がる綺麗で美しい海に気持ちが向かっていた様子の二人だったが、今は間違いなくお互いだけを意識している、そんな雰囲気だった。


 嶺歌はこれは戻らない方がいいのではないかと思い改め、やはり兜悟朗(とうごろう)の元へ戻ろうかと思考を変える。


(あれなと平尾がいい雰囲気だからって言ったら別に変に思われないよね)


 事実、二人の雰囲気を邪魔したくないから故のこの判断であるため、嶺歌はそう考え直すと踵を返して兜悟朗の方へ再び戻り始めた。


 しかしそこで遠目ではあるが、兜悟朗を視界にとらえた嶺歌は想像しなかった事態に目を見開いた。


 兜悟朗は三人組の女性に声を掛けられている様子だった。


 成人しているであろう大人の、それも全員ビキニを着用し、スラッと細長い足を見事に披露している女性から兜悟朗に話しかける理由はどう考えても一つしか思い浮かばない。


(逆ナンされてる…)


 一気に焦りを感じる自分自身に気が付いた。


 兜悟朗がもしあの三人の中から好みの女性を見つけ出し、その人と恋仲にまで発展したらどうしようとまだ起こってもいない未来を予想して一人で勝手に不安になっている始末だ。


 こんな思考ではダメだと言い聞かせてはいても、視線の先で兜悟朗が女性らに笑みを向けながら会話をしている様子は嶺歌にとって苦痛だった。


 彼は自分たちの同行者であるのに、何故赤の他人が兜悟朗と楽しげに話しているのだと怒りすら湧いてくる。


 これが嫉妬心というものであると理解した嶺歌は、己の醜さに直面しながらもただ兜悟朗達の様子を離れたところから見ている事しかできずにいた。


(どうしよう、あたし……あの人が他の人と一緒なの嫌だ)




next→第四十二話②

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