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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
87/104

第87話

「今は紅だけだから」

 そんなこと解ってるって言ったら、自意識過剰ないやな女って思われるかもしれない。だけど、青が一生懸命私に想いを伝えてくれるから、そんなちょっと傲慢な台詞も言えるのだ。

 そう、解りきっているのだ。青が私だけを想ってくれているのは、信じる信じないの問題じゃなく、事実なのだ。それでも嫉妬してしまうのは、女性特有の性質、せれとも私は少々過剰なんだろうか。

「ねえ、青。私はおかしいのかな? 過去にまで嫉妬しても仕方ないのにね」

「もし、紅がおかしいなら、俺はもっとおかしいってことになる」

「どうして?」

「俺も紅の昔の彼氏に嫉妬したことあるよ。今でも、紅の初めての彼氏になりたかったって常に思ってるよ。それはどう足掻いても無理な話だって解っていてもね。だから、紅の気持ちよく解るつもりだよ」

 青がうちの実家に初めて尋ねた時、母に写真を見せられた。確かに、私のかつての恋人を見る青の目は嫉妬に狂っていた。

 青も私と同じように過去に嫉妬していた。

 どんなに青の気持ちが理解できても、どんなに私の気持ちを理解してくれていても、どうすることも出来ない想い。結局、みんな自分に折り合いをつけていくしかないのだ。過去は消えないのだから。過去に捉われるだけ無駄なことはないのだから。

「ごめんね、青。過去のことをあれこれ言ったってどうにもならないのにね」

「じゃあ、過去の話は止めて未来の話をしよう」

「未来?」

「そう、俺と紅の未来だよ。俺は紅と結婚したら、子供は三人欲しいな」

 未来。それは夢を語ること。過去のことをぐぢぐぢと語るよりも何倍も何百倍も実りのある話になるだろう。

「三人も?」

「そう、一人目は男の子で、二人目三人目は双子なんだ。双子は二人とも女の子でもいいし、男の子と女の子でもいいと思うんだ」

 青の横顔は少し上を向いていて、その視線の先には私達の小さな子供達が見えているように、眩しいものを見るように目を細めていた。

「上の男の子は双子のお世話が大変な紅の為に一生懸命お手伝いするんだ。勿論、俺も育児には参加するよ。俺達の子供は可愛くて無邪気で、近所の人達からも愛されて、みんなに見守られてすくすく育つんだ」

「楽しそうだね。私達の未来はとても明るいね」

 いつか巡り合えるだろう子供達に想いを馳せた。

「もし、今みたいに過去を思って傷付くのなら、未来を想い描いたらいいんだよ。楽しい未来を思い描ければ、苦しい思いは消えるから。俺はいつもそうするように心掛けてる」

 青の思い描いた未来に、私は是非とも付け加えたいことがある。私達親子を見守る人たちの中には母や健二さんが、それから桔梗さん、紫苑さん、まだ会ったことのない青のお母さんがいて、そして、みんな笑ってるんだ。

「そうなるかな?」

「そうなるさ。俺の予言はノストラダムスよりよく当たるんだ」

 青の予言どおりに行けば、私は三児の母で、しかも双子がいるとなれば、忙しい、けれども賑やかな毎日に違いない。

「本当に当たるの? 青の予言」

「勿論当たるさ。とっても温かい家庭になるからね」

 青の大予言、当たってくれたらいいなって心から思う。そして、願わくば、私が付け加えた予言も当たってくれたらいい。

「青、ありがと」

「ん? 何が?」

「ううん。何でもない」

 青が未来のことを話してくれたお陰で、先ほどまで黒く激しく渦巻いていた大きな渦が徐々に散開し、既にもう消えようとしていた。

 何気なく話してくれた未来の話だったけど、私を前向きにしてくれるとても嬉しいものだった。未来がそんなにも温かいのなら、今がほんの少し苦しくても、そんな苦しみ全部乗り越えて、未来の子供たちに会いに行きたいと希望を持つことが出来た。何もかもが上手くいくと、そう心から思えた。

「帰ろうっ」

 二人手を繋いで、歩き始めた。


 私がアパートを引き払い、青のアパートに引っ越してきたのは、紫苑さんと会った次の週の日曜日のことだった。もともと家具が少ない上に、衣服などの荷物も極端に少ない私には、引っ越し業者を頼む必要(といってもあまりに近すぎて引っ越し業者が動いてくれるかも定かではないが)もなかった。青と私の二人で、数少ない荷物を運び込んだ。

 数少ない荷物には違いないのだが、青のアパートに運び込んでみると、部屋の中が急に狭くなったような気がした。私としては、青との距離が縮まったような気がして嬉しかったのだが。

 青は、中学校の春休み期間に入ると、学校の先生として出勤するようになった。新米教師の青は担任にはなれないものの、副担任というものに任命された。青が副担任を務めるのは2年生だった。青のクラスを受け持つ担任の先生は、年配のとても厳しい先生で、青が若いのを良いことに何でもかんでもやらせ、自分は楽をしようとしているらしい。だが、弱音一つ吐かず、むしろ楽しそうに学校に通っているようだった。春休みといっても、校庭や体育館では部活動に励んでいる生徒が多々おり、その子たちとの交流も多少持っているようだ。

 私の方はと言えば、ななちゃんに会社で作業をさせて欲しい旨を頼むと、二つ返事で了承してくれた。ななちゃんのお父さんとも面識があるのだが、私が会社内で作業をさせて欲しい旨を話すと、嬉しそうにしていたとななちゃんが話してくれた。

 紫苑さんのことはななちゃんには話しておいた。その上で、紫苑さんが青のお兄さんであることを知っていることを伏せておいて欲しいと頼んだ。余計なお節介や勘ぐりをされると、紫苑さんが頑ななからに閉じこもってしまいそうな気がしたからだ。

 そして、今日から私はななちゃん(のお父さん)の会社に初出勤することになった。

 私よりも早く出勤する青を笑顔で見送った後、私も画材などを持ってアパートを出た。

 会社は私達のアパートからだいたい10分くらいの所に位置しており、ビルの3階部分が会社になっている。

 会社のドアを開けると、ななちゃんが私を待っていてくれていた。

「紅。いらっしゃい。これから、宜しくね。それで、紅にはここで作業して貰いたいと思ってるんだけど。ここで大丈夫かな?」

 大丈夫も何もななちゃんが指さした先は、会議室だった。大きなテーブルがどんと置かれており、椅子もたくさん置かれている。

 いくら場所を貸してくれと言ったって、こんなに大きな場所じゃなくても別に良かったのだが……。

「こんな広い部屋使ってもいいの?」

「いいのいいの、気にしないで。うちの会社ってさ、少人数でやってるから、本当はこんな立派な会議室なんていらないんだよね。それぞれ忙しいし、移動するのも億劫だって人が大勢いるから、結局自分の席で会議とかやっちゃうから、ここなんて全然使わないの。1年に1回使えばいい方なんだよ。だから、遠慮なく使って」

 私の絵は、色鉛筆がなので、絵の具なんかをこぼす心配はないものの。こんな立派なところで申し訳ない気がした。

 でも、ななちゃんが進めてくれたのだから、それにもしかしたらここ以外場所が空いていないという可能性だって考えられる。なので、言われたとおり好意に甘えたいと思う。

「ありがとう。ななちゃん、使わせて貰うね」

「うん。ちょっとうるさいけど我慢してね」

 皆さんが働いている所とこの会議室には衝立がしてあるだけなので、声やコピーの音、電話の鳴る音などが全て聞こえてくる。私としては全くの無音の中で仕事をするよりは、ある程度ガチャガチャしている所の方が集中しやすかったりする。

「やあ、紅ちゃん。久しぶりだねぇ」

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