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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
83/104

第83話

「よしっ、まゆ行くぞ」

 ぼうっと呆けながら、その後ろ姿を眺めていた。

「ねぇ、見て。あの人超格好いいんですけど」

「うわっ、本当だ。何かの撮影とかかな?」

「違うでしょ。カメラ来てないし」

 私の背後を通り過ぎていくジャージ姿の女子高生。テニス部で試合かなにかがあったと思われる。私と同様に青を見つめながら、歩いていく。

「紅っ。何してんの、早くおいでよ」

 こちらに視線を投げ掛け、手招きしながら私を呼んだ。

その言葉にバッと女子高生達が私に注目した。

 うわっ、あんなに格好良いのに女の趣味はたいしたことないって言われるよ。

 そう身構えたのだが、彼女達から発せられた言葉は、なんとも意外なものだった。

「彼女も超可愛いっ。並んだら絵になりそうだね」

「本当っ。いいなぁ。私も可愛く産まれたかった。そんで、あんな恰好良い男の人と付き合ってみたいよ」

 顔を見合せて合いづちを打ち、けらけらと笑いながら遠ざかっていく背中をわけが解らず呆然と見ていた。

 何でぇ? 何で、私が可愛いことになってんの?

「どうした?」

 気付けば青が私の顔を覗き込んでいた。その隣には早くボールを投げてと催促するまゆが私達を見上げている。

「変なの。あの女の子達、変なこと言うの。青はね、どっからどう、誰が見ても格好良いのは解るんだけど、私のことを可愛いって言ってたんだよ。ねぇ、変でしょ?」

 初めきょとんとしていた青が、突然弾かれたように笑いだした。

「何で笑うのよっ」

 何故笑われたのかよく解らず、頬を膨らませて、怒気を少々込めてそう言った。

「ごめんごめん。笑ったのは誤る。でもっ、可笑しいっ。ごめん、ちょっと治まるまで待って」

 笑いをこらえてそこまで言うと、再びげらげらと笑い始めた。

 そう言えば、出逢った頃はこんな顔を見ることが出来るようになるとは思ってもみなかった。無表情ないけすかない男でしかなかった青が、こんなに表情豊かに、しかも大口を開けて大笑いする日がこようとは想像すら出来なかった。

「あのさっ、紅は自分のこと卑下し過ぎだと思うんだよね」

 やっと笑いのツボから脱出した青が落ち着き払った調子で話し始めた。

 青の言うことに納得が出来ずに首を傾げる。

 だって、別に私は自分を卑下しているつもりはなくて、自分は可愛くはない(まあ、酷くはないとしても)と自分のことをよく理解しているつもりなんだけど。

「紅は一般的に見て、すっごく可愛い女の子なんだよ。それこそ、高根の花って言ってもおかしくないくらいに可愛いんだ。そんなことに全然気付いてないでしょ?」

「ないないっ。それはないよ。高根の花っていうのは、例えば奈緒さんのような人を言うんじゃないのかな?」

「確かに奈緒も奇麗だと思うよ。だけど、恐らく10人中8人は紅の方が可愛いって言うんじゃないかな。人の好みだから、多少のずれはあるだろうけど、間違ってはいないと思うけどな」

 10人中8人が……。あり得ないっ。あり得ないでしょう。奈緒さんは凄く奇麗で、モデルさんみたいで、落ち着いていて、大人で、そんな人より一般的に見たら、私の方を可愛いというなんて正気の沙汰じゃないんじゃないかな。

「もう、いい加減、自分のことを自覚してほしいな、紅には。俺の気にもなって欲しい。紅を一人で外出させることにどれだけ俺が心苦しく思っているか解らないでしょ? どれだけ俺が他の男に紅が奪われてしまうんじゃないかって不安に思っているか解らないでしょ? 自分のことに無頓着で、無自覚なのは紅のいいところではあるけど、少しは自覚を持ってほしいな。紅は、本当に可愛いんだよ。俺が紅を好きだからっていう贔屓目を抜いたとしても、紅は可愛い。ここまで言っても信じられない。そこまで信じられないっていうんだったら、街頭アンケート取ってもいいんだよ?」

 熱く語る青を不思議に思いながら見ていた。

 私には自覚が足りないのか……。

 聞いた限りでは、どうやら青は結構苦労しているらしい。そうだったのか、私は青に悪いことをしていたのかもしれない。

「あのっ、まだ良く解らないんだけど。だけど、自覚する努力をするよ。外には、特に夜は、一人で歩かないようにするし、無茶とか男の人が多い所には行かないようにする。男の人に声を掛けられても、振り向かないようにする。それでもまだ心配?」

「正直、心配だよ。紅がどんなに気をつけていても、紅を変な目で見ている男はどこにでもいるんだから。ここにだっているんだよ」

 ここにいるって、何処にそんな変な目で私を見ている人がいるというのだ。

「ほらっ、やっぱり気付いてない。あんまりじろじろ見ないようにね。紅からみて右手の木の下に男2人組がいるだろう? ずっとこっちを見てる。それから、左手にはカップルがいるんだけど、その男の方はずっと紅を見てる。あと、紅の後ろの方には高校生がたむろしてるんだけど、彼らもこっちを気にしてる」

 それは、青を見てるんじゃないの、と思ったけど、そんなことを言ってしまったら、また一からお説教させられてしまうので、発言を控えることにした。

「解りました。気を付けますっ」

 元気よくそう言うと、青は私の頭をもしゃもしゃと掻きまわし、目を細めて笑った。

「よろしいっ。さあ、まゆが待ちかねてるよ。行こう」

 手を引かれて、芝生の真ん中まで連れて行かれた。

 お待ちかねのボール遊びタイムが漸く再開されるのだと感じ取ったまゆは、それはそれは嬉しそうに飛び跳ねながらついてくる。

「よしっ、まゆ行くぞっ」

 青がボールを投げれば、勢い良く走り出しボールを上手にキャッチする。

 尋常じゃない尻尾の振り方に、尻尾が耐え切れずに飛んで行ってしまうんじゃないかと心配になるほどだった。

「本当にまゆはボールが好きだね」

 自分の名前を呼ばれたと気付いたまゆは、なあに、と言いたげに私を見上げる。小首を傾げて。

「何でもないよ。まゆ。上手だね」

 褒められたまゆはまた嬉しそうに、尻尾を激しく降っていた。


「俺、明日肩筋肉痛かもしれない」

「ふふっ、お疲れ様」

 肩をぐるぐると回して、そう言う青にねぎらいの言葉をかけた。

「やっぱいいよね、公園って。紅と出逢って、まゆを連れて公園に良く来るようになったけど、それまでは全然疎遠になってた。公園って和むよね」

「うん。私も公園は大好きなんだ。実はね、私の秘密の場所があるんだ。小さい頃に、友達と喧嘩したり、お母さんに怒られたりした時に、頭を冷やしたり、考え事をしたり、一人になりたい時にその場所に行ってた。その場所は、ななちゃんも知ってるの。ななちゃんと喧嘩した日に、私はそこに隠れてて、ついうっかりそこでうたた寝してしまって、お母さんが慌ててななちゃんにも連絡して、みんなが私を探しまわってた。ななちゃんがそこに迎えに来てくれた。ななちゃんと仲直りした場所でもあるんだ。それきり行ってないけど、どうなってるかな。この丘の裏手にね、ちょっとした林のようなものがあって、そこに土管が置いてあるの、その土管が私の秘密の場所」

 懐かしいその土管の中で、私は良く膝を曲げて窮屈な想いをしながらも、好き好んで入っていた。今はもうその土管に入るには窮屈過ぎるだろう。もしかしたら、もうその土管自体撤去されてしまったかもしれない。

 私の想い出の場所。

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