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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
82/104

第82話

「紅ちゃん、あいつは本当は良い奴なんだ。嘘じゃなく、君に会うことをそりゃぁ楽しみにしていたんだ」

「それはなんとなく解ります。きっと、まだ自分の気持ちを誰かに伝えたり、表現したりするのが下手なんじゃないかなって思います。だから、私に気を許してくれるまで頑張りますね。もしかしたら、近い将来本当のお兄さんになるかもしれないですし……」

 自分の発言にどうしようもなく照れを感じて、俯いた。

 隣でくっくっと今村先生の軽快な笑い声が聞こえた。

 先生は笑い上戸だ。いつも笑ってる。そう、初めて会った時もそうだった。憎たらしいけれど、ほんの少しだけ先生の笑顔を悪くないと思った。

「楽しそうだな」

 不機嫌な紫苑さんの声が頭上から降ってきた。

 見上げると私と目が合う前に顔を背けてしまった。

 なんとなく紫苑さんが解ってきたような気がする。

 まるで仲間に入れてほしいのに入れてという一言が言えなくて、自分は一人がいいんだと強がっている子供のようだ。

 そんな素直じゃない紫苑さんが可笑しくて吹き出してしまいそうだったが、ここで吹き出したら完全にへそを曲げてしまうと思って我慢した。

「……変な顔」

 笑わないように必死で、知らずに息まで止めていたので、耐えきれなくて、スーハースーハーと勢い良く呼吸を整えている私に、そんな一言を浴びせかけた。

「いいんです。私はもともとこうゆう顔なんですっ」

「何を言うんだ、紫苑。紅ちゃんはこんなに可愛いじゃないかぁ」

「趣味悪っ」

「じゃあっ、紫苑さんはどんな人が好みなんですか?」

 紫苑さんに毒舌を吐かれてもめげない私は、興味津々で問う。

「ああ、俺もそれは知りたいな。紫苑は女っ気がないから、少々心配していたところなんだ」

 紫苑さん、女っ気ないんだ。女の子は放っておかないと思うんだけど……。もしかして、あの毒舌でみんな逃げてしまうんじゃ……。

「女なんて興味ねえよ。すぐ泣くし、うるせえし」

「もしかして紫苑さん、実は男の人が好きなんじゃ……。あっ、もしかして今村先生?」

「えっ俺? ごめんな、気付いてやれなくて。今からおまえを抱いてやるっ。優しくしてやるから安心しろ」

「馬鹿野郎っ。んなわけあるかっ。気持ち悪いこと言うな。ただ、今は女とか面倒なだけだ」

 むきになる紫苑さんを私と今村先生でからかって楽しんだ。

 そして、挙句調子に乗りすぎて、しまいには紫苑さんをに頭を叩かれる羽目になった。

 次第に紫苑さんの態度にもなれて、どんな態度を取られても気にならなくなっていった。


「それじゃ、紅ちゃん。またね」

「はい。また。紫苑さんもまた」

レストランを出て、別れ際今村先生に挨拶をして、それから一人だけそっぽを向いている紫苑さんにも声をかけた。

「ふんっ。またなんて、あるかよ」

 ありますよ。紫苑さん。絶対、ななちゃんと交渉して、紫苑さんに会いに行きますから。でも、今は内緒にしておきます。恥ずかしがり屋の紫苑さんのことだから私から逃げてしまうかもしれないから。びっくりさせてやりますからね。

 にやりと意味ありげな笑いを向けると、驚いたように紫苑さんは怯んだ。

「それじゃ」

 二人と別れたあと、私は真っ直ぐ青のアパートへ向かった。

 扉を開けて私を出迎えた青は、少しいじけて少し心配そうな表情を浮かべていた。

「先生とやらに何かされなかった?」

 まるで今村先生が害虫とでもいうように、私の体をくまなくチェックする。

「もうっ、青は心配のし過ぎだよ。今村先生は私なんかに興味はないし、私だって青以外の人には興味ないんだから」

 自分の口から恥ずかしい言葉が漏れていたことに、青のらんらんと輝く瞳を見て気付いた。

「嬉し死にするかも、俺」

「大袈裟だってば。そんなことで死なれちゃ困るんだからね」

 頬を膨らませ、怒って見せるが、青の笑顔は変わらず、下手をすればさっきよりもその笑顔は大きさを増している始末なのだ。

「ねえ、青。久しぶりにまゆの散歩に行かない?」

 近頃忙しくてまゆの散歩も行けていない。青がいなかった時期はまゆと一人と一匹ぼっちで寂しく散歩したものだけど。犬って不思議なもので、飼い主が元気がなかったり、落ち込んでいたりすると、一生懸命慰めてくれようとするのだ。青がいないことにも不思議そうにしていたし、青が戻って来たことと、私の元気が戻ったことをまゆに伝えたかった。

 それに、母に私が絵本の挿し絵を描くことになったことをまだ伝えていなかった。なんとなく、気恥ずかしくて伸ばし伸ばしになっていたのだ。

 青のことは何も話していなかったけど、私達に何かがあったことに気付いていて、気付かないふりをしてくれているようだった。

 心配をかけてしまった母と健二さんに元気な顔を見せたい。

「このまま抱き締めて、二人だけになりたいところだけど、お母さん達に俺も挨拶したいし、まゆの顔も見たいしね。行こうか」

「うん」

 手をつないで実家までの道をゆっくりと歩いていた。

 隣を歩く青は、アパートを出た時から黙り込んでしまった。

「青、何考えてるの?」

「うん。考えてるっていうか、噛み締めてるんだ。こうやって大好きな子と手をつないで、ゆっくりと散歩出来るってなんて幸せなんだろうなって」

 確かにそれも考えていたんだろうけど、だけど、青は奈緒さんと名取さんのことを考えてもいたんだろうと思う。

 青のその横顔が嬉しそうに緩んだり、心配そうに歪んだり、苦しそうに唇を噛み締めたりところころと顔が変化していくのを、私はそっと見ていたのだ。

「そうだね」

 青が苦しみを口にしなくても、私にはそれが解る。だから、敢えてそのことに触れたりなんかしない。

 二人で実家に入ると、母は私の表情をまず見、それから私達のつながれた手、続いて青の表情を見て、納得したように頷いた。

「俺の浅はかな行動が紅を傷付けることになってしまいました。すみませんでした」

「私に謝っても仕方ないわ。付き合っていれば、色んなことがあるもの。好きなのに傷つけてしまったり、すれ違ってしまったり。でも、あなた達はこうしてまた二人で遊びに来てくれた。紅のその表情見たら安心したわ。何があったかは知らないし、聞くつもりもないけど、良かったわね、紅」

「うん。ごめんね。心配かけたよね?」

「いいのよ、そんなの。親は子供の心配するものなんだから。それが一種の親孝行でもあるんだから」

「そうなの?」

「そうよ。ほら、まゆの散歩に行くんでしょ? まゆが待ちくたびれてるわよ。今日は一杯遊んでやりなさい。帰りはうちに寄って行くのよ、いいわね」

 私は大きく頷いて、青ははいと言って軽く頭を下げた。

 実家のマンションを出て、いつもの公園に向かった。

 公園には、子供連れの家族が多くいた。大分春を感じるようになって来た最近では、寒暖の変化が激しいが、今日はひと月くらい先くらいの気温を叩きだしていた。

 花粉症なのかマスクをしている人も見られる。

 子供達の歓声や鳴き声、笑い声、全ての物音が春を感じて嬉しそうに感じる。

 まゆもまた嬉しそうにはしゃいでいるものの一人(一匹)だった。

「まゆのボール持って来た?」

 ボールという言葉に素早く反応して、わんっと吠えた。

「うん。持って来たよ」

 バッグの中からまゆの愛用ボールを手渡した。

 笑顔を見せて、ボールを受け取る青の顔が春の光を浴びて透き通るような輝きを放っていて、私は暫く見惚れて身動きが取れなくなった。

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