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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
76/104

第76話

本日、甘々注意報が出ております。

お気をつけください。

 青の顔が近付いてきて、私の唇を筆でなぞるようにそっと指でなぞる。

 青に見られている、触れられていると思うだけで、心が尋常じゃない速さで高鳴る。

「紅……」

 改めて青に名前を呼ばれると、それだけで顔が熱くなる。この時ばかりは青の発する言葉全てが愛の言葉に思える。青は名前を呼ばれただけで顔を赤らめてしまっている私を見て、小さく笑った。

「笑わないでよっ。青が……いけないんだからね」

「俺が? どうして?」

「青がそんな声で私を呼ぶから……」

 青の瞳がいたずらっ子のものになっていた。

「呼ぶから?」

「呼ぶから、好きだって言われてるように感じるんだもん」

「何で解ったの? 俺はいつも紅の名前を呼ぶ時は、好きだよって気持ちを込めてるんだ」

 本気とも冗談ともとれる青のその言葉に私はどう返せばいいのか戸惑い、首を傾げた。

「冗談だと思ってるの? 俺はいつも本気で言ってるんだけどな? 心外だ」

「だって、青はいつも私をからかうから」

「からかうのは、紅が好きだから。紅の色んな表情を見たいと思うから。色んな表情を俺が引きだして行きたい。どんな表情の紅も全部好きだよ」

 甘いっ。甘すぎます……。

 間近で「好きだ」って何度も囁かれたら、青の瞳を見ることは到底出来ないのであります。

「好きって言いすぎ……だよ」

「じゃあ、何て言えばいい? 教えて?」

 そうやって、私に愛の言葉を言わせようとするんでしょ? 

 いつもだったらそんなの言えるわけないでしょって怒るところだけど、今日は特別に青の要求に付き合ってあげる。

「出来ればそんな直接的な言葉じゃなくて、心が安らぐとか、落ち着くとか、傍にいれて嬉しいとか。そういうの?」

「心は安らぐどころか常に騒いでるんだけど? 紅といて落ち着けるけど、いつもドキドキしてるから、それって落ちつけてるのかな? でも、紅の傍にいると安心はする。傍にいれて嬉しいってのはいいかもしれないね」

 どうしてダメだし?

 青の表情が何でこんなに生き生きとしているんだろう。青は私を追い詰めている時が一番良い顔をしている。

「紅。そろそろ続きしてもいいかな?」

「そんなこと聞かないでっ」

 そんなの答えられないじゃないか。どうしていつも恥かしいことを言葉にさせようとするのか。

「じゃあ、聞かないよ。紅……愛してる」

 唇が微かに触れているそんな間近で、愛の言葉を囁かないで……。

 蕩ける思考でそう不満を漏らすが、それも長くはもたなかった。

「I Love You Too」

「何で、英語?」

 いざキスをしようとしているその瞬間に私が英語で愛を告げたので、青はぴたりと止まって驚いた眼で私を見た。

「だって、日本語で言うより英語のが少しは抵抗がなく言えるかと思って」

 くすりと青が笑った。

「じゃあ、俺も。I Love You」

 一番悔しかったのは、英文科に通っている私よりも、青の方が確実に発音が綺麗だったってこと。そして、その言葉はいつも囁かれている言葉よりも新鮮で、心をときめかされたこと。

 一気に体中から火が吹いたように、熱くなった。

「それ……恥かしい」

「もう、顔を下げることは許さない。俺の瞳から逸らすことも」

 顎に手を添えられ、俯くことを許されなかった。真っ赤になっているであろう私の顔を満足気に見つめる青を恨めしく思いながらも、そのお陰で一つ気付いたことが一つ。青もまた、顔を赤らめていた。

 普段使い慣れない愛の言葉は、青の頬も変化させていたようだ。

 今度は私がくすりと笑う。

「照れてるんだ、青? 可愛い……」

 つい漏れ出てしまった本音に、青の瞳が一際大きくなったのを見て気付いた。

「可愛いって男が言われて嬉しい言葉じゃないけど、紅に言われるのは特別。嬉しい」

 すっと自然の流れで、唇との距離がなくなる。

 重ねられた唇は、二人の体温を共有し、違う温度だったものが同じ温度へと変化していく。自分の唇の温度が青の温度と同化してしまうほど長く続いていたことになる。

 結局、言葉なんていらないのかもしれない。

 離れていた日々をお互いがどれだけ苦しく思っていたか、どれだけ寂しく思っていたか、それらの全てが唇から伝わってくる。

 青に暫く会えないと告げられた日、重ねたキスは私が自分の想いを青に伝える為のものだった。あの時、私はもしかしたら青の唇を感じることは二度と出来ないかもしれないと、心のどこかで感じていた。あの時の胸の締め付けられるような痛みを思い出して、涙が一筋零れ出た。

 それに気付いた青に舐め取られる。

 青は自分が何を感じていたのか、今、何を考えていたのか、それすら理解しているように全ての悲しみを包み込むようなキスを再び与えてくれた。

 もう一筋涙が零れた。

 その涙が先程と同じ気持ちによる涙なのか、それとも、再び青と出会えたことによる喜びの涙なのか、流した本人にさえ解らなくなっていた。

 ただ、愛しい。青が愛しい。

 そんな想いが全てだった。

 青に優しく押し倒されると、青を見上げた。

 私の顔の横に手をついて上から見下ろしている青の首に手を伸ばし、私から青を招き寄せた。

「もう、離れたくない……。私を、放さないで」

「放さない、絶対に放さないよ」

 青のキスが首筋から鎖骨へ、鎖骨から胸元へと降りて行く。

 青のキスで全身を清められていくうちに、あれだけ感じていた負の想いが、負の予感が全て浄化していくようだった。

 もう、この場所には幸せなものしか存在しない。ううん、本当は幸せだけではないのだけれど、今この瞬間だけは幸せ以外のものは介在させることは出来ないんだ。

 薄れ行く思考、上り詰める感覚、今感じている全てが愛おしい。青と二人で作る紫の空間は私と青を二人だけの世界へと連れて行ってくれる。

「ごめん、紅。抑えきれない。ちょっと乱暴になるかも」

「……平気。青になら、何されても平気」

 私の言葉で解き放たれたように、抑えきれなかった欲望を私にぶつける。

 その全てを私は受け止めて行く。

 青の体から滴った汗が、体を動かすたびに飛び散り、それらがキラキラと輝いて幻想的な景色を私に見せた。快楽の中、私が見たそれはもしかしたら天国に近い楽園なのかもしれない。


「……んんっ。ん? あれ、青……」

 目を開けると目の前には青が私を覗き込んでいた。その表情は心配そうに眉が垂れ下がっていた。

「どうしたの? そんな顔して」

 微笑んで見せれば、それを見て安心したように青も微笑んだ。

「紅、気を失っちゃったんだ。大分無理させちゃったから。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思った」

「あのね、青。私……凄く気持ちが良かったの。あんな風に意識を失うほどに感じたのは初めて」

 これまで青と体を重ねて、勿論いつも青が丹念に愛してくれるので、何度も感じさせてくれるんだけど、意識を失うほどの感覚は初めてだった。自分でも少し驚いている。

「それって、喜んでいいのかな? 俺が、そこまで紅を気持ち良くさせられたってことだよね」

「うん。怖いほど感じちゃった。こんなの初めて。怖いけど、嬉しい……」

 あんなに感じちゃっている自分を見せたことは、恥かしいけど、青になら私の全てを見て貰ってもいいと思ってる。

「じゃあ、第ニラウンドに行っても良いのかな?」

 私が返事をする暇はもうなかった。

 二人は再び、二人だけの紫の空間へ旅立っていく。


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