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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
71/104

第71話

「あのっ。ありがとうございます。よく考えて、前向きに検討してみますっ」

 気付けばお客さん全員がこちらに注目していて、私を笑顔で包んでくれていた。

 皆に注目されて、照れ隠しに頭をかいたりしてごまかした。皆の小さな優しさが嬉しくて、つい涙が出そうになった。最近、涙脆くなっているようなきがしてならない。

 青と会えていないことが影響してるのだろうか。私は青に依存し過ぎていたのだろう。青を恋しく思うのは仕方ないとして、青がいなきゃ何も出来ないという人間にはなりたくない。離れているから出来ることがある。青と会った時に、惚れ直して貰えるように成長したいと思う。

その夜、バイトが終わってアパートに着くと、ななちゃんに渡された原稿を開いた。

「『黄色い小さな花』……」


~~黄色い小さな花~~


「ボクが毎日お母さんに花を届けてあげる。そしたら、お母さんの病気直る?」

 小さな男の子、たっくんはお母さんの枕元に立ち、大きな手を握り締めて聞きました。

「そうね。たっくんが持って来てくれたお花を毎日見ていたら、お母さんすぐに直ってしまうかもしれないわ」

 たっくんはお母さんが大好きでした。お母さんの笑顔は太陽みたいだ。そんなふうに思っていました。

 その日から、たっくんは毎日毎日お母さんにお花を届けました。お天気の日も、曇りの日も、雨の日も、雪の日も、風の強い日も。どんなに寒い日でも、お母さんに会えるのだと思えばへっちゃらでした。

 お父さんと一緒の時もありましたが、お父さんはお仕事が忙しいので、おばあちゃんとお見舞いに行くことが殆どでした。

「おばあちゃん。ボク、絵本で見たんだ。黄色くて小さなお花でね。どんな病気でも治してしまう魔法のお花なんだって。それがあればお母さんも、治るよね」

「そうだね。どこに咲いているんだろうね」

 おばあちゃんの笑顔はお母さんにそっくりだったので、おばあちゃんのことも大好きでした。

 たっくんは魔法のお花を探すことにしました。お母さんは、直ぐに治ると言っていましたが、お母さんはなかなか退院出来なかったからです。早くお家に帰って、一緒の布団に寝て欲しかったからです。それに、お母さんはどんどん痩せて来ていました。たっくんは気付いていました。お母さんの病気が悪くなっていることに。

 たっくんは魔法のお花がのっていた絵本を開き、眺めました。まだ、たっくんは文字を読めません。だから、絵を見て魔法のお花がどこに咲いているのかを考えました。

「解った。きっとお家の裏にある山の上公園にあるかもしれない」

 大人の足ならすぐ近くではあるのですが、山をいくらか登らねばならないこともあり、小さなたっくんには途方もない道のりでした。それでもたっくんはお父さんとおばあちゃんには内緒で公園に向かいました。小さなたっくん一人では心細くて何度も泣きそうになりました。それでもたっくんは諦めずに進みました。

 大好きなお母さんのために。大好きなお母さんの笑顔のために。

 たっくんは歩きました。歩きに歩きに歩きに歩きました。休むことなく歩きました。

 やっと公園に辿り着いた時、日も暮れて辺りは真っ暗になっていました。ようやくたっくんは手にすることが出来ました。小さな黄色い花を。

「これでお母さんの病気を治してあげられる」

 そう言うと歩き疲れたたっくんはとうとう倒れてしまいました。

 遠くでお父さんとおばあちゃんの声が聞こえた気がしました。たっくんを探して、町を走り回っていたのです。たっくんはその声に安心して、ゆっくりと目を閉じました。

 その翌日、たっくんは小さな黄色い花を持っておばあちゃんと一緒にお母さんのお見舞いに行きました。小さな黄色い花はおばあちゃんが水に入れておいてくれたので元気一杯です。

 おばあちゃんと病院の庭を通って行くと、お母さんが大好きなお花を見つけました。

「おばあちゃん。あのお花、摘んでから行くから先に行ってて」

 そう言ってたっくんは芝生の中にかけて行きました。

 おばあちゃんはそれを見届けてから、建物の中に入って行きました。

 たっくんは沢山の黄色い花を摘んで、走って建物の中に入って行きました。

 お母さんのいる部屋の近くまで来ると、お母さんをいつも見てくれている先生と看護婦さん達が出て来るところでした。いつもと様子が違っているのを感じたたっくんは、走って病室に入りました。

 おばあちゃんがお母さんの上にしがみついて泣いている所でした。たっくんはお母さんの枕元に来ると、顔を覗き込みました。

「お母さん。ボク、魔法のお花取って来たんだよ。これですぐ治るよ。それに、お母さんの大好きなお花も一杯摘んで来たんだ。ねぇ、お母さん。寝てるの? もうお昼だよ、起きて」

「たっくん。お母さん、もう目を覚まさないんだよ」

「どうして?」

 たっくんには、おばあちゃんが何を言っているのか解りませんでした。無理もありません。たっくんには「死」というものがどんなものか解らないのです。

「もう……、戻ってこないんだよ。お母さんは死んでしまったんだよ」

「どうして? どうして? お母さんの病気を治す為に、僕お花持って来たのに……」

 おばあちゃんのいつもとは違う表情に本当にお母さんは戻って来ないのだと気付きました。

 いつまでも開くことのないお母さんの目。いつまでも動くことのない口を見て、たっくんは泣き始めてしまいました。ただただ悲しくて、たっくんは泣いていました。「死」というものがどんなものなのか、本当の意味はまだ解りません。ただ、もうたっくんに笑いかけてはくれないのだと、幼いながらに感じていたのです。

 お父さんが駆け付けて来て、たっくんはお父さんにしがみついて泣きました。泣いても泣いても涙が次から次へと零れ落ちていきます。

 お母さんと一緒にお家に帰って来て、家の中が慌ただしく大人だらけになっていく中、たっくんは縁側で膝を抱えて一人ぽつんと座っていました。お父さんがたっくんの隣りに腰を降ろしました。

「ボクの魔法のお花は間に合わなかったの?」

「いや、お母さんの病気はあまりにも悪くて、魔法のお花であっても助からなかったのかもしれないな。お母さんがな、たっくんに手紙を残していたんだ。読むぞ」

『たっくんへ

お母さんはどうしてもたっくんよりも先に天国に行かなければならないようです。たっくんが魔法のお花を探していると、おばあちゃんから聞きました。たっくん、ありがとう。お母さんの為に、探してくれてありがとう。けれど、魔法はもっと身近にありました。魔法は、たっくんあなた自身だったのよ。私にはたっくんが小さな黄色いお花のように輝いて見えました。たっくんを見る度に元気が出ました。たっくん、お母さんはたっくんの笑顔を見るだけで幸せだったのよ。けれど、お母さんの病気はとても重いもので、もうお母さんはこの病気に勝てないかもしれない。たっくんの心に残るお母さんがいつも笑顔だといいのだけれど。たっくん、お母さんはたっくんが大好きです。笑顔のたっくんが大好きです。別れは辛いものだから、うんと泣くでしょう。だけど涙を流した後には、どうか笑顔でいて下さい。ずっとずっと笑顔でいて下さい。天国からあなたをいつも見守っています。

 お母さんより』

 たっくんは泣きました。うんとうんと沢山泣きました。お母さんとの約束を守る為に。お母さんに笑顔を見せる為に。


こんにちは。いつもありがとうございます。今回は、ななちゃんに渡された絵本の内容となっています。

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