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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第68話

「紅。もし、俺達に子供が出来たとしたらどんな名前がいいかな?」

 二人とも生まれたままの姿で、私は青の腕を枕に横になっていた。

 私は、その心地良いまどろみの中でうとうととし始めていた。

「えっ、突然何?」

「俺と紅の子供、可愛いだろうなって、ちょっと想像してみた」

 そりゃ私だって、そんな妄想をしてこなかったわけじゃない。もし女の子が産まれたら、男の子が産まれたらとか考えたこともある。想像するだけなら自由だし、いつかそうなるかもしれないのだし。

「名前まで考えたことなかった。でも、私は男の子がいいな」

 以前、青との子供を夢の中で見たことがある。白昼夢というものだったかもしれないが、その中に出て来た子は男の子だった。それが、ただの夢なのか、それとも正夢なのかはこの先を見てみなくてはわからないのだけれど、きっとそれは現実に起こることなのだと、確信に近いものを感じていた。

「どうして男の子?」

「青にそっくりの男の子だったら可愛いでしょ? 小さいながらに私のこと守ってくれようとしたりなんかしたら、嬉しすぎて気絶するかも」

 青にそっくりの男の子で、可愛い笑顔をしていたのだ。一瞬見惚れるようなそんな力のある笑顔だった。

「俺は女の子がいいかな。紅にそっくりな幼い笑顔で『パパのお嫁さんになる』なんて言われたら、失神するかも」

 青の演技かかった台詞回しに思わず吹き出してしまった。『パパのお嫁さんになる』って台詞が核心に迫っていて、そんな光景が目の前に広がって来て笑えた。

「ははっ、そうなったら楽しいね」

 本当に、私の隣りには青がいて、私達の手には幼い二人の小さな手があって、三人、もしかしたら四人、五人かもしれないけど、幸せに暮らせたらどんなにかいいだろう。5年後の二人が。10年後の二人が。幸せであって欲しいと切に願う。

「近い将来、必ずそうなるよ。幸せな家庭を作ろうね、紅」

 抱き寄せられて、囁かれた言葉は、必ずそうなると私に希望をくれた。涙が込み上げて来て、青の体にしがみついた。

「紅、泣いてるの? 俺、なんか気に障ること言った?」

「ううん、違うの。違うの……。嬉しかったの。凄く嬉しかった」

 青の体が私を組み敷き、そっとキスを落とす。

「必ず、必ず俺が紅、君を幸せにする。約束するよ」

 私の涙を一つ一つ大事そうに人差し指で掬っていく。

 青の顔が迫り、再びキスの雨が降ってくる。何度も繰り返されるキスに、酔いしれていく私は、自らの腕を青の首に回し引き寄せる。ほんの少し驚いた青の顔が直ぐに微笑に変わる。

 青、私達に赤ちゃんが出来たら、きっと1人目は男の子だと思うの……。そしたら名前はね、青や桔梗さんや紫苑さんのように色の名前がいいと思うんだ。青という文字と紅という文字を使ったり、紫という文字を使うのもいいと思うんだよね。こうやって、二人の未来を想像して話し合うのってとっても楽しいよね。それが、もし現実にならなくても、そんな話をしたという想い出は残るよね。ねぇ、青……。

 貪欲に愛を求めていく二人の夜は、まだまだ長い……。


 青が桔梗さんと仲直りしてから、1ヶ月が過ぎようとしていた。

 2月14日、甘い香りが立ち込めるバレンタインデーである。

 日曜日であるこの日、私は勿論青とデート……ではなく、バレンタイン企画として休日営業しているお店に借り出されて、店にいるのだ。

 青は今日はいなかった。朝から連絡が付かないのだ。アパートに行ってみたが、青の姿はなかった。

「ブルー、どうしたんだ?」

「解らないけど。おうちで何かあったのかな」

 桔梗さんに何かあったのか、それとも、青自身に何かがあったのか……。

 休憩時間に桔梗さんにメールしてみた。こんなに長い時間青と連絡がつかなくなったことなんて今までになかった。青に何かあったんじゃないかって不安が過ぎる。桔梗さんにメールをして、直ぐに折り返しメールではなく、電話が来た。

『紅ちゃん? 実は、奈緒ちゃんのお父さんが亡くなられてね。名取君と青とで奈緒ちゃんに付き添っているんだよ』

 奈緒さんのお父さんが亡くなられた……。

 そういえば、奈緒さんのお父さんは末期ガンで、余命を既に過ぎていると青から聞いていた。悲痛な奈緒さんの表情が浮かび上がる。慰問客の前では気丈に振る舞えても、青と名取さんの前では泣き崩れるのかもしれない。

 今、奈緒さんを支えることが出来るのは、あの二人しかいないのだろう。こんな状態でも、前のようには激しく動揺しなくなっていた。

 ただ……。

「マスター。青、お友達のお父さんが亡くなってその友達についてあげているみたい。その友達、お母さんも亡くなってるし、兄弟もいないから。色々と立て込んでて連絡出来ないみたい」

「いや、構わないよ。お前にもブルーにも出来たら来てくれとは言ってあったんだ。強制じゃないからな」

 今日のバレンタイン企画というのは、マスターがお酒に合うスウィーツを出してくれるというもの。滅多にスウィーツを出さないマスターの、気まぐれの企画だ。バレンタインだし、日曜日だし、お客さんは大して来ないだろうと予測していたが、思いの外、客足は伸びているようだった。夜にスウィーツを食べることに抵抗のある女性も多いのだが、皆今日くらいはと自分に甘かったりする。

 スウィーツの甘い誘惑には、世の女性達は中々あらがえないようだ。富ちゃんもまたその一人だ。今日だけは特別と、誰も何も聞いていないのに、言い訳をしていた。

 富ちゃんはダイエットが必要なようには見えないのだが、そう言うと、

「見えない所は太ってるんだよね。着痩せするタイプなのよ、私って」

 お腹をさすりながらそう言うのだ。他の常連客も大概同じような事を言う。

「マスターってスウィーツも作れたんだねぇ。ちょっとだけ見直してあげるよ」

 感心したようにチョコレートケーキを口に運びながら富ちゃんが言った。

 マスターは、大したことねぇよ、と言いながらも満更でもなさそうな笑みを口の端に浮かべていた。

「マスター、照れてるんだっ」

 面白かったので、からかってみたら、ゲンコツを落とされることになった。泣く泣くマスターを睨み付けていると、それを見ていた富ちゃんに大笑いされてしまった。

 和やかなお店のなかで、いつものように時間が過ぎていくのに、青だけがそこにいない。ホールに目を向ける度に青の不在をイヤでも思い知らされる。「ベニ。大丈夫か?」

「え? 何が? 私は元気だよ」

 ぼんやりとしていたことで、マスターに心配をかけてしまった。しっかりしなければ。たかだか一日連絡がつかなかっただけで。

 ただ……、どうしてなんだろう。胸がモヤモヤするのだ。何かイヤな事が起こる予感とでもいうべきか、所謂胸騒ぎというものなのではなかろうか。

 考え過ぎなのかもしれない。考え過ぎであって欲しい。


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