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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
66/104

第66話

「紅は怒ってない?」

「どうして?」

 青の言わんとすることが解らず、首を傾げた。何故私が怒るというのだろうか。

「勝手に結婚するとか宣言しちゃったから」

「ああ」

 すっかり忘れていた。喉元過ぎればなんとやらで、過ぎたことなどとうに忘れていた。

「うちのお母さんってさ、こうと決めたら即行動ってタイプなんだよね。それ解ってたから本当は内心ひやひやした。だから、青が宣言した時には凄く焦った。今すぐに結婚させられちゃうと思って。あっ、青と結婚したくなくて焦ったとかじゃないんだよ。私も結婚したいって思ってる。早く結婚して青の奥さんになりたいって思うよ。だけど……」

「解ってるよ、大丈夫」

 青の「大丈夫」という言葉は私を安心させてくれるとてつもないパワーを持っている。青にそう

言われたら本当に全てが大丈夫な気がする。

「あれ?」

 青が突然驚いた声を出したので、私は青の視線の先を目で追った。あっ。私の思考が一瞬止まった気がした。

 私の中では、整理がついていると思っていた。だけど、いざ会ってみるとやはり戸惑いを感じる。どう接したらいいのか、どう考えていいのか、考えあぐねていた。

「おっ、青じゃん。ベニちゃんも。もしかしたら、デートの帰りだったりするぅ? いいなぁ、俺も是非ともまぜておくれよ」

 おちゃらけた名取さんの調子に青が真面目な調子で答えた。

「父さんと会ってたんだ」

 名取さんの表情が驚きのものに変わり、そして、スローモーションでも見ているように柔らかい笑顔へと変わっていった。

「和解成立ってことだな?」

 名取さんの表情に、深い友情を感じた。恐らく名取さんは青のことずっと気にしていたのだろう。

「ああ」

「ベニちゃん。やるじゃないのぉ。奇麗事じゃなくなったな。頑張ったね」

 青の幼馴染みからの賛辞はとてつもなく嬉しいものだった。

「嘘っ。青、お父さんと仲直り出来たんだ。良かったね」

 綺麗な声だと思った。大学で見かけた時は、青の笑顔と笑い声にばかり気を取られて彼女の方まで気が回っていなかった。可愛い笑顔だと思った。間近で見る彼女は、女の私でさえ見惚れるほどだった。大きな瞳が輝いていると思った。その瞳は、青の瞳とはまた違って少し潤んだ瞳に見詰められたら、男の人はいちころではないかと思うほどのものだった。皆が皆憧れてしまうようなそんな女の子だと思った。行き交う人が皆彼女を振り返る、そんなカリスマ性のようなものがあった。綺麗なだけじゃない、他とは違う圧倒的なオーラを纏っていると感じる。全てにおいて私より優れている、そう感じた。

「まだちゃんと紹介してなかったよな?  俺の彼女で、婚約者の板尾紅さん」

 青に後ろから両肩を掴まれ、二人の前にぐいっと押し出された。

「あのっ、よろしくお願いします。板尾紅です」

 待ち合わせをしている人や乗客で賑わっている駅の改札付近で、人目も憚らず大きな声を出す。出したくて出したわけではない、緊張してしまってつい大きな声になってしまったけだけだ。周囲にいた高校生が私を見てクスクス笑っていた。悪目立ちにもほどがある。穴があったら入りたい。

「元気なのね、ベニちゃんは。そう呼ばせて貰ってもいい?」

 小首を傾げて私を覗き込む彼女に、コクリコクリと首がもげかけた縫いぐるみみたいに頭を縦に振って答えた。

「倉持奈緒です。青と優の幼なじみなの。よろしくね」

「優?」

「俺の名前。名取優っていうんだよ、ベニちゃん。覚えておいてね」

 私と奈緒さんの間に割って入って来た名取さんが、そう言った。

「ちょっと優。今、私がベニちゃんと話してたのよ。邪魔しないで」

「俺だって話したいんだからいいだろ。俺はもうすでにベニちゃんと友達なんだからなぁ、いいだろう?」

 ほんの少し得意げに名取さんが言う。

 名取さんと私は既に友達だったのか。初めて知った……。

「そんなの優が勝手にそう言っているだけでしょ? 彼女は優のことそうは思ってないみたいよ?」

 負けじと反論する奈緒さん。二人は睨み合ってしまった。 

「お前ら、二人とも紅が戸惑ってるだろう。俺の紅に何してくれる」

「俺のだって、どう思う? 優」

「自分の所有物扱いだって。青君ったらイヤラシイわっ」

 たまに名取さんがわざとだとは思うのだが、オネエ言葉が混ざるときがある。気にならないといったら嘘になるが、つっこんだら後々面倒なことになりそうなので、聞かなかったことにする。

「紅は俺の大事な女の子って意味だよ」

 幼馴染みの前で自分の気持ちをぶっちゃけた青は照れ男に化けて、真っ赤な顔をしていた。

「愛されてるのね、ベニちゃんったら。ヒューヒュー」

 ヒューヒューはないでしょ、名取さん。小学生じゃないんだから。いや、今時小学生でもそんなはやし方しないかもしれない。

「もういいよ。じゃあ、俺達行くから」

 青が私の手を引いて先を促した。

「えぇ、行っちゃうのぉ。つれないお方。折角会ったんだから、一緒にご飯でも食べに行こうよ」

 名取さんが青の肩をがっしりと掴み、甘えた声でそう言った。

「そうよ。折角青の愛しの彼女と会えたんだからもう少しお話したいじゃない」

 名取さんの申し出に後押しするように奈緒さんが言う。

「チェッ、やっと紅と二人きりになれると思ったのに」

 小さな声で呟いた青の言葉が、名取さんと奈緒さんには届いていないようだったが、私の耳にはしっかりと届いていた。

「青」

「ははっ。聞こえちゃった?」

「うん。聞こえちゃった。私も同じこと考えてたよ」

 私だって早く青と二人になりたいと思っていた。同じ気持ちなのだと思うと嬉しくなった。

 今日は、桔梗さんのことがあったり、母の所に行ったりと慌ただしかった。せめて、今夜は二人で穏やかな夜を過ごしたかった。

「二人で何内緒話してんのさ。さっ行くよぉ。とっとと行こう」

 ハイテンションな名取さんは、どうやら私達の意見も聞かず、既に食事に行くことに決めてしまったようだ。

「ごめんな、紅」

「ううん。いいよ別に」

 頭をくしゃりと掻き回す青を見上げ、笑顔を見せた。

「ああ、キスしたいな……」

 青が突然そんなことを言い出すので、冗談だと思ったのだが、その瞳はとても冗談とは言い難いものだった。私は真っ赤になって俯いた。

「馬鹿っ」

「馬鹿じゃないよ。う〜ん、でも紅のことになると馬鹿になるかも。感情のブレーキが制御出来ないんだ」

 イシシッと笑う青を心の底から愛おしく感じた。ふと視線を感じ、その出元を探っていると、奈緒さんと視線が交差した。今感じた視線は奈緒さんのものだと考えるべきなのか。奈緒さんの表情から何を考えているか読み取ることは出来そうになかった。奈緒さんは無表情で、私を見つめていた。

 絡み合った視線を逸らすことも出来ず、ただ呆然と見ていると、ふと奈緒さんが笑顔になった。今さっきの無表情とその笑顔の意味を私はどう捉らえるべきなんだろう。解らぬまま不自然な笑顔を返した。こんな時、動揺せずにさらっと笑顔を返せるような大人になれたらいいのにと思う。

「よし行こう、やれ行こう、すぐ行こう」

 一人上機嫌な名取さんを見て、青が申し訳なさそうな視線を私に送る。平気だよ、という意味を込めて首を横に振り、最後に笑顔を向けた。

 

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