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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
63/104

第63話

「あの丘の木のところに青はいますから」

 私は親子水入らずでゆっくりと話した方がいいだろうと思っていた。

「紅さんも来てもらえませんか? その方が青にとっても心強いんじゃないかと思います」

 予想外の申し出に私は戸惑った。二人が話している間は何処かで暇を潰す算段になっていたのだ。

「青はそれを望んでいるでしょうか? 私は二人で話した方がいいような気がします」

「私にとっても紅さんがいた方が心強い」

 桔梗さんが頭を下げた。

「私なんかに頭下げないでいいですからっ。解りました。取り敢えず、一緒に行きましょう。青に聞いてその場に留まるかは決めます」

 その提案に桔梗さんが頷いてくれたので、肩を並べて歩き始めた。桔梗さんが黙りこくっているのは、極度の緊張の為だろう。退院したばかりの体にそんなストレスを抱え込んで大丈夫なのかと心配になった。

少し歩くとすぐに青の姿が見えて来た。青の方でも私達の姿が見えたのか、立ち上がってこちらを見ていた。恐る恐る手を振ってみた。桔梗さんを連れて来たこと、怒ってるんじゃないかと思ったが、青は手を振り返してくれた。怒っていないのか、それとも、隣りにいるのが桔梗さんだと解っていないのか。

「桔梗さん。大丈夫ですよ。絶対大丈夫ですから、あんまり気を張り過ぎないで下さい。体に悪いです」

 桔梗さんの体がもの凄く心配だった。奇妙な脂汗をかいているような感じがした。

「いや、大丈夫だよ。ありがとう」

 隣りを歩く桔梗さんを気遣いながら、青の元へ歩を進ませた。近付いて行くと、青が出迎えてくれた。

「父さん。体、大丈夫なのか?」

 優しそうな青の声を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。

「大丈夫だ。青と話しがしたくて来たんだ。いいかな?」

「俺も話しがしたいと思っていたんだ」

「じゃあ、私まゆを連れてその辺ブラブラしてくるよ」

 やはり私は二人の邪魔になるんじゃないかと判断した。

「紅はここにいて。一緒に聞いてて欲しい」

 青にそう言われてしまっては、ここに留まるしか他はない。私は大人しく青の隣りに腰掛けた。

「青にずっと謝りたかった。何を言っても言い訳のように聞こえるだろう。だから、弁解はしない。父さんも母さんも間違った教育をお前と紫苑にしてしまった。お前達に酷い想いをさせてしまった。本当にすまなかった」

 搾り出すような桔梗さんの苦しそうな声が聞いている者にまで苦しみを感じさせる。

「一つ聞いてもいいかな?」

「ああ、勿論。何でも答えるつもりで来ている」

「俺は、父さんや母さんに愛されていたのかな」

 質問というよりは呟き、呟きというよりは願いに近かった。

「ああ、愛していた。間違いなく。そして、今も愛しているよ。その気持は私達の中で変わることはない。離れていても、青も紫苑も私達の宝物だ」

「そっか、解った。俺がこれまで貯めて来た気持ち言わせてくれないかな」

「勿論」

「俺はずっと寂しかったんだ。家族の中で自分だけが愛されていないとずっと思ってた。兄さんが心底羨ましかった。父さんと母さんが憎かった。母さんが刺されて、兄さんがいなくなって、家族がバラバラになって、ざまあみろって思ったよ。だけど、どんな家族だったとしても一緒にいられたら良かったって、時が経つたびに思うようになった。冷静になって、紅を好きになって始めて、なかったと思っていた愛が本当はあったんじゃないかって思うようになった。でも、時が経てば経つほどどうやって歩み寄ればいいのか解らなくなった。今更素直になんてなれなかった。ずっと本当は戻りたかった。父さんが会いに来てくれて嬉しかった……」

 明かされる真実の心の声。

「すまなかった。本当にすまなかった」

 桔梗さんはむせび泣いていた。聞いている私も堪え切れずに泣き出してしまった。

「もう、反抗期の子供みたいな真似はしないよ。だけど、家には戻れない。母さんには、まだ会う時じゃないと思ってる。兄さんが戻ったら、俺も母さんに会いに行く」

「紫苑はどこで、何をしてるんだろうな」

 桔梗さんが空を見上げて言った。

「必ず帰ってくると思うんだ。俺みたいに、今更顔出せなくなっちゃってるだけだと思う。兄さんは臆病だったから」 

 名取さんに教えてもらった情報を伝えるべきなんだろうか。でもあの情報は不確かなものではないか。今もなおこの町にいるとは限らないのだ。二人に過分な期待を抱かせることになりえるのではないか。名取さんに一度相談してみた方がいいかもしれない。

「紅さん。本当に有難う。君のお陰たよ」

 桔梗さんに声をかけられたことで、私の思考が遮断された。

「私は何もしていないですよ。青の傍にいただけです」

「違うだろ? 俺は紅に鉄拳を食らわなければ、今、ここにいなかっただろうと思う」

「鉄拳?」

 面白いことでも思い出したように、ケタケタと笑う青。

「それはいいって、言わないでっ」

 私は青を止めにかかったのだが、青はそれを完全に無視して話し始めた。

「紅にグーで殴られたんだ。ははっ。あれはきいたよ。紅は怒ると恐いんだよな?」

「恐いわけないよっ。あれは、青があんまり情けないことばっかり言ってたからつい。もう、殴ったことは謝ったでしょ」

 青はケラケラと未だに笑っている。私が青を殴ったことは、ずっと言われ続ける予感がした。

「紅さんには逆らえないんだな、青は?」

 それってまるで私が青を尻に引いているみたいに聞こえるじゃないですか。実際は違いますから。約9割は青が主導権を握ってるんだから、あの瞳を駆使して。

「桔梗さん。誤解しないで下さいね。あれはたまたまなんですから」

「紅が父さんを桔梗さんとか呼ぶの俺、ヤなんだけど。もう、お父さんって呼んだらいいんじゃない? 父さん、俺、紅を嫁に貰うことにしたから」

 さらりと宣言して私を抱き締める。

「青っ」

 驚きで、青の名を大声で呼んだ。

「だって、隠すことじゃないでしょ?」

「そうだけど、心の準備ってものがあるじゃないの」

 桔梗さんの前で突然宣言されて、動揺を隠せなかった。だって普通ご両親にご挨拶とかいったら、きちんとした恰好でお宅に伺って、手土産なんかも持参したりするわけでしょ。こんな、ついでみたいに報告するべきことなのかな。

「そうか。私としては嬉しい限りだよ。紅さんがお嫁さんに来てくれるなんて、こんな素晴らしい話はない。早速、お父さんと呼んでくれると嬉しいな」

「えっと、ありがとうございます。今すぐって話しではないですけど、これからよろしくお願いします、おっお父さんっ」

 新鮮。

 桔梗さんがいつか私のお父さんになるんだ。大切な人と、大切な人を取り巻く家族。一気に大切なものが増えていく。そしていつか青と私の血を引く赤ちゃんが……。

「うわぁっ」

 思わず想像してしまった未来予想図に私は叫び声をあげた。その場面があまりに幸せすぎて、声をあげずにはいれなかった。

「「どうしたんだ、紅(さん)」」

「何でもない。本当、何でもないの」

 青との赤ちゃんを想像していたなんて恥ずかしくて言えません。因みに青との赤ちゃんは、男の子だった。不思議とパッと浮かんだのが男の子だった。想像というよりも白昼夢のようだった。本当にそうなったらいいなと、私はひそかに願った。


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