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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第62話

 私は駅のホームで電車が来るのを待っていた。

 夕方のホームは学校帰りの学生でごった返していた。そういう自分も学校帰りではあるのだが。

 これから一度家に帰って、バイトの時間までまったりしようか、それとも青が帰って来ているなら、青の家に行こうかな。と、夕焼けを見ながらぼんやりと考えていた。

 そんな時だった。私は、バッグの中の携帯が震えたのに気付いた。

「もしもし?」

『あ、紅ちゃん? 俺、名取だけど』

 てっきり青だと思って、着信番号を確認せずに取ったので、その相手が名取さんだったのに驚いた。

「名取さん? どうしたんですか?」

 この間、青の家で名取さんと会った時に番号だけは交換していた(青はぶーぶー言っていたが)のだが、実際に電話が来ることはないだろうと思っていた。社交辞令だと思っていたのだ。

『実は、青の親父さんが倒れたらしいんだ』

「え? 桔梗さんが?」

 桔梗さんがっ? 一体どこが悪いんだろうか?

『うちの親が教えてくれたんだ。今日倒れて、今、入院している。青に知らせてやってくれないかな? 俺から聞くより、紅ちゃんの方がいいと思うから』

「解りました。教えてください、詳細を……」


 いつものようにチャイムを鳴らした。

 中から人が動く気配があったので、青は帰って来ているようだ。ドアが開いて、私を確認すると、青は嬉しそうに微笑んだ。

「紅、会いたかった」

 抱き付こうとする青を手で制した。

「私も、会いたかったよ。だけど、今日はこんなことしてる暇ないの。今すぐ出るから用意して。桔梗さんが倒れて病院に運ばれたの」 

 青の表情が一瞬にして凍りついた。私を見ていた瞳がついっと逸らされた。

「行かない。俺は行かない。あの人は俺の親じゃない」

 冷たく言い捨てるような声に、背筋がぞくりとした。

「青? 今、自分が何を言ってるか解ってる? 前にも言ったよね? 誰が何と言おうと、青が何と言おうと桔梗さんは青のお父さんなんだよ。どんなに逃げ回ったってそれは変わらない。いつまで逃げるの、青。本当は解ってるんでしょ? 桔梗さんは間違いなく青を愛してるよ。解ってるのにそれ見て見ぬふりして、愛されてないって子供みたいにいじけてる。もういいでしょ。逸らさないで」

「俺は行かない。あの人がどうなろうと俺には関係ないことだっ」

 青には珍しい怒声に体を強張らせたが、私の気持ちも高ぶっていた。私は無意識に拳を固め、それを青の頬に叩きつけた。衝撃で青の体がぐらりと揺らいだ。

「後悔するのは青なんだよ。桔梗さんが死んだら二度と会えないんだからねっ! 青の意気地なしっ。そうやって、いつまでもいじけてろっ、馬鹿っ」

 私は暴言を吐いて玄関を出た。

 青の馬鹿っ。そうやっていつまでも心を閉ざしたままだと、後悔するんだから。大切な人なくすことだってあるんだからっ。解らず屋の青。馬鹿なんだから。

 勢い良く階段を降り、大きな溜め息をついた後、足速に歩き始めた。

 でも、青。青はきっと来る。私はそう信じてるよ。だから、早く来いっ。


「紅っ。待って。待てって」

 青の声が私の背中を追いかけて来たので、私は足を止めた。ホッと息を吐く。だが、振り返らない。

「俺も行く。ちゃんとあの人と向き合う。俺、もう逃げないから」

 ゆっくりと振り向くと、私が殴った頬がほんのり赤くなっている青が、真剣な眼差しで私を見下ろしていた。

「紅に鉄拳食らって、あそこまで言われて引き下がったら男がすたる。あそこまで紅に言わせた時点でもう情けないんだけどさ」

 苦笑を浮かべる青に私は微笑んだ。

「良かった。絶対来てくれると思ってたんだよ。……ごめんね。ほっぺ痛かったよね」

 染まった頬を手の平でそっと撫でる。そこは熱をもったように熱かった。

「かなりきいた。愛のムチってやつだね」

 愛のムチと言えば聞こえはいいが、ただたんに私が逆上して、感情任せに殴ってしまっただけなのだが、そこはあえて触れずにおいた方がいいだろう。 

「行くって決めたなら早く行こう」

 桔梗さんが入院している病院は、駅の反対側の救急指定病院になっている大きな病院だ。駅からは病院行きのバスが出ているから、それに乗って5分〜10分くらいで着く。

「青、この時間帯にはお母さんはいないらしいから」

 桔梗さんに会う心の準備はそんなに難しいものではないだろうが、多分まだお母さんには会えないんじゃないかと思った。

「そっか。ちょっとホッとした」

 明らかに青の肩の力が抜けた。病院に行こうとしなかった本当の理由はお母さんだったのかもしれない。


「すみません。杉田桔梗は何号室でしょうか?」

 病院に着き、ナースステーションに声をかける。

「あら、息子さん? そっくりだからすぐに解ったわ。杉田さんは305号室、一番奥の部屋よ」

「すみません。それで父の容体は?」

「何の心配もないわ、ただの過労よ」

「「過労?」」

 私と青の声が見事にハモった。

「あら、知らなかったの? 今日は病院で休んで、明日にはもう退院なのよ」

 一体全体どういうことなんだ。名取さんが「オジサンかなりヤバイみたいなんだ」なんて言うから、てっきり大病を患ってしまったんだと勘違いしてしまった。というかこれは、完全に名取さんに騙されたのだ。

「名取さんが、ヤバイって言ってたから。危篤なんだと勝手に思っちゃって」

「アイツ、絶対わざとだ」

 悔しそうにそう呟いた青だったが、その表情は安堵にうち震えているようだった。私も桔梗さんの無事にホッと胸を撫で降ろした。

「とにかく青、病室行ってみようよ」

 突き当たりの部屋は6人部屋で、中に入り、一番手前のベッドに桔梗さんは横になっていた。近づくとスースーと安定感のある寝息を立てていた。

 過労……。桔梗さんはそれほど追い詰められていたのだろうか。

「俺の、俺と兄さんのせいかな」

 枕元に置いてある丸いすにすとんと座ってぽつりと言った。なんと答えられるだろうか。もしかしたらそうなのかもしれない、だが、そうでないのかもしれない。無責任に青のせいじゃないと励ますのは簡単だが、それで青が納得するとも、勇気づけられるとも考えられない。私はただ傍にいることしか出来ないのか。暫く桔梗さんの寝顔を念入りに観察していた青だったが、すくっと立ち上がった。

「帰ろう、紅」

「でも…」

「大丈夫。逃げるわけじゃないんだ。良く寝てる父さんをわざわざ起こしたくないだけだ。父さんの体調が戻ったらきちんと話しする。今日のところは帰ろう」

 あの人と言っていた青が、父さんと言い始めている、その言葉は信じるに値するものだと表していた。

「うん。解った」

 何にしろ桔梗さんが酷い病気じゃなくって良かった。後ろ髪を引かれる思いだったが、桔梗さんを起こさないようにこっそりと病室を後にした。

 そしてその翌日、桔梗さんが無事退院したことを知った。


 その週の日曜日。私と青はまゆを連れていつもの公園で散歩をしていた。

「私飲み物買ってくるから、先にいつものところで待ってて」

「俺、行こうか?」

「ううん。平気。先、行ってて」

 私はそう言い置いて、自販機の前まで来た。

「体調、大丈夫ですか? 無理はなさらないでくださいね」

 自販機の前に佇んでいた長身の男、桔梗さんに声を掛けた。

「いや、どうしても青と話がしたくて。看護士さんが息子さんが来ましたよって教えてくれた時には嬉しくて仕方なかった。紅さんが連れて来てくれたんでしょ?」

 一昨日になるだろうか、桔梗さんがメールをくれたのは。青と話がしたいから、協力してくれないかと。なので、日曜日に青と散歩に行くので、桔梗さんもどうかとお誘いしたのだ。

 青に桔梗さんが来ることを知らせなかったのは、桔梗さんが黙ってて欲しいと言ったからなのだ。桔梗さんは前以て知らせたら青が逃げ出すんじゃないかと思ったようだ。恐らく青が逃げ出すことはないと思ったが、桔梗さんの要望に答えた形で青には知らせなかった。

「あの丘の木のところに青はいますから」


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