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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第60話

「君達って恐ろしくお似合いだね。なんかここにいるのが居た堪れなくなってきたよ」

「なら、帰れっ」

「それとこれとは話は別でしょ」

 二人が仲良く(?)言い争いをしている時、私は名取さんが言ってくれた言葉に一人酔いしれていた。

『お似合い』

 何て嬉しい言葉なんだろう。天にも昇るようだ。

「それじゃ、ベニちゃん俺送って行くよ。準備は出来てる?」

「はいっ、大丈夫ですよ」

「紅。よく気をつけるんだよ。何かされそうになったらすぐに叫ぶんだ。すぐ行くから。いいよね?」

 過保護なお父さんみたいで可笑しかったが、青が真剣な目で私を見つめるので、笑うことは出来なかった。

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。心配ないよ。すぐそこだもん。また、明日ね。おやすみ」

 青の顔が降りて来て、もしやキスと思った時には、頬の横を通り過ぎていった。

 ボソッと囁かれたその言葉に体中の血が一気に沸騰した。

「紫に……なりたかったな。本当は今すぐ紅をめちゃくちゃにしたい。でも、今日は我慢しておく。その分、明日覚悟しておいてね」

 紫になるっていうのは二人だけに通じる造語みたいなもの。簡単に言えば、……ってことなんだけど。

 青が顔を戻すとくくっと笑った。

 私の反応に満足そうな青は、くしゃりと私の頭を撫でると、おやすみ、と言った。


 名取さんと連れ立ってアパートを出た。

「名取さん。何か紫苑さんのことで知っていることがあれば教えてくれませんか? お願いします」

 名取さんなら、何か知っているんじゃないかと思った。

 紫苑さんのことを青に聞くわけにはいかないし、桔梗さんに聞くことは出来るが、出来れば身内ではなく第三者から見て、紫苑さんがどんな人だったのか、兄弟の関係はどうだったのかを聞いてみたかった。

「多分そうだろうと思ってた。そうでなきゃ、あんなに青に反対されてまで俺に遅らせたりしないだろうからね。何故、ベニちゃんは紫苑君のことを知りたいの?」

 名取さんの表情は窺い知ることは出来なかったが、優しげな口調の中に何か厳しいものを感じた。

「私、戻せるのなら、ううん、戻せないのは解ってるんです。でも、新しい杉田家の関係を築いてくれたらって思って。すぐにどうこうってことじゃなくて時間をかけて、家族になってくれたらいいなと思うんです」

「奇麗事だよね」

 優しげな口調はなれを潜め、厳しい口調に変わった。

「そうですね。奇麗事です。でも、それを実現させれば、それはもう奇麗事ではなくなりますよね? だから、私頑張るんです。奇麗事では絶対終わらせたくないですから」

 奇麗事で何か終らせるつもりはない。私に何処までのことが出来るか解らない、もしかしたら何も出来ないのかもしれない。それでも、諦めたり逃げたりしたくはない。

 私は強いわけじゃない。自分の非力を嘆く事なんて山の数だけあるだろう、諦めてしまいそうになるほど弱気にだってなるだろう。

 だけど……。

「諦めませんから……」

 それは名取さんに宣言するというよりも、自分自身に言い聞かせる為のものでもあった。

「くくっ。いいよ、解った。協力してあげる。そのベニちゃんの奇麗事に俺も付き合ってあげるよ」

 突然、さっきまでの厳しい雰囲気がなくなって、青のアパートにいた時の名取さんに戻っていた。

 私はこの人に、試されていたんだろうか。

「いいんですか? 奇麗事ですよ?」

「ああ、男に二言はないでしょ。青のことは俺もどうにか出来ないかなとは思っていたからね。かと言って俺に何が出来るわけでもなかった。もしかしたら、ベニちゃんになら出来るのかもしれないね。だから、手を貸すと決めた。じゃあ、まずは紫苑君のことだよね?」

 私は神妙な面持ちで頷いた。

 一体どんな人だったの、紫苑さんは……。

 私はみるみる真顔に変わって行く名取さんを見て、ごくりと生唾を飲んだ。名取さんは、いつもおちゃらけているわけではない。メリハリとでもいうべきか。ビシッと決める所は、ビシッと決めるタイプなのだろう。

「紫苑君は……紫苑君という人間は……」

 そう言ったきり、名取さんは口を閉ざした。その沈黙が重苦しい。

 私は今、何かとてつもない真実を聞かされようとしているんだろうか。

「紫苑君は……」

「し紫苑さんは……」

 固唾を飲んで次の言葉を待った。

「実は全く知らんのだよっ」

 ガラっと変わった口調で名取さんが言い放った。

「へ?」

 今、一体何と言ったのですか?

「いや、だから全く知らんのよ」

「え? じゃあ、今の無駄にためた間合いは? あの無駄に長い沈黙は?」

「それはほらやっぱり雰囲気ってもんが必要かと思ってさぁ。何て言うの、演出?」

 演出……。そんな演出は今はいらない。

「名取さん。失礼を承知で一言言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あらまあ、ご遠慮なくどうぞ?」

「じゃ、遠慮なく。そんな紛らわしいことしないで下さい。時間の無駄です、こんちきしょうめっ」

 ああっ、やっぱり駄目だった。我慢したのに、あんなに我慢したのに、最後の最後でつい本音がポロリと。

 もっともっとぼろかす言ってしまいたいのは山々なのだけれど、青の幼馴染だし、今日会ったばかりの人だしってことで、これでも我慢に我慢を重ねた結果なんだよ。

「まあまあそんなに怒んないのっ。怒ると良いことないんだぞっ。スマイルスマイル」

 青が名取さんの前だと言葉が乱暴になってしまう理由が嫌でも解る。名取さんのペースは人を苛立たせるのに十分の要素を持っている。

「それで、紫苑さんのこと知らないってどういうことなんですか? 名取さんは青の幼馴染なんですよね。それなら、紫苑さんとも幼馴染だって事じゃないんですか?」

 名取さんの発言を完全にスルーして、どうにか話を戻した。

「知らないっていったら、言葉のとおり知らないってことなんだけど、もしかしてベニちゃん日本語解らないんじゃ……」

「名取さん。グーで殴るのと、首を絞めるのとどっちがお好みですか?」

 一度この人を殴っていいですか? 

「もう、ジョークだよジョーク。あのね、ベニちゃんさ、青のこと心配で助けたいって気持ち凄く解るよ。だけど、もう少し力抜いてみようか。力が入り過ぎると、何をやってもいい結果には繋がらないよ」

 この人は私の力を抜く為に、私をリラックスさせる為に、わざとあんな言い方をしていたんだ。

「名取さん……」

「な~んちゃって、今の俺恰好良くなかったぁ? ああ、でも俺に惚れちゃ駄目だぜっ」

 がっくり。怒ることすら面倒になって来る。

 完全にこの人は私をおちょくって楽しんでいる。

「惚れませんから、安心して下さい」

「あらっ、それは残念」

 名取さんはどこからが本気でどこからが冗談の域なのか、出逢ったばかりの私には解らず、振り回されるばかりだった。だが、名取さんに翻弄されていた青を見ると、いくら名取さんを知ったところで、何ら変わらないということなんじゃないだろうか。

「今度こそ話を戻そうか。ここからは真面目な話。紫苑君は幼い頃から俺達と遊ぶことはなかったんだ。顔は知っているけど、碌に話したこともない、当然性格も何も知らない。幼馴染っていうのは、子供の頃に仲の良かった人って意味でしょ。そう考えると、確かに紫苑君は近所に住んでいて青の兄ちゃんではあったけど、幼馴染とは言えないんだよね」

 紫苑さんは本当に外で遊ぶこともせずに家で勉強ばかりしていたんだ。

「ただ、俺は一度だけ話したことがあったんだよね」

「話したことが?」

 近所に住んでいたのにも拘らず、話したことがあるのはたったの一度だけ。そんなことがあり得るのか。

「あれは、俺が小学生の高学年の時のことだ……」


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