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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
58/104

第58話

「ねぇ、青。青って英語も出来るんだね」

 先ほどから、すらすらと英語の問題を難無く解いて行く青。そんな様子を感心して見ていた。

「受験の時に勉強したからね。紅こそ何でこんなに出来ないの? 英語科行ってるんでしょ?」

「いやぁ、受験で一切勉強してこなかったもので……。落ちこぼれなんでございます」

 そう言えばちょっと前に受けたTOEICの点数も最低だったな。誰にも決して言えない、お蔵入りの点数だった。

 あの時期はマスターのこととか、青のこととか、考えることがありすぎて勉強どころじゃなかったんだよね。なんて言ってはみたものの、何もなくただひたすら勉強していたとしてもたかが知れているんだけど……。とほほ……。

「んがぁ、英語なんて嫌いだぁ。もうやりたくない」

 思わず叫んでしまった。勿論、隣近所を配慮しての音量ではあったけれど。

「じゃあ、なんで紅は英文科に入ったの?」

「それは、たまたま推薦が取れたってのと、当時の担任の先生がしきりに勧めるから何となく……。入っちゃえばまあ何とかなるかと思って……ははっ」

 ハアと青が小さく溜息を零す。

 うわっ、なんか学校の先生みたいだよ今日の青。二者面談で説教を受けているような気分だ。

 その後、説教をされるような雰囲気。

「仕方ない説教は後でたっぷりするとして、とにかくやっちゃおうか」

 説教って……。私に説教、本気でやるつもりだったんだ。説教なんてイヤだよ。トイレ行くふりしてこっそり帰っちゃおうかなぁ。

「逃げだしたら承知しないよ、紅」

 テキストに目を落としたままそう言った。

「そんなぁ、逃げるわけないじゃん。まさかっ」

 なっ、何で解ったんだろう? 私、何も言ってないし、青は私の表情を見ていたわけでもないのに。

 末恐ろしい男だ、杉田青。


 それから約一時間後。漸く課題は全て終わった。きっと私一人きりでやっていたら、今の倍以上の時間を要したに違いない。

 何はともあれ終わってくれてよかった。

「青、手伝ってくれてありがとう。本当、助かった」

「じゃあ、もう触ってもいい?」

 実は課題をやっている間、何度か私の体を触ろうとした青、その度抓って懲らしめていたのだ。

「うん、いいよ。だから、説教は勘弁して」

「するよ勿論、説教。体でね、たっぷりと」

 ニタニタと笑う青を見て、ぞくりと体が震えた。

 舌舐めずり……。そんな言葉が、今の青には当てはまる。

 うわっ。なんか企んでいらっしゃる。怖いんですけど……。私は一体何をされるんでしょうか?

「一杯泣かせてあげるよ、紅」

「おっ、お手柔らかにっ」

 引き寄せられて、布団の上に押し倒された。

 いつの間に布団が敷かれていたのか、目にも止まらぬ早業である。たった今敷いたのか、それとも、私がノートを片している時なのか。いずれにしても気配はなかった。

 などと考えるゆとりは早々に消えていく。青のことしか考えられなくなる。

 青と体を重ねれば重ねるほどに、快感が鋭く、敏感になって行く。私の感じるところ、弱いところを、青が少しずつ発掘していく。少しずつ感じるところが増えて行き、少しずつ弱いところが増えていく。今まで感じなかったところが急に敏感になる。私の体のあらゆるところがどんどん敏感にされていく。

 青に触れられただけで、体が痺れる。まるで体全体が性感帯であるようだ。

 自分の体が、自分の意志とは無関係に、青によってエッチなものに変えられていく。

「青っ。私、変なのっ。変っ」

「変じゃないよ。奇麗だ」

 青の声にも反応していた。今なら、もしかしたら声だけでイってしまうかもしれない。

 やがて二人は重なり合い、紫になる。鮮やかな紫に……。


 それから暫くたったある夜のこと、私達はバイトが終了後、青のアパートに足を向けていた。

「青。ドアの前に誰かいるみたいだよ?」

 ドアの前に確かに黒いシルエットが。だが、暗くてよく見えない。

 もしかして、奈緒さんが訪ねて来たんじゃ……。

 胸がどくんと大きく跳ねた。

 だが、冷静に考えると、その背の高さは、女性の物にしてはいささか大き過ぎた。

「あれ? もしかして名取か?」

 隣りで突然青が声を張り上げたので、びっくりして飛び上がった。

「おおっ、やっと帰って来たな。待ってたんだよ、早く中入れてくれ。寒くって凍るっ」

 名取と呼ばれたその人は、どうやら青の友達のようだ。

 階段を上がって行くと、そこにはニコニコの笑顔で私を眺めまわすその人がいて、私はその粘着質といっても過言ではない視線にたじろいだ。

「やめろよ、名取。紅が怖がってるだろ」

「ベニちゃんっていうんだ。はじめまして。青の幼馴染で名取といいます。彼女が出来たことは青から聞いていたんだけど、俺が聞いても名前も教えてくれないし、会わせてもくれないから、我慢出来ずに勝手に来ちゃった。よろしくね、ベニちゃん」

 ニコニコ笑顔の名取さんが右手を突き出し、握手を求めたので、私も右手を出そうとしたが、ペシっという音に驚いて瞬間的に手を引っ込めてしまった。

「駄目だっ。いくらお前でも紅に触れるのだけは、許さんっ」

 ペシッという音は名取さんの手を青が叩いた音だったようだ。

「いいじゃん、別に。握手するぐらい。青のケチっ」

「駄目だ。馬鹿が移る」

「ひっどくない? 青君ったらそんなこと言っちゃっていいのかなぁ。ベニちゃんに青の恥かしい過去を暴露すんぞ。それでもいいのか? いいんだな?」

 この二人、喧嘩しているみたいなんだけど、でも凄く楽しそうというか、私の存在を忘れてじゃれ合っているというか。とにかくこんな青の姿は新鮮で、微笑ましかった。

 クスクスと笑っていると、二人は漸く私の存在を思い出したようだった。

「紅、寒いから中に入ろうか。紅が風邪引いたら大変だ」

 青に招き入れられて私は部屋の中に入った。

「お前はもう帰れっ。用はもう済んだだろう?」

 私の背後で、またしても攻防戦が続いていた。

「え~っ、入れてよ青君。お願いっ」

 名取さんの前で無理矢理ドアを閉めようとしていた青に、無理矢理こじ開けようとする名取さん。

 そのうちドアが壊れるんじゃないだろうか。

「青。もしなんなら今日は私が帰ろうか?」

「「紅(ちゃん)は帰っちゃ駄目っ」」

 青と名取さんが声を揃えて言うものだから、私は頷くことしか出来なかった。

「名取、お前のせいで紅が怯えてるだろ。今すぐ立ち去れっ」

 青は名取さんと喋るときは結構乱暴な口調になる。

 やっぱり、男同士だからなのかな。

「青、入って貰ったら? 私は別に構わないから」

「ほぅら青、ベニちゃんもそう言っていることだし。なっ?」

 青は渋々ドアから手を放し、名取さんを部屋に招き入れた。

「もし紅に手出してみろ。いくら気心知れたお前でも、ただじゃおかねぇからな」

 青の威嚇にへらへらと笑って答える名取さん。

 軽い感じの人。ノリがいいとか、陽気だとか言った方がしっくりくるのかもしれない。でも、憎めない。そんな感じの人。

 青も先ほどから帰れと喚いているけど、本当はそこまで邪険にはしていない。

 硬い信頼関係がある、だからある程度強いことを言っても大丈夫。そんな印象を受けた。

 青にこんな風に言い合える存在がいたことに、嬉しさが込み上げて来て、知らず頬の筋肉も綻んでいた。


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