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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第51話

「きっと大丈夫です。青は、きっと大丈夫。私、青の傍にずっといますから」

 拳を握りしめ、テーブルを叩き、興奮の余り立ち上がって宣言すれば、青父と喫茶店内の人々が驚いた顔で私を見ていた。

「いやっ、ははっ。お騒がせしてすみません……でした」

 喫茶店内の人々に頭を下げて、肩身の狭い思いで、おずおずと腰をおろした。

 頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっているに違いない。

 真向かいに座る青父は私のそんな失態を愉快そうに見ていた。

 こういう所……、そっくり。

「心強いなぁ。青の傍に板尾さんがいてくれて、本当に良かった。感謝します、本当にありがとう。青は、大学でもちゃんとやれているんだろうか」

 最後の一言は限りなくひとりごとに近かった。

「覗きに行ってみませんか? 大学にっ。私も前から見てみたかったんです、大学生やってる青」

 以前、青の大学に侵入してみようと考えていたことをすぐに思い出した。

「青の大学に?」

「はいっ。見たくないですか? バレなきゃ大丈夫だと思いますよ? あっ、でも先生だから昼間は駄目ですよね」

 先生は日中、授業があるから駄目だよね。すっかり忘れていた。

「いや、大丈夫な日もあるよ。授業のない空き時間に学校を出ることは可能だよ。私もちょっと大学での青に興味がある。協力してくれるかな?」

「勿論ですっ。任せて下さいっ」

 青に知られたらかなり怒られてしまいそうだ。それでも、私は大学での青を見たいと思った。

 青父と携帯、メール番号を交換した。

 携帯を開くと、着信アリの表示が出ているのに気付いた。青からの着信だった。

 青父と別れてすぐに青に電話をした。

「青? 電話してくれた?」

『うん、したよ。今、どこにいる?』

「もうすぐ家につくよ。青はもう家に着いた?」

 考えてみれば青とこうやって携帯で話をするのは数えるほどしかなかった。とても新鮮な感じがして、たったそれだけで浮足立っている自分がいた。

『うん、家にいるよ。紅に会いたいな。そのままうちに来ない?』

 携帯から聞こえてくる青の声は心なしか普段の声よりも低くて、その低い声がダイレクトに私の耳に入って来て、しかも会いたいなどと身悶えしてしまうような嬉しい言葉を囁かれたら、私はその場でとろんとろんに溶けてしまいそうになる。

『紅?』

 返事がない私を不審に思ってか、青が私の名を呼ぶ。

「あっ、うん。行く」

『そっか、じゃあ待ってるから』

 弾んだ声が鼓膜を刺激する。

 私……、ちょっとどころじゃなく色ボケ気味なのかもしれない。

 ブルーの一つ一つの行動全てが可愛く感じられてしようがない。メタ惚れって言うんだろうか、こんな状態。

 じゃあ、と言って通話を切ると青ん家目指して歩き始めた。

 地に足が付いていないようにふわりふわりと感じて足元がおぼつかない。

 幸せの絶頂……。ようは青という愛すべき彼氏が出来たことで舞い上がっちゃっているってことなんだろう。


 私はこの時、何も解っていなかったのだ。心の底から愛すべき存在がいるということ、それは時として苦しみをもはらむものだということに。

 浮かれた私の頭には苦しみという言葉も、不安という2文字も浮かんで来る筈もなかった。


 青の部屋の前でチャイムを鳴らしたら、押した瞬間にドアが開き、現れた青に手を引かれ、ドアが完全に閉まる前には既に青の腕の中できつく抱きすくめられていた。

「青?」

「会いたかった。ほんの数時間離れていただけなのに、もうずっとあっていなかったような気がしてしょうがない。俺、もう紅なしじゃ生きていけないかもしれない」

 私もまさしく同じ気持ちだった。何をしているんでも、青の笑顔が常に瞼の裏にあって、目を瞑れば、その笑顔に会うことが出来た。けれど、実際に会うのと残像を追うのとでは違う、残像を見れば見るだけ会いたい気持ちは強くなった。

「ははっ、大袈裟だよ」

「大袈裟なんかじゃない。本気だよ、俺はいつも」

 私の髪の毛を掬うとそこにそっとキスをした。髪の毛の一本まで大事にされているようで眩暈を起こしそうになる。

 幸せすぎて倒れる人なんてそうそういないだろうけど。

「青って恥ずかしいこと平気で言うよね? それってやっぱりわざとなの?」

「恥かしいとは思わない。だって、全て本当の俺の気持ちだからね」

「でも、世の男達は好きだの愛してるだの、会いたいだのってあんまり言わないって言うじゃん」

 よくテレビでやってるよね。女性は恋人であっても、結婚して長く連れ添っても、愛の言葉を聞かせて欲しいと思っているのに対して、男性はそういう言葉は言わなくても察してくれって思っている。好きなら言葉がなくても伝わるだろう的なことだ。

「言わなきゃ、俺の中の気持ちが溜まりに溜まっちゃって爆発しちゃいそうなんだ」

「もっと、もっともっと一緒にいて、ずっとずっと一緒にいたら、言ってくれなくなっちゃうの? そうなったら悲しいな。そうやって言ってくれるのは嬉しいけど、長く一緒にいればそういうのもなくなっちゃうのかなって思ったら何だか怖い気がする」

 言葉だけが大事なわけじゃない。それは解っている。だけど、自分の内にある気持ちや、相手の内にある気持ちを一番解り易く伝えられる手段であるからこそ、それに頼りたくなってしまう。

「俺は他の男とは違うよ。それを俺が身を持って証明する。俺が死ぬその瞬間まで紅を愛していると口にするよ」

「それって、私より青は先に死ぬってこと前提だよね。私は青の死を看取らなきゃならないの? そんなのやだな」

「だって俺、紅が死んだ後、生きて行くなんて耐えられそうにないんだ。だから、俺より長生きして」

 私だって、青が死んでしまった後、一人で生きて行くなんて耐えられないよ。だけど、青が酷く真剣だったので、私は頷いた。

「ねぇ、ところで私はまだ部屋に上がっちゃ駄目なのかな?」

 玄関で抱き締められて、そのまま青の腕の中で話していたのだ。未だ靴もコートも脱いでいない。

「そうだった。ごめん、つい」

 照れ臭そうに、だが、名残惜しそうに体を放してそう言った。

 靴を脱いで中に入ると、すでに中にいた青の姿を見て顕著した。

 青は、胡坐をかいて座っており、そこに座るように手を広げて待ち構えていた。

 いや、勿論イヤとかじゃないんですよ。でも、何て言うか、このシチュエーションがあまりに甘ったるすぎて、照れ臭いことこの上なしなのです。にも拘らず明らかに高揚している自分がいるわけでして。

「恥かしいっ」

「恥かしくないよ。ほら、おいで」

 首を少し傾げてこちらを見上げる青は、愛犬まゆを彷彿とさせるものがあり、その愛らしさには恥かしさも一歩及ばず、結局私は大人しくそこに身を沈めることとなったのだ。

「ドキドキするよっ。青といるとドキドキする。どうしてくれんのよ。心臓止まったら」

「止まらないように何としても頑張って。紅の心臓が止まったら俺、悲しくて泣いちゃうよ」

 何だそりゃ。青の理屈はたまに意味不明な時がある。

「何よそれっ」

「だって、俺も一緒なんだ。俺だって紅の隣りにいるだけで心臓がヤバいよ。俺も本当に息の根止められるんじゃないかって思う時あるんだ。でも、紅と離れるのはイヤだし、俺が死んだら紅が悲しむのもイヤなんだ。何としても俺は心臓が止まらないように気合いで頑張る。正直、自分の心臓守るだけで一杯一杯なんだ。だから、紅も自分の心臓止まらないように頑張って、俺の為に」

 青も一杯一杯なんだ。自分の心臓は自分で守れってか。

 じゃあ、頑張ろうじゃないの。青の隣りにいてもやられる事のないほど、丈夫な心臓にしてやろうじゃないの。


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