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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
44/104

第44話

「だから俺は……」

 言葉が詰まって出て来なかった言葉。

 ……両親を許せない。

 そう続けたいのかもしれない。だけど、きっとブルーは両親のこともお兄さんのことも本当は好きなんじゃないかと思う。本当は普通の家族のように温かい温もりを感じたかったんじゃないだろうか。

「今、お兄さんは?」

 ブルーは首を横に振った。

 依然姿を消したままのお兄さん。体が治ってもまだ息子に刺されて心に傷を負い、それを封印しようとするお母さん。全ては自分のせいだと感じながらもなんとか家族を元に戻そうともがくお父さん。家族のだれにも愛されていないと感じ続けるブルー。家族がバラバラになってしまっている。

「ブルーの一番の望みはなに?」

「こんな事言ったら笑われるかもしれない。でも、誰かに愛されたい」

 愛を感じたことがないブルーの願い。

 ブルー、誰かに愛されていないと思っているブルー。それは、間違いなんだよ。お父さんはブルーを愛していたし、お母さんはただショックが消えないだけなんだよ。正直、お兄さんのことは何も言えないけど。

それに何より、私がブルーを愛しているよ。私はブルーを抱き締めた。

「私が……。私があげるよ、愛を。ブルーのこと私が全力で愛すよ。ブルー、好きよ」

 弾かれたように腕を払われた。

「同情ならいらない。同情されたくて、紅にこんな話しをしたんじゃない。それに、紅にはマスターがいるだろう」

「同情なんかじゃない。ほらっ」

 ブルーの手を強引に私の胸に押し当てた。私の鼓動は高鳴っている。

「私、ブルーといてこんなにドキドキしてるんだよ。同情してこんな事言うだけなら、こんなにドキドキなんてしたりしない。私……マスターとは付き合ってないの」

「なっ……」

「マスターとは付き合ってないの。それ、嘘だったの。本当だよ」

 ブルーが探るように私の瞳を見つめている。

「私は、ブルーが好き……。大好きっ」

 届いてっ。私の精一杯の想いっ。お願いっ。

 感情が溢れ出すように涙が零れ落ちる。

 こんなにも私はブルーが大好きだった。

 言葉にして更にこの想いが確かなものであることを思い知らされる。疑問なんか抱く余地もないほどの想いだった。

 簡単すぎる自分の気持ちに気付かず、ブルーを傷つけていた。

「ブルー、一杯一杯傷つけてごめんねっ。待たせてごめんねっ。気付けなくてごめんっ。馬鹿でごめんっ。鈍感でごめんっ……」

 大好きでごめん……。

 その言葉はブルーの唇に呑みこまれた。

 涙の味がするキスは……、

「俺も紅が好きだ」

 私達のファーストキス。

 気持ちが通じ合って初めてのファーストキス。

 これまで散々キスをして来たけれど、このキスは特別なキス。

「大好きっ、ブルー」

 少し照れるけど、自分の気持ちを素直に、打ち開けることが出来たことが嬉しかった。

「紅。名前で呼んでくれないかな」

「あっ、あ青……?」

 満足そうにブルーが微笑む。

「青。青っ、青……」

 ブルーが喜んでくれているのが嬉しくて、馬鹿みたいに何度も何度もその名を呼んだ。

 くすぐったそうに微笑むブルーがとても可愛かった。

「紅が傍にいてくれるなら、俺もう何もいらないよ」

 嬉しいけど、だけど、そんな寂しいこと言わないで。

 ブルーにはちゃんと私以外にも愛してくれている人たちがいる。いつかそれを私が教えてあげられたらいい。今はまだ私が何を言っても解っては、受け入れては貰えないと思うから。

 私はブルーの唇にキスを捧げた。私にとっての誓いのキス。

 私は、あなたを愛しています……。

 伝わればいい、私の想い。


 まゆは幸せな二人の邪魔をしないように寝たふりをしていた。時々、ぴくりと耳が動くのを視界の隅で捉えていた。

「そろそろ帰ろうか。寒くなって来たし」

 ブルーが優しく声をかけてくれる。

 今日は天気予報士が小春日和になるだろうと言っていた通り、いいお天気ではあったが、流石に夕刻近くになって来ると寒さが増してくる。

 その声を聞いていたのか、まゆが勢いよく立ち上がり、さぁ行こうと急かした。

 昼寝をしたことで再び元気を取り戻したまゆは、飛び上がって私達の廻りを駆け回っていた。

「紅。一つ聞いていい?」

 二人並んで公園内を歩いていると、そうブルーが言ったので私は頷いた。

「どうしてマスターと付き合ってるって嘘を吐いたの?」

「ブルー……青に気持ちが流されてしまいそうで怖かったから。ずっと解らなかった。自分の気持ちが。マスターを好きだって思っているのに、青に惹かれている自分を否定する事は出来なくなっていた。マスターに好きだって言われた時、嬉しいって思う気持ちよりも、驚きとどうしようって気持ちの方が強かった。マスターのこと考えなきゃいけないのに、青のことばかりが気になって仕方なかった。このことを知ったら青がどんな顔をするんだろうとか、どんな気持ちになるんだろうとか、そんなことばかり考えてた。こんな気持ちのままマスターと付き合う事なんて出来ない。だから、マスターにもありのままの自分の今の気持ちを伝えた。富ちゃんが暴走して皆の前で言っちゃった後にその話をしたの。付き合ってることにしておいてってお願いしたのは私。青の気持ちに流されずに自分の気持ちを見つめる時間が欲しかった。青には、苦しかったよね? ごめんね」

「うん。正直、すごく辛かったよ。もう何もかもどうでもいいって思った。こんなに苦しいのに傍にいる紅を見るのは辛くて仕方なかったよ。だけど、その後に訪れた幸せがあまりにも大きいものだったから、辛かったこと全部、もう忘れちゃったよ。紅が辛かった分以上の幸せをくれたから、もう、謝らなくていいんだよ」

 繋がれた手から青の温もりが伝わってくる。

 隣を歩く青を見上げると、今までのどれよりも優しげな笑顔がそこにあった。

 私の目が変化した為に起こった現象か、それとも、青の笑顔が単純に変化したのか。

 なんて考えたりしたけど、そんなものはもうどちらでも良くて、ただこうやって微笑み合っているだけなのに、満ち足りた幸せな気分になれることが私には一番大きかった。

 あるT字路に差し掛かったところ。

「私、まゆを実家に置いて来るね」

 まっすぐに行けば私の実家。右に曲がれば私達のアパート。

「ん? 一緒に行くよ」

「でも……悪いから先に帰ってて」

「別に紅の実家に上がり込んだりしないよ。確かマンションだったよね。下で待ってるから。紅を一人にするのは心配だし、それに第一、俺が紅と離れたくない」

 さらりとそんな甘い言葉を言ってのける青。

 そんな何気ない一言に、やられた私は頬を赤らめずにはいられない。

「もうっ、恥かしいからそういうことは言わないでっ」

 人通りの多い歩道で、恐らく聞き耳を立てていた人もいたであろう。

「あれ? もしかして照れてんの? 可愛い。好きだよ、紅」

 明らかにわざとだ。

 周囲に聞かせるように、そして、私の反応を楽しむように青はこともなげに愛の言葉をささやく。

 こういうところ、以前と全然変わってない。

「今の絶対わざとでしょ?」

「まさか。本当のことを言っただけだけど?」

 我関せずといったその態度。

「あっそぉ。もういいよ。まゆ、二人で行こうねぇ」

 わざとらしくまゆに優しく声をかける。

「嘘だって、紅っ。いや、嘘じゃないんだけど、からかい過ぎた。ごめんっ」

 まゆは、そっぽを向いて拗ねた顔の私とご機嫌取りの青の顔を不思議そうに見比べ首を傾げていた。

「ぷはっ。もう、嘘だよ」

 青の眉毛が下がって困った顔を想像して、つい吹き出してしまった。

 振り返ればやはり想像通りの青の顔があって、私は笑いを止めることが出来ない。

「このっ」

 大きな手で私の頭をくしゃくしゃにする青。

「行こうか」

 青の言葉にこくりと頭を動かす。

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