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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
42/104

第42話

「おっ、この兄ちゃん達。キスしそうだぞっ」

「おおっ、本当だっ! やれやれっ」

「チュー! チュー!! チュー!!!」

 ハッと弾かれたようにその声の出元を探れば、小学生くらいのガキンチョ三人が私たちを見て、囃し立てていた。

「あんた達っ、何見てんのよっ。見せもんじゃないっ」

 真っ赤になって怒鳴りつければ、ワッとその場から逃げ出した。

 私も逃してなるものかと、ガキンチョどもを追って走り出した。

「待ちなさいっ。あんたら、大人をからかうんじゃないのっ」

 この恥かしさったら、一人ずつゲンコツの一つでも食らわせてやらなきゃ気が済みそうにない。

 ぎゃはは、と笑いながら散り散りになって逃げていくガキンチョども。捕まりそうで中々捕まえられない。

「待てっ、コラーっ」

 必死で追いかける私に、ちょこまかと小賢しいガキンチョども。

 気付けばあたしの横を楽しそうに走っているまゆの姿。

 その表情には、『鬼ごっこなの? ねぇ、鬼ごっこなの? 私が鬼なの?』といったような、嬉々とした色が見えていた。そのブサ可愛い表情につい脱力して足を止めた。

「あんたらちょっと待ちなさいってば」

 足は止めても、声は止めない。声だけでは、ガキンチョどもを捉えることは出来ないのは解っているが、負け惜しみの一声。

「へっへ~ん。待てって言われて待つ馬鹿いるわけねぇじゃんっ」

「そうだっ、そうだっ。そもそもこんなとこでチューなんかしようとしてるほうが悪いんだっ。悔しかったらここまで来てみなっ」

 正直、自分でも大人気ないとは思うけど、かなりムカつくっ。

 だが、私にはガキンチョどもを追うだけの体力が残されてはいなかった。こんな事なら、テニススクールにでも通って体力の一つもつけておけば良かった。自分の体力のなさが情けなくて仕方ない。

 笑いながら去っていくガキンチョどもを、悔しい思いで見つめながら見送った。

「紅」

 気付けば、ブルーが私の目の前に手を差し伸べてくれていた。

「悔しいっ、あんなガキンチョどもに負けるなんてっ」

「ごめん。俺が、こんな公衆の面前であんなことしようとしたから。反省してる」

 恥ずかしくてブルーの顔を見ることが出来なかった。さっきのキス未遂の恥ずかしさと、大人気ない自分の行いへの羞恥。ブルーの顔から目を逸らしたまま手を取った。

 すると背後からまゆが突然私の背中に突っ込んで来て、私は前のめりで倒れて行った。前にいたのは勿論ブルーだったのだが、あまりのまゆの勢いに私のことも自分の体も支え切れずに、二人重なりながら倒れこんだ。

「いったぁ」

 顔を上げるとほんの数センチの至近距離にブルーの端正な顔があって、私はというと、ブルーに被さるように乗っているような状態に陥っていた。

「この状態は、俺としては嬉しいところなんだけど、場所が場所だからね。取り敢えず降りて貰ってもいいかな?」

 恥ずかしそうに、でも、満更イヤそうでもなくブルーが言った。

「やっ、あのっ、ごめんっ」

 飛びのいて慌ててそう言った。

「頭、打たなかった?」

 私が飛びのいた後、ゆっくりと立ち上がるブルーに声をかけた。

「うん。大丈夫。どこもそんなに強く打ってないし、下が芝生だったからね。打ったとしても大した事にはならないと思うよ」

 さっきまで舗装された道を歩いていたのだが、ガキンチョを夢中で追いかけて、いつの間に芝生の広場まで来ていた。それゆえ、まゆには遊びだと思ったようなのだ。

 ゆっくり起き上がり、服に付いた芝生の葉を払い落とすブルーを、申し訳なく隣で芝生にぺたんと座りながら見ていた。

「まゆっ。コラーっ」

 芝生を今も尚走り回っているまゆを怒鳴りつけたが、まゆにはそれすらも遊びの一環と考えているのか、より一層楽しそうに走っている。

 ちゃんと普段から散歩させてるんだろうかと疑いたくなるようなまゆのはしゃぎっぷりに私は呆れた視線を投げかけた。

 最近忙しかったと母が言っていたから、本当にまゆにとっては久しぶりの散歩だったのではないか。

「ボールでもあれば良かったんだけどね」

 そんなまゆを見て、ブルーが呟く。

 気を悪くした様子もなく、ブルーは興奮気味のまゆを愉快そうに見て言った。

「ボールなら持って来てるよ」

 ブルーの前にボールを差し出す。

「凄いね……」

 ブルーに差し出したまゆお気に入りのボールはまさに凄いと言いたくなるほど、まゆの齧った歯形でボロッボロだった。だが、これ以外のボールを投げても、まゆは一切見向きもしないのだ。同じ種類のボールでも、何らかのこだわりがまゆの中にあるのか駄目なのだ。なので仕方なくこのボロボロを使っている。

「うん。確かに凄いね。でも、それじゃないとイヤがるんだよね。他のじゃ、見向きもしない」

 そうなんだ、と苦笑を浮かべボールを一瞥した後、

「まゆっ。ボール投げるぞぉ」

 と、右手を上げてまゆにボールを見せて言った。

 まゆがそれを見て、目を輝かせてブルーの元へ猛突進して来る。

「よしっ。取っておいで」

 ブルーがボールを投げると、まゆは一目散に駆け出して行った。

 その姿をブルーは笑顔で見送っている。その横顔が眩しくて私は目を細めた。その笑顔を私に、私だけに見せて欲しいと思った。まるでその想いが通じたかのようにその笑顔を私に向ける。

「まゆは可愛いね」

 確かにまゆは可愛いけど……、私の胸にもやもやとしたものが。これじゃ、まゆにやきもち妬いてるみたい。

「紅はもっと可愛いけどね」

 私の考えをよんでいるようなブルーの言動に驚き、見上げる。

 ブルーはまゆを見ていた。私もまゆに視線を移す。

「なんかこういうのいいな。公園で好きな子と一緒に愛犬とのんびり散歩。どこかのテーマパークとかにデートに行くよりもこっちのほうが俺は楽しい」

 私だって楽しいんだよ、ブルー。私だって好きなんだよ。

 気付けばブルーの手を無意識のうちに握っていた。

「どうした?」

 驚いて私を見つめるブルー。その驚いた顔に私も驚いて、慌てて手を引っ込めた。

「ごめんっ。何でもないっ」

 自分の突拍子もない行動に一々ドキドキしてしまって、まともな受け答えも出来ない。引っ込めた手をブルーが取った。

「今だけ……いいかな?」

 ブルーは私の背後にきっとマスターを見ている。私に微笑む表情が心なしか翳って見える。

 ブルーの手に引っ張られて立ち上がった私は、まゆを見た。こちらに向かって走って来ている。その表情はとても誇らしげで、褒めて貰えるのを心待ちにしているようだ。

「よしっ、上手だな。まゆ。偉い偉い」

 ブルーがまゆの頭を撫でながら大袈裟に褒める。ブルーの前にボールを銜えたままのまゆがしっぽを振り回して嬉しそうにお座りしている。

 満足げなまゆはボールをブルーの前に落とし、もう一度投げてと催促している。

 ブルーがボールを投げてやるとまゆは再び走り出した。

「あれずっとやり続けるよ、まゆが飽きるまで。まゆはボール遊びが大好きだから」

 たまに私は催促されすぎて、翌日肩が痛くなるときがある。まあ、所謂筋肉痛というものなわけだけど、そうなるまでとことん投げさせられるわけだ。まゆとしてはボール遊びが好きというよりも、褒めて貰えるのが嬉しくて仕方がないようだ。

 そして今日は、ブルーが、まゆが飽きるまでボールを投げ続ける羽目となった。一球一球投げるごとにまゆの涎で濡れていくボール。ブルーは、それをイヤな顔一つ見せずに投げていた。


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