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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第40話

「ねぇ、ブルーの大学ってもう文化祭終わってるの?」

 私の思考の中では自然の流れの中で出て来た問いかけであったわけなのだが、ブルーにとっては突然のことで、少々驚いているようだった。

「もう終わってるよ」

「そっか、残念」

 学園祭が終わってしまったんなら、一度潜入してみようかな。

 学校によっては図書館や学食を一般に開放している所もあるし、一般向けの生涯学習プログラムなども催されているので、学内に入ることは案外容易に出来るように思われる。

「そろそろ戻ろう」

 ブルーに、思考を中断される。

 もしや私の企みを予期しての言動かとも思ったが、時計に目を向ければ、なるほどもう店の方に戻るべき時間となっていた。

 私達が戻ると、相変わらずあの三人が飽きもせず私との事をマスターに聞きだそうとしていた。

「もうっ、マスターケチっ」

 ナルは欲しい情報がまるで手に入らないのか、脹れていた。

 マスターはこういう面倒な対応に異様に長けている。ローラーブレードでポールをジグザグに避けるようにひょいひょいと質問を避けて行く。見ている方は素晴らしい話術だと感心させられるが、ナルの立場から見れば、鬱陶しくって仕方ないだろう。


 何だかんだと、マスターがその後も私をフォローしてくれ、何とかその日を終わらせることが出来た。

 バイトが終わると、相変わらずクール男のままのブルーと肩を並べて帰る。

 私が話しかければ言葉少なながらにも、辛うじて返してはくれている。今はそれでもいいと、思うように心掛けている。

 ブルーに笑って貰うように試行錯誤するあまり、ブルーを知る、自分の気持ちを見つめるという第一目的を忘れかけていた。まず一番に私がしなきゃならないことは、自分の気持ちを理解することだったのだ。

 そう感じたことで、本来の目的を見据えられたことで、ブルーがだんまりを決め込んでいてもさほど気にならなくなった。自分にはやることがあると感じたことで、ブルーの態度ばかりに気を取られていられないと感じたからだ。

「ブルー、日曜日忘れないでよ。10時だからねっ。おやすみっ」

 別れ際、そう言って手を振る。笑ってくれなくても声をかければ返してくれる。手を振れば、右手を少し上げて意思表示してくれる。つい右手を上げてしまったことに、照れ臭そうに引っ込めてしまうブルーがいる。

 以前のブルーがいなくなってしまったわけじゃない。ただ、隠してしまっているだけ。恐らく、ブルーには、それが私の為になることなのだと信じてそうしているのだと思う。私の為にしてくれていること。

 私がマスターと幸せになる為に。

 ブルーが辛いからというのもあるだろう。だけど、ブルーのことだ、私のことを最優先してくれているような気がする。だって、いつもブルーは最後には必ず私のことを気遣ってくれる。どんな時も。


 そして、日曜日。

 ブルーの部屋の前にいた。

 チャイムを鳴らしたが、出てくる気配はない。

 こんな事は慣れっこだ。

 ドアノブに手をかけ、ドアを開けた。まだ、ブルーは寝ているようだ。

「よしっ。行っておいでっ」

 そう言って、玄関に立ったまま、様子を暫く窺った。

「んんっ」

 と、迷惑そうに唸って寝返りを打つブルー。

「ちょっ、止めろって舐めんなって、くすぐったいよ、紅っ」

 ちょちょちょちょっとぉ、私がいつ舐めたっていうのよっ。

「んんっ、紅……」

 そんなに何度も私の名前を呼ばないでよっ。

 心の中で、悪態を吐くが、頬の熱は上がり調子だ。

 私は靴を脱ぎ、部屋の中に上がった。

 丁度私がブルーの傍に来た時、ブルーがやっと目を覚まし、自分の目の前の物体に驚き、跳ね起きた。

「ブルー。おはよっ。まゆこっちおいでっ」

 うちの愛犬まゆは、私の呼びかけに尻尾を振りまわして嬉しそうに寄って来た。

「紹介します。うちの愛犬、まゆちゃんです。一緒に散歩しようって約束したでしょ?」

 寝癖頭のブルーは未だ事実を把握し切れていないのか、呆然とした顔で私とまゆを交互に見ていた。

「まゆ。ブルーにご挨拶しておいでっ」

 まゆは私が手を放すと、ブルーのお腹に勢い良くダイブし、ブルーの顔中を舐めまわし始めた。

 まゆのダイブで倒れ込んだブルーは、顔中を舐められ、抵抗しようと暴れていた。

「ちょっ、待てって、まゆ。解った。解ったから」

 最初は戸惑っていたブルーから、徐々に笑い声が漏れ始めていた。

「ははっ、待て。まゆっ。そこは駄目だってっ。ちょっと、そこ駄目っ。ひっ、はは」

 笑いながらまゆとじゃれ合うブルーを私は嬉しく思いながら見ていた。私が直接笑わせたわけではない。私に笑ってくれたわけでもない。それでも、ブルーが笑ってくれた。その事実が、嬉しくてたまらなかった。

「ちょっ、紅。止めさせて、お願いだからっ」

 慌てるブルーが可愛くて、本当ならもっともっと見ていたかった。

「まゆ。それぐらいにしてあげて」

 私の言葉にまゆはぴくっと耳をこちらに向け、私の元に駆け寄った。

「よしよしっ。上手にご挨拶で来たねっ。そんなにブルーが大好きだったの?」

 私の正面に座り、褒めてっと訴えるように潤んだ瞳で見つめてくるまゆ。まゆのシンボルマークである眉のような毛が、やっぱり不細工で可愛くて思わず笑みがこぼれる。

「やっぱり予想通りまゆはブルーが好きみたいだね。いつも、ここまで激しいスキンシップしないんだよっ。まゆがいくらイケメンが好きでもねっ。ブルーが相当好みのタイプだったみたい。ねっ?」

 まゆの毛を優しく撫でながら話していたのだが、最後の所で顔を上げ、ブルーを見れば、ブルーが微笑みを浮かべ、嬉しそうに私を見ていた。

 確かにブルーが先程笑っていたのは事実だが、まゆがブルーを解放したのだから、無表情に戻っている筈だと思っていた。だから、まさか笑ってくれるなんて夢にも思っていなかった。

「ブルー。笑ってくれたっ。笑ってくれた……」

 嬉しくてついブルーに抱き付いてしまっていた。

 その笑顔は私の驚いた顔を見て、すぐに消えてしまったけど、確かな一歩だと思った。

 ただ、私の中で大きな変化が起きていた。ブルーの胸にいる私の鼓動がおかしいくらいに激しいのだ。ブルーの鼓動が激しいのと同じように私の心臓はバクバクと激しく打っていた。

 それは、ブルーの笑顔を見た途端から始まり、治まることを知らないようだった。壊れてしまうんじゃないかと感じ、自分の心臓に手を押し当てた。恐ろしいほどに大きく感じられる。体全体が心臓になってしまったかのようだ。

 初めての感覚。

 初めての動揺。

 初めての……恋。

 不思議に思っていた。何でこんなにブルーが気になって仕方なかったのか。どうしてブルーの笑顔が見たかったのか。どうして自分を見てくれないブルーに胸が痛んだのか。

 それは、こんなにも簡単な答えだった。

 初めて知り得た。

 これが本物の恋。

 私が今までそうだと思っていたものは、恋でも何でもなかった。

 マスターへの想いは到底恋とは呼べない。それこそ、恋の赤ちゃんの方だったんだ。いや、寧ろ恋ですらなく、憧れだったのかもしれない。そして、無意識に父親を重ねていた。そう考えてみると、私が年上の人に惹かれるのは、父親を重ねているからなのかもしれない。

 私の鼓動は止むことがなく、いつまでたっても落ち着いてくれない。どんどん速度を上げて、そのうち爆発してしまうんじゃないかと怖くなる。

 ブルーはこんな想いを私に向けてくれていたのだろうか。それなのに、私ときたらこんな簡単なことにちっとも気付けずに、ずっとブルーを傷つけていたんだ。

 どうしよう、私……こんなにもブルーが好きだ……。


明けましておめでとうございます。昨年中は、皆様読んで頂き有難うございました。今年も頑張って行こうと思いますので、何卒よろしくお願いします。

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