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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
38/104

第38話

「目を合わせたくもないほど……。そんなに私が嫌いになった?」

 口を動かせば、ブルーの唇に触れてしまいそうなほど間近で、ブルーの瞳が怒ったように光ったのが見えた。

 ブルーの腕で簡単に体を引き剥がされてしまった。

 私の言葉に対する返答をするつもりはないようだったが、漸く私の目を見てくれた。

「やっとこっち見てくれた。ここにいたいの。いてもいい?」

 そう言った途端に視線を逸らされてしまった。

「勝手にすれば」

 投げやりな返答。冷たい声。

「勝手にするさっ」

 ブルーに倣って夜空を見上げた。

 2階から見る夜空は、普段歩きながら見ている夜空より近くに感じる。たちまち夜空の星達に魅入られる。

 数少ない星達。

 それでもこんなにも愛おしく思えることが不思議で仕方ない。

 寒さなどちっともきにならない。いつまででもそうしていたかった。

「何も……、何も聞かないんだ?」

 私同様星を見上げながら、まるで独り言のように呟いた。気を抜いていたら聞き逃してしまいそうな、そんな調子だった。私が聞き逃す事を少なからず望んでいたんではないだろうか。

「聞きたいよ。本当はね、すっごく聞きたい」

「あの人からは何も聞かなかった?」

 あの人……。その呼び方から二人の何らかの確執が窺える。

「うん、聞かなかった。聞くなら、ブルーのお父さんじゃなくて、ブルーから直接聞きたいと思ったから」

 ブルーはパッと立ち上がると、私を部屋の中に戻るように促すと窓を閉めた。

 台所から飲み物とグラスを2つ持って来て、テーブルの上にことんと置いた。

 ブルーはそれぞれのグラスにお茶を注ぐと、自分のグラスを傾け、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲んだ。

「今は、まだ。話せそうにもない」

 下を向いたまま、ブルーはぽろりと言葉を落とすように言った。

「うん。ブルーが話したくなったら、いつでも聞くよ」

 ブルーはこくりと頷いた。

「板尾さん、ありがとう。でも、俺は大丈夫だから、もう帰った方がいい。送って行くから」

 聞き間違いだろうか?

 今、ブルーが私を板尾さんと呼んだような気がする。ブルーがいまだかつて私を板尾さんなどと他人行儀な呼び方をしたことがあっただろうか、いや、まずない。ブルーは私を出会った当初から紅と呼んでいた筈だ。

「今、なんて?」

 嘘でしょ?

「送って行く」

「その前」

 私の聞き間違いだよね?

「もう、帰った方がいい」

「もっと前」

 解ってて、トボケたこと言ってるのかもしれない。だって、こんな無意味な返答はないもの。

「俺は大丈夫だから」

「もっともっと前っ」

 少しずつ苛立ちが募って来る。

「板尾さん」

 私は怒りにまかせてテーブルをドンっと叩き付けた。

「どういうつもり?」

「どういうつもりもないよ」

「今まで板尾さんなんて呼んだことないじゃない。何で? マスターが私に好きって言ったから? だから、私にはもう付き纏わないって? 私の気持ちはどうなるの? 考えてないでしょっ」

 こんな夜中にこんな大声を上げたら、隣近所から苦情が来るかもしれない。だけど、興奮して声を押さえることが出来なかった。

 悔しかった。

 何が悔しいのかも判然としないが、とにかく悔しさが込み上げて来た。

 少なからず、私はブルーのことを友達以上の存在だと思って来た。それは、私の錯覚だったんだろうか。マスターが私を好きだと言ったからって、消えてしまうような関係だったんだろうか。

「なら、紅に俺の気持ちが解るのか? 本当に、心の底から好きだと思えた人が他の男の物になっちゃったんだぞ。この気持ちを何処に向ければいい? 今までのようにキスも出来ない。抱き締めることも出来ない。傍にいれば、自分の感情のままに紅をめちゃめちゃにしてしまいそうで怖いんだ。触れたくて仕方ないっ。マスターのものだと解っていても、欲しくて欲しくて仕方ないっ。だから、紅に近付かないようにした。そうじゃないと俺は……」

 ブルーが抱えていた想い。箍が外れたように流れ出した。

 私は残酷なのかもしれない。ブルーにとっては、私という存在が苦しめる要因にしかならない。

 それでも……、

「ブルーがどんなに私に冷たくしたって、私はブルーを知ることを止めたりしないよ。だって約束したでしょ?」

 ブルーのことを知って、ちゃんと自分の気持ちを見つめて、それから返事をする。それが約束だった。

 ブルーを傷つけても知らなきゃならない気持ちなのか……。

 そうも思ったが、心のどこかから、知りなさい、知らなければ駄目だ、見つめなさい、解りなさい、そんな警告のようなものが鳴り響いていた。

「俺のことをこれ以上知る必要はないだろう? もう、答えは出てるんだから。紅は、マスターを選んだんだ」

 何を言われようが、止めるつもりはなかった。止めれないだろうと思った。知るまでは。

 ブルーの冷たい瞳を私は意志の固い瞳で見つめ返した。

「解らないの? 俺が近くにいたら紅に何するか解らないんだぞっ」

「したきゃすればいいじゃないっ」

 驚いたように目を見開いて私を見つめる。私の瞳から真意を探ろうとしているようだった。

「何言ってるか解ってる?」

「充分承知しています。今度の日曜日、空けておいて。10時にここに迎えに来るからっ」

 ブルーの言われたことがよく理解出来ないという戸惑いの顔を申し訳なく思いながら、少し前の私を見ているようで複雑な気分だった。

 こんな強引なやり方は、正直私の趣味じゃないけれど、どうすれば前みたいなブルーを引き出すことが出来るか、そう考えたら多少強引でも仕方のないことだとも思った。

「それじゃ、私帰るから。おやすみっ」

「ちょっ、紅。危ないからっ」

 こんな所、本当に優しい。冷たくないくせに、冷たい振りして、最後まで冷たくなりきれないブルー。

 どんなに突っぱねてもブルーは、最後には私に優しさを見せてくれる。

「平気。走って帰ればすぐだから」

 笑顔で手を振って部屋を後にした。


 階段を駆け下り、走ってアパートに駆け込んだ。

 部屋に着くとバッグをどさりと降ろして、ぺたんとその場に座り込んだ。

 徐々に頭が冷えて、冷静さが戻って来るとあの強引さが、果たして正しかったのか、自信が持てなくなってくる。

 私は間違っているんだろうか? こんなやり方で良かったんだろうか? あんなに苦しんでいるブルーに、私と離れたがっていたブルーに、無理矢理踏み込むような真似をして本当に良かったんだろうか。

ブルーの前では、それが正しいことだと思っていた。でも、あの時の私に冷静さというものがあったとは言い難い。

 板尾さんと呼ばれたことに憤りを感じ、突っ走ってしまった感が否めない。

 ブルーが自分の今の感情を語った時のあの表情が頭にこびりついて離れない。

 ブルーは私がマスターと付き合っていると思っている。マスターと付き合っていないことを言うべきなのかもしれない。そうすれば、ブルーの苦しみは少なからず軽くなるはずだ。だが、それでは以前の私に、流されるだけの私に戻ってしまう。きっと、それじゃいつまでたっても自分の気持ちを見つめることは出来ない。

 自分の気持ちをより速やかに見つめる為には、やはりマスターとのことは伏せておくほかないような気がする。

 それでも、やっぱりあの表情をいつまでも見ているなんて耐えられそうにもない。

 自分の為にも、ブルーの為にも、早く自分の気持ちを知るべきなのだ。


こんにちは。いつも読んで頂き、有難うございます。

年末年始のお知らせです。29日~来年1月4日までお休みします。

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