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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
37/104

第37話

 店を背にして歩き始めてすぐに、何者かに手を掴まれた。

 もしかして、変質者?

 恐る恐る振り向くとそこにはブルーがいた。

「どうして?」

 どうしてここにブルーが……。

「夜道は危ないから」

 相変わらずの無表情のままでブルーがそう言った。

「待ってたの?」

 それには答えず腕を放し、歩き始めた。

 どんなにクール男のままのブルーだとしても、変わらない優しさを持っている。

 結局、心配で待っててくれてたんじゃんっ。可愛い奴め。絶対ブルーを以前のように笑わせたい。

 むくむくとそんな想いが湧きあがってくるようだった。

「ちょっと待ってよ」

 すたすたと歩いて行ってしまうブルーに声をかけた。

 すたすたと歩いているようで、その実何だかんだ私のことを待っていてくれているのは知ってんだから。そんな無表情の仮面、私には通用しないっ。見てなさいよ。頑固にその仮面いつまでも被ってるつもりなら、この私がその仮面剥ぎ取ってやるんだからっ。

 みなぎる野望のようなものをふつふつと感じた。

 ブルーの隣まで行くと、歩調を合わせて歩き出した。ブルーの視線に気付いて見上げ、視線を逸らされる前ににかっと笑って見せた。

 それが、私の宣戦布告だった。

 ブルーを知ることへの、仮面を取ることへの……。

 一抜けたなんて私が許さないんだから、逃げられないんだから覚悟しなって意味も込めて。

 ブルーは私のその笑みの意味をどう捉えるべきか解らず戸惑いながら、不自然に目を逸らした。

 自分がどうすべきか決めた今、どんなにブルーが沈黙を守ろうと、気まずさを感じることはなかった。

「青。青っ」

 見知らぬ低い太い声がブルーを呼んだ。

 隣りのブルーがその声に過剰な反応をしたのを見た。例えば万引き犯が店員若しくは万引きGメンに声をかけられた時のように、ぎくりと縮みあがったようなものだった。

「青っ。待ちなさい」

 その声の主は、ブルーの正面に回り込むと、両手を広げて、行く手を塞いだ。

 スーツを着た中年の男性。どことなく雰囲気が店にいる時のブルーに似ている。

「お前、家に帰って来たらどうだ? 母さんもそれを願っている」

「探す相手間違ってんじゃないの? 俺を、俺とも理解していない母さんが俺の帰りを望んでいるわけがない。母さんが今もこれからも望んでるのは兄貴の方だ。俺なんか探している暇があったら、兄貴を探せばいいだろ? 俺のことは放っておいてくれ。俺は、兄貴の代役をさせられるのはごめんだっ」

 見ると、ブルーの拳は硬く握られ、瞳は目の前の男性、恐らくブルーのお父さんだと思われるその人を鋭く睨みつけていた。

 今のブルーには私の存在を認識できるほどの余裕は持っていないだろう。

「……俺は戻らないっ。一生なっ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ブルーはその場を走り去った。私とブルーのお父さんと思われるその男性だけが、その場に残された。

「あの……」

 私の声にブルー父(と思われる男性)は初めてこちらを向いた。

「ブルー……、杉田さんのお父さんですか?」

「ええ。見苦しい所をお見せして申し訳ない。息子がいつもお世話になっています。失礼ですが、あなたは?」

「あ、あのっバイト先の同僚で板尾紅と申します。こちらこそお世話になっています」

 そう言って頭を深々と下げた。

 クスクスと笑い声が頭上から聞こえて、私は顔を上げた。

 私、なんか粗相をしてしまっただろうか?

「元気の良いお嬢さんのようだ。青は、息子は元気にやっているでしょうか? こんな事を聞くのは、正直お恥ずかしいが、あの子は私どもに連絡など寄越さないものでね」

 寂しそうに笑うその表情がブルーのそれに重なる。

「はいっ、そりゃもう元気にやっています。お店ではとても人気がありますし、大学の方は私には解りませんが、恐らく問題ないように思います。……あの、いえ、何でもないですっ」

「青のさっきの態度が気になるかな?」

「はい、凄く気になってしまっているのは事実です。でも、彼が私に何も話さないということは、私には知られたくないということなんだと思うんです。だから、私がここで聞くわけにはいかない。彼が話してくれるのを待つことにします」

 ブルーのお父さんは微笑みを浮かべながら、私を見ていた。

 ブルーのお父さんもまた背が高い。

「青は友人に恵まれているようだ。それとも、青の特別な女の子なのかな?」

 こんな風にからかうような話口調はブルーに似ている。いや、ブルーがお父さんに似ている。

「えっと、あの、いえっ、友達ですからっ」

「そうか、青の片想いなのか」

「いえっ、あの、そういう関係では全然ないのでっ」

 動揺ししどろもどろになる私を可笑しそうにくつくつと笑って見ているブルーのお父さん。

 何十年後かのブルーを見ているようで、なんだかくすぐったい。

「あの子をよろしくお願いします。こんな事を言うのは、あなたには重荷かもしれませんが」

「いえっ、はいっ。頑張りますっ」

 周囲は寝静まっているというのに、大きな声を出してしまい慌てて口を塞いだ。

「また、近々会いに来ようと思います。こちらも諦める気はないのでね」

 ブルーのお父さんはからからと笑うと軽く頭を下げ、そう言い残して立ち去った。

 ブルーのお父さんの姿が見えなくなって、ホッと息を吐いた。

「あ、焦った……」

 ぼそりと呟いた。

 しばしぼんやりとブルーのお父さんとの会話を思い起こしていた。

「ブルー……」

 行かなきゃ。もしかしたら、ううん、確実に嫌がられるに決まっているけど、それでもブルーの傍にいなきゃいけないような気がした。

 自己満足なのかもしれない。偽善なのかもしれない。だが、そうすることが必然であると思えてならなかった。

 ぼんやりとしている場合じゃなかった。

 その場からブルーの部屋から洩れる明かりが目に入る。

 私は一歩を踏み出した。二歩、三歩と足を踏み出すうちに、それは早足になり、仕舞いには、駈け出していた。


 チャイムなんて押さない。ドアは絶対開いているという確信があるから。

 ドアノブに手をかけ回す。やっぱり鍵はかかっていなかった。

 玄関に入り、中を覗くと、ブルーがベランダ(柵があるごく小さなもの)の窓を開け、そこのサッシに腰を掛けて外を見ていた。

「ブルー」

 夜空を見上げるブルーの背中に声をかけた。

「来るなよ。もう、俺の事なんてどうでもいいだろう?」

 こちらを振り返ることもせず、夜空を見たまま感情のこもらない声でそう言った。

 その言葉とは裏腹の感情が奥深くに隠れていることは明白だった。

 私は靴を脱ぎ、部屋に上がった。

「本当にそう思ってるの? 私がブルーのこと、もうどうでもいいと思ってるって、本気でそう思うの?」

 意固地に私に背を向け、感情を表に出そうとしない、どこまでも私を遠ざけようとするブルーに腹が立った。

「一人になりたいんだ。放っておいてよ」

「本当にそう思ってるんなら、私の顔を見て言ってよっ。じゃなきゃ、私は帰らないよ」

 ブルーの隣りに腰をかけ、ブルーの顔を覗き込んだ。

 私の視線と絡まないように、顔を背けるブルー。私がそちらに顔を再び移すと、また反対方向に背ける。

 カチンときた私は、ブルーの頬を両手で包んで強引に正面を向かせた。

 ブルーは正面に顔を向けられても、それでも頑固に視線を逸らして目を合わせようとしなかった。

「ブルー。人と話す時は相手を見て話しなさいって教わらなかった?」

 それでも視線を合わせようとしないブルーのおでこに自分のおでこを押しつけて、間近でブルーの瞳の中を覗き込んだ。

「目を合わせたくもないほど……。そんなに私が嫌いになった?」


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