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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
32/104

第32話

「「私はあんたなんか絶対好きにならない」とは、言わないんだ?」

「べっつにぃ、あんまりそればっかり言ってたらブルーが可哀想だと思ったから、言わないであげてるだけだよ」

 顔を上げてそう言い放つと、舌を出しておどけた顔をした。ブルーはそんな私の舌を絡め取って唇を塞いでしまった。


 その夜、体調が大分良くなったからバイトに出ると言い張るブルーに私は手を煩わせた。

「絶対、駄目だったら。今日一日は寝てないと駄目。解った?」

「大丈夫だよ。紅は心配性だな。もう、熱も下がったし、大分寝たから疲れも充分取れたからさ」

 そう言いながら、着替えようとするブルー。

「駄目ったら駄目なんだから。熱が下がったのは、薬が効いて一時的に下がっているだけなんだよ。だから、今しっかり休んでおかないとすぐぶり返しちゃうんだから。絶対、今日は安静」

 私は腰に手を当て、出来の悪い子供に言い聞かせるようにそう言った。

「そもそも何でそんなにバイトに出たがんのよ? 普段そんな熱心にバイトに行きたがるタイプでもないでしょ?」

 大きな溜息を一つ大袈裟に吐いて見せた。

「それは……、紅をマスターと二人きりにさせたくないからだよ」

 なっ、何言ってんだ、この人は。

「何言っちゃってんのよ。お店にはお客さんだっているんだし、私とマスターが二人きりになるなんてそんなないじゃない。それに、私とマスターが二人きりになったからって何かがあるわけじゃあるまいし。マスターは私のこと好きでもなんとも思っていないんだから。あんたと二人きりだったら何されるか解らないけど、マスターなら大丈夫。あんただって前にマスターが私を好きになる確率は0%に限りなく近いって言ってたじゃないの。何で、急に心配なんかすんのよ?」

 ブルーは昨日、私がマスターと一晩一緒に過ごしたことを気にしているのに違いない。

「心配だってするさ。心から好きになった初めての人なんだ。誰の手にも渡したくない。誰の目にも触れさせたくない。誰の手にも触れさせたくない。檻の中に隠して誰にも見せたくない。そう思って何が悪い」

 ブルーの悲痛なまでの想いに、私はただ呆然とブルーを見つめることしか出来なかった。

「解ってるんだ。紅が俺を好きになってくれることはないってことくらい、さ。本当はイヤってほど解ってるんだ」

 らしくない、と思った。

 ブルーはいつだって強気だった。私が絶対に自分を好きになるって自信満々だった。今日のブルーにはそれがない。

「風邪引いて弱気になった? それとも、薬の副作用だったりして?」

 明るい調子でそう言ったが、ブルーの無言の強い視線に、私も口を閉じざるをえなかった。

「……ごめん。困らせた。紅はもう行って、俺なら大丈夫。ちゃんと休んでるから」

 そう言うと、布団に潜り込んだ。

 そんないつもとは明らかに様子の違うブルーの様子を気にしながら、私はアパートを出た。


「お疲れ様です」

「ああ、ベニ。昨日はなんか悪かったな。情けないとこ見せちまってよ」

 ちょっと照れ臭そうに、苦笑いをしたマスターが言った。

「別に全然構わないよ。たまには、私でも役に立てたかな?」

 お陰ですっきりしたよ、とマスターは言った。

「じゃあ、1回分の肩揉みチャラの方向でお願いします」

「ふっ、ちゃっかりしてんな。まあ、助かったからな。1回分くらいチャラにしてやるよ」

 遅刻魔の私は、遅刻を重ねるごとにマスターの肩揉みという罰を与えられていた。これで1回分はチャラだと思うと安いものだ。なんせ、マスターの肩揉みをすると注文が多くてうるさいのだ。たまに、恨みを込めて強く揉むと、マスターが雄叫びをあげる。内心、ざまあみろと思いながら、ごめん、とわざとしおらしく謝るのだ。

「あ、そうだ。今日もブルー休みますって」

「また会ったのか?」

 眉間に皺を寄せて、マスターがすぐさま問い掛けて来た。

「ん? ううん。心配だったから、ブルーん家様子見に行って来たの。風邪の方はもう大丈夫そうなんだけど……」

 ちょっと様子が変だったんだよなぁ。

「どうした?」

「ううん、何でもない。明日からは出れるんじゃないかな」

 あんなに消極的なブルーを見たことがなかったから、妙に気になった。

 何をそんなに気にすることがあったんだろう。マスターと二人になる事なんて大してないと思うんだけど。ましてや、バイト中に何か起こるなんて考えられないんだけど。ブルーは一体何をそんなに心配だったんだろう。

「さてと、張り切って仕事でもしますかっ」

 気になることはあったが、無理矢理テンションを上げた。解らないことで、いじいじ考えていても埒が明かない。そう思ったからだ。

 その日は、久しぶりに富ちゃんがゆっくりと腰を据えて飲んでいた。

「今日は早く帰らなくて平気なの?」

「うん。うちの彼、今日は出張で地方に行ったんだよね。携帯が繋がんない所らしくて。だから、今日は久しぶりにゆっくり飲もうと思って」

 そうなんだ、と私は頷いた。

「なんかベニちゃん、ブルー君がいないと寂しそうだね。もしかして、好きだったりする?」

「うぇぇぇっ、全然違うよっ。そういうんじゃ全然ない。だけど、殆ど喋らない人だけど、いないとなんかモヤモヤする感じがする。富ちゃんもしない? いつも店にいるから、いるのが当たり前みたいな感じがして、だからいないと店の中にぽっかり穴が開いたような違和感がある」

 ぐるりと店の中を見渡し、ブルーの姿が見えないと何となく落ち着かない。たまに、いてくれるなって心底思う時もあるけど、こんなにも私の中でブルーが、いて当たり前という存在になっていたことに改めて気付かされる。

「ねぇ、ふふっ。私はさ、どっちの応援した方がいいのかな?」

「えっ? どっちって……?」

 富ちゃんが言わんとしていることが私には理解出来なかった。

「もう、何とぼけてんの。私は毎日のようにここに来てるんだから解るわよ。ブルーとマスター。私はどっちを応援すればいいの?」

 えっ、マスター? どうしてここでマスターが出てくるんだろう。

 首を傾げる私を見て、富ちゃんは可笑しそうに笑っていた。

「応援って何? なんか試合でもするの?」

 マスターは、運動不足解消の為、日曜日に草野球をやっている。それの試合が近々あるってことなんだろうか? でも、ブルーは草野球やってないよなぁ。んん? どういうこと?

「ぶぶっ。試合じゃないよ、ベニちゃんって案外鈍いんだね。ちょっとマスター、こっち来てよ」

 富ちゃんは酔い始めているのかもしれない。訳の解らないことを言い始めている。

「なんだよ。煩いぞっ、富」

「ちょっと、この子ちっともマスターの気持ちに気付いてないじゃない。ちゃんと気持ち伝えたんでしょ?」

「煩いっ、放っておけ」

「何? もしかしてまだ伝えてなかったの? 早くしないと超強力なライバルに掻っ攫われちゃうわよ。解ってるんでしょ? あっ、そうだ。せっかくだから、ここで言えばいいじゃないのっ。ねっ?」

 私は洗いたてのグラスを拭きながら二人の会話を不思議な気持ちで見ていた。

 マスターが私に何か伝えようとしていることは解る。

 話の流れからして、告白っ? でも、まさかマスターが私を好きになるわけがない。だから、一体何を言われるのか皆目見当もつかない。

 もしかして、このお店なくなっちゃうとか? まさか、それはないよね。細々だけど、大分お客さんも増えて来てるんだし。

「ああっ、もうじれったい!!! 私が言っちゃうわよっ、いいのね?」

「馬鹿っ。富、やめろ」

「もう、マスターは黙っててっ! ベニちゃん、マスターはね、あなたのことが好きなのよっ」


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