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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
24/104

第24話

 それにしても、私が誰かを看病するなんてこと、初めてかもしれない。勿論、誰かにこうやって食べさせてあげるのだって初めてだ。

 どうでもいいけど、これってなんでこんなに照れるんだろう。ブルーがへろへろで良かった。そうでなければ、どんだけからかわれることになるか解ったもんじゃない。

 ブルーはお粥を時間をかけて何とか食べ終わると、薬を飲んで横になった。

「ねぇ、本当に病院行かなくていいの?」

「病院は嫌い」

 まるで子供みたいな事を言うブルーは、その後、いくら私が病院に行こうと進めても、首を縦に振ることはなかった。

 症状がこれ以上悪くなるようなら、問答無用で連れてってやるんだからっ。

 私は心の中で、そう息巻いた。

 ブルーは薬を飲んだ為か、その後すぐに眠りについた。

 私はブルーが寝ている間に、ブルーの部屋をこっそり観察し始めた。

 女の子が見ないような写真集や雑誌なんかがどこかに隠されてるんじゃないかと思ったのだ。もしくは、ブルーの昔のアルバムとかがあるんじゃないかと。とにかく、ブルーをからかえる材料になりそうなものを私は探し出そうと思ったのだ。

 写真集や雑誌なんかは大抵、テレビや友達の情報等で聞くところによると、ベッドの下や横、机の引き出しの中、本棚の本の後ろに潜ませていたりするものらしいのだけれど、ブルーは布団で寝ているし、机もないので、本棚が一番怪しいと探してはみたが、全然見当たらない。『教育論』とか『教育心理学』とか、私が読んだら、頭痛や吐き気を催しそうな難しそうな本しか置いていなかった。

 試しにその中の一冊を取り出して捲ってみたのだが、私には日本語とは到底思えないような文字が、夥しい数並んでいるだけのように思えた。

「よっ、読めない……」

 細かい字を追っていた為、若干眩暈を起こし、眉間を指で摘みながらぼそりと呟いた。

 その本を閉じようとしたその刹那、一枚の写真がひらりと落ちた。それを摘まみ上げ、見ると、古い少し赤茶けた写真だった。その写真には、奇麗な女の人が写っていた。長い髪を後ろで一つに束ねたほっそりとした優しい笑顔の女の人が学校の校庭らしき場所で、数人の小学生と肩を並べて写っている。その女の人も生徒もとてもいい笑顔をしている。先生と推測されるその女性は生徒達が大好きなようだったし、生徒達もまたその先生が大好きで、信頼している様子が窺える。

 その先生の笑顔を見ただけで、その女性がブルーのお母さんなのだと私には解った。

 ブルーが笑った時の笑顔にそっくりだった。

 どうしてこんなにこっそりと本の間に挟んであるんだろう。誰にも見られたくない大事なものなんだろうか。ならば私もこの写真は見なかったことにしよう。

 私はその写真を本の中に戻すと、その本を本棚に戻した。

 家族の話を聞いた時の、ブルーの苦しそうな表情が脳裏に浮かんだ。

 私は、振り返り、静かな寝息を立て、先ほどよりは幾分和らいだ寝顔を見た。

 もし、私に何か出来ることがあるのならば、してあげたいと思った。純粋に。

 私の、いかがわしい類の本を探してやるという意気込みが一気に萎んでしまった。

 捜索は諦めて壁に背中を押しつけて座り、バッグの中に入っていた文庫本を取り出し、読み始めた。途中何度かブルーの汗を拭いてやりながら。

 ブルーは一度も起きることなく眠り続けた。朝は、寝苦しそうに小さく唸り声を上げて私を心配させたが、その呼吸も次第に穏やかになり、回復の兆しが見え始めたように感じた。呼吸も穏やかになるとあまりに静かなので、もしかして呼吸が止まっているんじゃないかと心配になって何度か確認してしまった。

 ブルーはずっと寝不足だったんだろうか?

 そんなこと一度だって聞いたことはなかったけれど、この異常なまでの眠りっぷり(勿論、薬の作用もあるとは思うが)を見ていると、そんな気がしてならなかった。

 大学とバイトの両立って大変なのかな。

 私も勿論学生だが、私は気楽な短大生だし、うちの短大は課題がとても少ない。恐らく私とブルーでは雲泥の差があるように思われる。

 どんなに大変でもブルーはきっと弱音なんて吐かないんだろう、とそう思った。たまには弱音くらい聞いてあげてもいいのに、とそうも思った。

 私がバイトに行く時間になってもブルーは起きないようなので、わざわざ起こすのもしのびないので、書置きを残しておくことにした。

 書置きには、鍋にお粥を作っておいたので食べるようにということ、食べたら薬をちゃんと飲むようにということ、衣服が汗で濡れているようなら着替えるようにということ、明日様子を見に行くからということが記されていた。

 ブルーを一人残していくのは少し気が引けたが、お店を二人とも休むわけにもいかず、後ろ髪を引かれながらもブルーの部屋を出た。


「おっはようございまっす」

 私がお店に入ると、厨房で料理中のマスターに声をかけた。

「よお、ベニ。今日はきちんと遅刻せずに来たな。雪でも降るんじゃねぇか?」

「降るわけないでしょっ。あんまり遅刻ばっかりじゃ、マスターに減給されちゃうからね。あっ、マスター。今日ね、ブルーが風邪でダウンしちゃったから休むって」

 マスターは一瞬まじまじと私の顔を見た。目は驚いたように見開かれて、そして、その後、少し不機嫌そうに目を細めた。その表情の変化に私は驚いた。

 ブルーが休みだとまずいことでもあるのかな? 今日は沢山人が来る予定だとか……。

 マスターのいつもと違う反応に私は首を傾げた。

「まさか、お前達そういう関係だったのか?」

 ふっと不機嫌な表情が消えたかと思うと、いつものように口の端だけでにやりと笑い、からかうようにそう聞いて来た。

 あれ? いつものマスターに戻った。さっきのは、私の気のせいだったのかな?

「違うに決まってんでしょっ。コンビニ行った時に偶然会ったんだよ」

 マスターのさっきの態度を不審に思いながらそう言った。

 流石に、昨日ブルーと一緒に寝てましたとは言えないので、マスターに対して心苦しくもあったが、やむなく嘘を吐いた。

「なあ、ベニ。お前は幸せになれよ? その相手が誰でも、お前が幸せになるなら俺は反対しないよ。だけど、出来れば……。まあ、とにかく幸せになれよ」

 突然、真面目な調子でそんな事を言うマスターに、私は面食らってしまった。

「なっ何? 急に」

 マスターは薄く笑うと、何となくな、と柄でもないことを言ってしまった恥かしさからか、照れ臭そうにそう言った。

 何で突然そんなこと言い出したんだろう? もしかして、ブルーと私がそういう関係だって完全に疑ってるんじゃないだろうか。

「何か恐ろしい勘違いしてない? 私、ブルーとは付き合ってなんかないからね。でも、うん。幸せになれるようにちゃんとした人、選ぶようにするよ。マスターこそまだ若いんだから、再婚とかしたら?」

 さらりと出て来た自分の言葉に少なからず驚いていた。つい数日前までは、こんな台詞を言うのも自分の感情を抑え込むのに必死だったように思う。

 マスターへの想いが薄れて来た……なんてことないよね。ないないっ。

「そうだなぁ。相手がいれば、考えなくもないな」

 マスターは銜えていた煙草を指で摘まみ上げると、その瞬間、今までしたこともないような真剣な表情を浮かべて私を覗き込んだ。

「ベニが俺の相手になってくれるか?」

 突然のことに言葉を失っている私に、マスターは真剣な表情を崩して少し戸惑った微笑みを向けた。

「嘘だよ。頼むからそんな顔すんな」


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