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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
23/104

第23話

 翌朝、目を覚ました時に一番最初に目に入って来たものは、ブルーの顔面どアップだった。

「……っ」

 声にならない叫びを上げ、飛び起きた。

「おはよう、紅」

「えっ、あれっ? 何で? ここって……」

 寝起きで働かない頭をフル稼働させて、ここまでの経緯を整理し始めた。

「昨日はブルーとデートして、帰ってシャワーを浴びてからブルーん家に行った。チャイムを鳴らしても出てこないから、ドアを開けたら、ブルーが倒れてて、驚いて駆け寄ったら、ただ寝てるだけだったんだよね。ブルーが寒そうにしてたから布団掛けて、帰ろうと思ったんだけど、寝顔を見ていたくて、それで、ここでうつ伏せになって見ていたら何だか眠くなって……そのまま?」

「何で寝顔を見ていたかったの?」

「そりゃだって、ブルーの寝顔って天使みたいで可愛くて奇麗なんだもん……って、えっ?」

 声のする方へ、当り前のこと聞かないでって感じで言ったのだが、そこにブルーのにこやかな笑顔を発見して、私は固まった。

 頭を整理している内に、自分がブルーの部屋にいるということ、そこには当たり前にブルーがいるという事実がすっかり頭から抜け落ちていた。

「可愛かったんだ? 奇麗だったんだ? 見ていたかったんだ?」

 詰め寄られて私はしどろもどろになった。

「いやっ、あのっ、そのっ」

「可愛かったんだ?」

「えっっと、寝顔は……ってことなんだけど」

「俺の寝顔を見た代償ちょうだい」

「えっ? な……」

 ブルーに唇を舐められて私は固まった。

「うん、美味い。心なしか紅の唇は甘い気がする」

 自分の唇をぺろりと舐めてそう言うブルーが何だか艶っぽく見えてしまった。

「ちょちょちょっとぉ、何しでかしてくれてんのよっ。もう、そうやってすぐキスすんのやめっ」

「そうやってすぐに怒るのは、良くないよ紅」

 誰のせいだと思ってんのっ、このすっとこどっこいっ。

 そう怒鳴りつけようと思っていたのに、ブルーに頭を撫でられ、敢え無く敵意喪失。

「何もしてないよねっ?」

 ニコニコ笑顔で私の頭を撫でるブルーに恐る恐る尋ねてみる。

「さあ、どうかなぁ」

 依然、ニコニコ笑顔で私をからかうブルーに、苛立ちを感じ、頭を撫でている手を振り払った。

「もう、すぐ怒るんだから。……してないよ。したかったけど、我慢した。起きたら横に紅が寝てたからびっくりしたのは、俺も同じだよ。まあ、寝顔はたっぶり見させて貰ったけどね」

 我慢したって何よっ。

「ねぇ、今。寝顔はたっぷり見たみたいなこと言ってなかった? 気のせい?」

「さあ、そうだったかな?」

「そうだったかなじゃないでしょっ。そうだったの。さっき寝顔見た代償とかってキスしたでしょ? これじゃ、私のやられ損じゃんかぁ」

 悔しさのあまり私はブルーの頬を抓ってやった。

 あれ? おかしいなぁ。いつもは、私が何か攻撃をしようとするとすぐに避けたり、かわしたりするのにこんなに簡単に抓らせるなんて。それに……、ブルーの顔、恐ろしいほど熱い……。

「ブルー。なんか顔、凄い熱いよ?」

 ブルーをよくよく見てみれば、目が何だかとろんとして、半分閉じているように感じる。それに、さっき唇を舐められた時の舌も、いつもの何倍も熱かった気がする。

 私はずずいとブルーに近づくと、自分のおでこをブルーのおでこに合わせた。

「紅。今日は珍しく積極的だね」

「もう、うっさい。あんたは黙っててっ」

 凄い熱……。

 昨日、寒いのに私に上着なんか貸したりするからっ。きっと、走った後、汗を掻いていないように見えて、実際は掻いていたんだろう。そして、それを洗い流すこともなくそのまま寝てしまったから……。もう、本当馬鹿っ、大馬鹿っ。やわじゃないとか恰好つけて、しっかり熱出してんじゃん。

「ブルー。体温計ある? それから風邪薬。あと、冷えピタ」

「黙ってろって言ったよねぇ」

 拗ねた風にブルーが言う。

「もうっ。余計なことは言うなって意味だよ。これは大事なこと。で、あるの? ないの?」

「ない」

「何にもっ?」

 こくっとブルーが頷く。

 はぁ、と大きく溜息をついた後、出し抜けに立ち上がると、襖を開けて敷布団を敷いた。

「やっぱり今日は積極的だね」

「馬鹿っ。あんた一人で寝んのよ。ブルーのTシャツ、それ、汗で濡れたやつでしょ? だったら、着替えて。着替えたら、さっさと寝る。今日は、大学もお店も休みだからね。あんまり酷いようなら病院にも行かなきゃ駄目だよ。寒くない?」

 ブルーは私の指示通り新しい衣服に着替えると、布団に横になり、顔だけ出して頭を横に振った。

 私は頷くと、そそくさと玄関に向かった。

「紅?」

 心細そうなブルーの声が私を呼んだ。

「うちから体温計とか薬とか持ってくるから」

「紅、俺は一人で大丈夫だから。紅は帰って。紅に移ったら大変だよ。これくらい寝てれば治るから」

 言葉と表情が反比例している。言葉では、帰れと言っているのに、表情は行かないでと言っているようだ。

「馬鹿っ。だったらそんな目で見ないでよ。放っておけなくなるでしょ」

 そんな心細そうな瞳で見られたら、見捨てるなんてとてもじゃないけど、出来そうにない。

「すぐ戻るから。あんたは寝てな」

 喋り方はいつもと同じ、だけど、自分でも驚くほど優しい声が出た。それが何だか恥かしくて、慌てて部屋を出た。


 必要そうなものをうちから持って、再びブルーの部屋に入ると、ブルーは苦しそうに顔を歪めて寝ていた。

 私がいるから、やせ我慢していたのかもしれない……。

 そっと枕元に座ると、額に浮かんだ汗をタオルで優しく拭き取り、冷えピタを貼った。

「ブルー。熱計るね」

 一声かけてから、脇の間に体温件を挟んだ。

 暫くしてピピッという電子音が、体温を測り終えたと知らせた。

 38度8分。大分熱が高い。

「紅、熱何度あった?」

「8度8分だった。病院行く? 見て貰った方がいいんじゃないのかな?」

「ううん。大丈夫。本当に寝てれば治るから」

 無理にでも病院に連れて行った方がいいんだろうか?

「本当、大丈夫だから」

 私の心配を見越したようにブルーはそう言う。

「何か食べられる? お粥作ろうか?」

「紅が作ってくれるの?」

 私は頷いた。

「じゃあ、食べる」

 ブルーは苦しそうなのに無理に微笑もうとした。きっと私を心配させまいとしているんだろう。

 そんなことしたって心配なんてするに決まってるのに。無理に笑わなくてもいいのに。

 私に向ける気遣いが口惜しくて仕方なかった。


 私はキッチンを拝借してお粥を作り始めた。

 お米は辛うじてあるが、お粥用の土鍋などはない。独身の一人暮らしなのだから、仕方ないと言っちゃ仕方ないのだが。

 あるのは、片手鍋とフライパンのみ。仕方がないので、片手鍋で作ることにした。

 冷蔵庫を覗くと、卵があったので、卵粥にする。

「ブルー、お粥出来たよ」

 辛そうな笑顔を浮かべたブルーは体を起こすこともままならない様子だった。私が手を貸して漸く体を起こすことが出来るといった感じに。

「紅ぃ、食べさせて」

 弱々しい声を出すブルーには普段のからかいの色は微塵もなく、流石に自分で食えとは言えず、ブルーの口にスプーンを運んだ。

「美味しい」

 こんな熱でへろへろの時に味覚なんて感じるわけもないだろうに、ブルーは私が作ったお粥を褒めることを忘れなかった。

 こんな時くらい、私に気なんか使わなくていいのにっ。誰が作ったってお粥の味なんて大して変わらないのにっ。

 私は苦しそうながら、お粥を咀嚼していくブルーを見ながら唇を噛んだ。


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