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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
22/104

第22話

「それじゃ、またねっ」

 そう言って私はアパートの階段を上り始めた。寂れた町を探検して、やっと辿り着いた我が家。掻いた汗が冷えて体を冷やし始めていた。

 階段をトントンと2段ほど上がったところで、後ろから腕をグイッと引かれて、私は後方に倒れた。

「わっわっわっ」

 倒れた先にはブルーがいて、がっしりと支えてくれていた。

「まだ、一日は終わっていないんだけど? 約束は一日だったんじゃないかな。もしかして帰るつもりじゃないよね?」

 見上げれば、ニヒルな笑顔を浮かべたブルーの顔が目に入った。

「だって、さっきもう帰ろうって言ってたじゃん」

「あれ? そうだったかな? 忘れたな。まあ、どっちみち今日は放すつもりはないんだけど」

 首に回された腕は、決して放さないと決めた蛇のようだった。

「一日ってもしかして……」

「勿論、日付が変わるまで」

 そんなぁ。こんな危険な男と夜中まで二人だなんて……。しかも、いつの間にか、高慢ちき男になってるし。私、今夜この男に襲われちゃうんじゃないのぉ?

「あのさっ、一応確認なんだけど。絶対変なことしないって約束覚えてるよね?」

「勿論覚えてるよ。紅はどんな想像してるの? 別に俺は純粋に紅に傍にいて欲しかっただけなんだけどな」

 ニヤニヤと私を上から覗き込むブルー。

 一回しばいたろか、とこっそり拳を握り締めた。

「とにかく、放してくれないかな。私、絶対汗臭いんだからっ」

「えぇ? 紅の匂いなら汗だっていい匂いだよ」

 くんかくんかと私の首元に鼻を近づけて、まるで犬のように匂いを嗅いだ。

「このっ、変態っ」

 ブルーにエルボーを食らわせ、腕が緩んだ隙を見て、すかさずブルーの腕から脱出した。

「くぅっ」

 ブルーは苦痛に顔を歪めてしゃがみ込んだが、逃げ出した私の手を、ひしっと掴むことだけは忘れなかった。

「行くなよ、紅」

 ブルーのいつもより一オクターブ低い声にドキリとして、振り返った。苦痛の為に声が低くなってしまったのか、それとも怒らせてしまったのか?

「一緒にいて欲しいんだ。ただ、それだけだ」

 怒っていたわけではないようだった。

 ブルーの瞳に捕らえられ、そう言われたら、もう拒否する事なんて出来ない。それはもう、解ってたこと。なのに、何故、私はあの瞳を見てしまったんだろうか。

「解った。解ったけど、汗びっしょりで気持ち悪いし、体が冷えちゃうから、シャワーを浴びたいのっ。着替えもしたいし」

「紅の部屋で待っててもい……」

「絶対駄目っ。あんたが部屋に入ったら、覗かれるんじゃないかって心配で落ち着いて入れやしないじゃないの。ちゃんと行くから、ブルーん家で待ってて。絶対行くから」

 ブルーが最後まで言い切る前に、それに被せるようにまくし立てた。

 私の言葉に渋々ながら帰って行くブルーを見送ってから、階段を改めて駆け上がった。


 シャワーを浴び終え、着替えをすましてすっきりした私は、これからブルーの家に行かなきゃならないと思うとちょっとだけ緊張した。

 本当にブルーは何もしないだろうか? ブルーは、私の気持ちが自分に向くまでは、キス以外は何もしないと言っていたが、それって本当に信用できるんだろうか?ブルーが襲いかかって来たら、私はどうしたらいい? 流れで……なんてやっぱりイヤだな。初めてのエッチはどうしたって大好きな人としたい。 

 私はファーストキスは済ませていたが、エッチの方は未経験だった。

 じゃあ、マスターとエッチしたいのかと言えばそうでもない。イヤなわけではなくて、ただ、マスターとそんな事をしている自分というのが全く想像出来ないのだ。まだ、ブルーとの方が想像しやすい気がする。それはきっとそれに近いことを現にブルーにされているし、キスだって散々されているからだと思う。

 ブルーとのそれがあまりに現実味があり過ぎて、本当にそうなってしまうことが必然のようにさえ思えて来て……、だから怖いのだ。

 だけれども、ブルーに行くと言ってしまったからには、行かないわけにはいかない。

 いくらブルーでも本気で私がイヤがれば、無理矢理に押し倒したりするような人ではない……と信じたい。どんなに私を振り回していたって、結局、私のことを気遣ってくれているってことを知っている。だから、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせ、私はブルーの部屋に向かった。


 ブルーの部屋のチャイムを鳴らしたが、ブルーは出て来なかった。

 もしかしてこれって、デジャヴ?

 窓からは明かりが漏れているので、ブルーは部屋にいる筈なのだ。

 もしかして、また、寝てるんじゃないでしょうね?

 私は先日のようにドアノブに手をかけ、回した。人生で2度目の不法侵入である。

 またしてもドアは簡単に開いた。

「嘘っ!」

 中に入り、ブルーの姿を確認した私は持っていたバッグをその場に落とした。

 部屋のど真ん中にブルーがどさりと倒れているのが目に入ったのだ。

 逸る気持ちで靴を脱ぎすて、急いでブルーの傍まで駆け寄った。

「ちょっとぉ、脅かさないでよっ。寝てるだけじゃんっ」

 玄関を開けて、横たわるブルーを見た瞬間、ブルーは倒れているのだと思った。ブルーはさっき別れた時と同じ格好で、うつ伏せに倒れていて(本当は寝ているのだけれど)、右手だけが意識を失う前に助けを求めたかのように上げられていたのだ。そして、左手は心臓を押さえているように見える。

 どうゆう寝かたしてんのよっ、この男は。人によっては、死んでると勘違いするわよ。……でも、良かった。

 私は自分の心臓があるあたりを押さえた。

 心臓が止まるかと思った……。

 玄関からブルーの所まであんなに短い距離なのに、妙に長く感じたし、生きた心地がしなかった。

 ブルーからスースーという寝息が聞こえた時には、不覚にも涙が浮かんで来た。

「紛らわしいのよ、ボケっ」

 ブルーの腕をバシンと叩いたが、目覚める気配は全くなかった。

「人のこと呼んどいて、傍にいてって言ってたくせに、何呑気に寝てんのよっ。私の心配返してよ、馬鹿なんだからっ」

 悪口を言っても、ブルーには聞こえないようだ。

 思えばブルーの寝顔を見るのは二度目だ。いや、あの時はタヌキ寝入りだったから、初めてということになる。

「ほんと可愛い顔してる。寝てる時はこんなに可愛いのにね……」

 ブルーの寝顔をじっくりと観察した。

 ブルーは本当に別嬪さんである。女の子が騒ぎたくなるのも解る気がする。テレビに出てくる山のようにいるアイドルなんかよりも、もしかしたら恰好良いのかもしれない。アイドルのように、よそよそしい笑顔や、白々しい恰好付けた仕草をしない分、ブルーの方が私は好きだと思う。

 以前不法侵入した時には、いつ起きるかびくびくしながら観察していたものだけど、今日は疲れているのか起きる気配がないので、安心して見ていられる。

 突然、ぶるぶるっと体を震わせた。犬みたいで、ちょっと可笑しかったけど、どうやらブルーは寒いようだ。

 人の部屋で勝手に襖とか開けて申し訳ないと思わないでもなかったが、このまま放置してしまったらブルーが風邪を引いてしまう。

 私は襖の中から掛け布団を引っ張り出すと、ブルーの上に掛けた。

 朝まで起きそうにもないので、帰ろうかとも思ったのだが、もう少し、ブルーの寝顔を見ていたくて、そこに留まった。

「別にいいよね」

 私はうつ伏せに横になり、頬杖をついてブルーの寝顔を飽きずに見ていた。

 そのうち、目がとろ~んとして来て、必死に起きていようと、帰らなければ、と思うのだが、私も大分疲れていたのか、とうとう我慢出来ずに意識を手放した。


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