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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
18/104

第18話

「お腹空いた……」

 笑顔のブルーに間近で見つめられ、困った私は苦し紛れにそう言った。

「どっか探そう」

 にこりとブルーは微笑んだ。

 最近のブルーは強引ではあるけれど、何だかんだいって優しいし、沢山笑うようにもなった。高慢ちき男が最近はそう頻繁に出て来ていないような気がする。あのニヒルな笑い方や高慢ちきな話し方があまり出て来ていない気がする。

「ブルー、最近やたら優しくない? 前はもっと高慢ちきで、意地悪な笑い方してたよね」

 疑問に思ったことはすぐに聞いてみた方がすっきりする。隣りを歩くブルーに視線を投げかけた後、ズバリ聞いてみた。

「えぇっ?」

 ブルーは困ったように頭の後ろをぽりぽりと掻いた後、苦笑を洩らしこう続けた。

「あのさっ、俺、これでも一杯一杯なんだよね。紅が隣りにいるってだけで、紅を目の前にしただけで心臓がバクバクで死にそうだし、自分を意識して貰いたくて、自分を好きになって貰いたくて、どうしたらいいのか解らなくって、強引なやり方になってしまったこともある。勿論、後で何であんなことしたんだって反省したりするし。正直、紅の前では緊張して訳解らなくなって、気持ちがどんどん暴走して、自分で何言ってるのか何やってるのか解らなくなって。ああ、今、俺が一番何言ってんのか解ってない。とにかく、紅の前ではどうしても正常でいられなくなるよ、俺。今も全然余裕なんてない。だけど、紅に笑って欲しいから、自分でも色々セーブしてるつもりなんだけど」

「何それ、冗談?」

 ブルーみたいな女の子にモてるタイプが私なんかに心乱されるわけがないよ。

「冗談なんかじゃないよ。紅の前では自分が自分じゃなくなる。本当の自分がどれなのか自分でも解らなくなるよ。俺は、ずっと無口で無表情なのが俺なんだって思って来たけど、紅に会ってそれは本当の自分じゃないって気付いたんだ。いや、本当は解っていたのに気付かないふりをしていたんだと思う」

 ふとほんの少しブルーの表情に影が落ちた。だが、すぐに私に笑顔を向けた。その暗い顔が気のせいだったのかと思うほどのほんの一瞬の出来事だった。

「だけど、どんな俺も紅への気持ちに変わりはないんだ」

 少し照れくさそうにそう付け加えた。

「なんで? なんどそれが私なんかなの?」

 私の疑問。この疑問は、誰にどんな風に言われても答えなんてないように思えた。答えがあったとしても私は納得しないのかもしれない。

「一目惚れみたいなものだよ。あの店で、初めて紅を見た。屈託のない笑顔と気さくな性格、誰からも好かれていて、体全体から明るい雰囲気をこれでもかって放っていた。触れたいのに、触れちゃいけないようなそんな気がした。だけど、どんな事をしてでも振り向かせたいとも思った。どうしてもこの子が欲しいと思った」

 ブルーが語る私は、まるで女神さまのようで、私と同一人物だとは到底思えなかった。だけど、ブルーの真剣すぎるほどの想いがイヤというほど伝わって来た。最近やっと友達と思ってもまあいいかなと思い始めた人から、ここまで真剣な想いを告げられたら、人によっては重いなって感じるかもしれない。でも、不思議なことにブルーの想いを重いだなんてこれっぽっちも感じなかった。寧ろ嬉しかった。感動していると言ってもいいのかもしれない。そう、そんな風に思ってくれる人なんて、この世に一体どれだけいるだろうか。私という人間を、特別と思ってくれる人がどれだけいるだろうか。

「ありがとう。素直に嬉しい。そんな風に想って貰えて」

 私はブルーに向けて最上の笑顔を振る舞った。ブルーはたちまち顔を真っ赤にし、恥かしそうに微笑み返した。ブルーの恥かしそうに笑う姿を私は悪くないと思った。

「紅? 抱き締めてもいいかな?」

 何を今更と思わなくもないが、今のブルーは明らかに照れ男で、高慢ちき男ではないから、そういうブルーの恥かしそうな姿を見ていたら、とても断れなかった。ブルーはまるで私を初めて抱き締めるかのようにおずおずと、そして、怖々と私を包み込んだ。

 私はこの時感じていた。ブルーに対して新たな感情が芽生えたのだと。それは、恋とはとても言えるものではないけれど、友達への想いとは少し違うような、言うなれば、恋の赤ちゃんのようなとても儚い感情だった。その感情が育つのか、育つ前に弾け飛んでしまうのか、今の私には解らない。ただ、今、目覚めたのだと思った。だが、小さな赤ちゃんのような儚い感情だとしても、私はその存在を認めたくないという思いがあった。

 私が好きなのはマスターじゃないかと、心のどこかでしきりに叫んでいる。忘れるなと、勘違いするなと、私を叱咤する声がどこからともなく聞こえる。

「ねっ、いい加減、そろそろお腹空かないかな?」

 いつまでたっても放してくれなそうなブルーに私はそう声をかけた。

 今にも鳴り出しそうな私のお腹の虫は、こんなシリアスな場面でも待ってはくれそうになかった。こんな所でなってくれるなと私は内心焦りすら感じていたのだ。

「ははっ、そうだね。お店を早く探そう」

 そもそもこの近辺にお店らしいお店が全くないものだから、こんな長話をしてしまっていたのだ。

「駅に戻る?」

 私がそう言った時、丁度ブルーが一つのお店を発見したところだった。それは、小さな定食屋のようだった。定食と書かれた旗がはためいてはいるのだが、実際その店が、営業しているのか否かは遠目からでは解りかねた。

「「どうする?」」

 同時に声を出し、ハモってしまったことに、顔を見合せて笑った。その顔を見て、二人の意見が一致していることが解った。

「「行こう」」

 どちらからともなく手を引いて走り出した。ここまで来て、せっかくこの駅で降りたのに、何もしないで帰るのなんてイヤだった。もしかしたら、その店まで行ったら、お店はやっていないのかもしれない。それでも別にいいじゃない? ここまで来たんだから。勿体ない。そう、ブルーも思っているのが解ったのだ。

 その店は、ひっそりと営業していた。店に入ると、お昼時だというのにお客さんは一人もおらず、気の良さそうなおばさんが一人で切り盛りしているようだった。

 私は親子丼を頼み、ブルーは生姜焼き定食を頼んだ。私達は注文した物が届くまで口を噤んでいた。だが、その沈黙は決して気まずさを感じるものではなくて、寧ろ居心地の良さを感じるものだった。

 やがて出された料理を私達は勢い良く食べ始めた。二人ともとてもお腹が空いていたので、がっつくように黙々と食べていた。それは甚だ成長期の子供のような有様だった。たまに目が合うとお互い微笑み合った。美味しいね。うん、旨い。その微笑みはそう語っていた。

 やっとお腹の空腹を満たした二人は少しぬるくなったお茶を啜りながら、初めて口を開いた。

「美味かった」

「うん、美味しかった」

 そして、微笑み合った。

「あなた達はここらの人ではないでしょう?」

「はい。この駅で降りたことがなかったので、一度降りてみようと思ったんです」

「若い子が面白いと思う所はこの辺にはないでしょう? デパートもゲームセンターも本屋も。この辺はお年寄りが多いから、みんなデパートやコンビニはいらないってそういう計画は全て出ては消えしてね。コンビニが出来ても人が入らないものだから、すぐに潰れてしまうのよ。もう少し若い人がいたのなら、この辺も変わったかもしれないけれどね」

「この辺には本当に何もないんですか?」

 ブルーが聞いた。

「ないわね。近くに図書館があって、そこでプラネタリウムをやっているけど、あなた達には興味がないかもしれないわね」

「プラネタリウムっ」

 その言葉に私は食い付いた。

 小さい頃よく母に連れられてプラネタリウムに行った。この辺ではあまり星が見えないからプラネタリウムの一杯の星が大好きで仕方なかった。

「行こうか? プラネタリウム」

 私がプラネタリウムに食い付いたのを見て、ブルーが尋ねた。私は大きく頷いた。


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