第17話
下りの電車にはあまり乗客がいなくて、二人は悠々と座ることが出来た。
「ブルーはデートとかよくする?」
座席に座り、ブルーが私の手を握るものだから、恥かしいから放して、放さないといった一悶着があった後、結局、私が折れた形で落ち着いたところで私は聞いた。
「昔はそれなりにね。今は、紅としかしたくない」
ふ~ん、と私は呟いた。
ブルーはモテるし、きっとこれまでもモテたんだろうし、デートだって慣れてるのも当たり前なのかもしれない。きっと今までだって色んな女の子と手を繋いだりしてきたんだろう。
「何で? もしかしてやきもち?」
ニヤニヤした顔で私の顔を覗き込んでくるブルー。
「妬くわけないじゃん、馬鹿っ」
電車の中だというのも忘れてつい声を荒げ、周りの乗客に睨まれ、「すみません」と、身を小さくした。そんな私をブルーが笑って見ていた。
私は腹いせにブルーをきつく睨みつけた。
私達は3つ目くらいの駅で降りてみることにした。
その駅は、無人駅とまでは言わないが、本当に田舎の駅という閑散とした雰囲気を漂わせていた。辛うじて屋根があるだけいいのかもしれない。
「何かあるのかな、ここの辺に?」
「どうだろう。取り敢えず行ってみよう」
ブルーに手を握られたまま改札をくぐり駅を出た。駅前だというのに、デパートのようなものがない。バスターミナルもタクシー乗り場さえもない。
私達はあてもなく歩き始めた。
歩いている人も車も今のところ1人として、1台として見えない。私達が住む町から3駅しか離れていないのにこんなにも寂れた雰囲気の街があるなんて知りもしなかった。ただ、その分私達が住んでいる地域よりも幾分空気が澄んでいるような気がする。恐らく車が少ない為だろう。
あてもなく進んで行く二人。誰に見られているわけでもないので、手を繋いでいることもやがて気にならなくなってきていた。
隣りで歩いているブルーが繋いだ手をぶらんぶらんと大振りに振るので、私はそれに振り回されて、体が前に行ったり後ろに行ったりとふらふらとしている。
「もうっ、手振り過ぎでしょっ。普通に歩けないよ」
私が呆れて言うと、ケタケタ笑いながら、さらに大きく振るものだから、私は大きく前に振り出され、そして、引き戻された。
「ちょっとぉ、恥かしいでしょうがっ」
「誰もいないし、誰も見てないよ」
ケタケタ笑い続けるブルーがとっても楽しそうだったので、私も手を大きく振ってみた。だけど、ブルーの腕は長いし、体も大きいのでびくともしなかった。
「狡いっ。ブルーは出来るのに、私は出来ない」
子供じみた事を言っていることは解っていたが、どうしてもブルーに負けているようで悔しくて仕方なかった。
「それは、仕方ないよ。俺は男なんだから。体も紅よりも大きいし、力も紅よりもある。紅は小さいからなぁ」
よしよしと頭を撫でられたら、悔しさがさらに倍増したように感じた。
私は、自他ともに認めるほど背が低い。150cmあるかないかといったところ。ブルーが恐らく180cmといったところだから、私達の身長差は30cmもあるのだ。だから、いつも私はブルーを見る時見上げなければならないし、ブルーに見下ろされなければならない。
「ブルーなんか嫌いだよっ」
苦し紛れの一言は、思いのほかブルーの心を強くえぐったようだった。
「紅は、そんなに俺のこと嫌い?」
ただ悔しかったから、負けている気がしたから、それがイヤで軽い気持ちで言っただけの言葉だった。本当にそんな風には、今は思っていない。
だけど、ブルーのその声は、さっきまでの声とは打って変わって悲痛に満ちていた。
「ごめん、ブルー。嘘だよ。嫌いだなんて思ってない。好きだよ」
言葉にした後、ブルーがあまりに驚いた顔で私を見つめてくるので、初めて自分の放った発言の大きさに思い至った。
「違うっ、違うのっ。私が言った好きっていうのは、恋愛感情とかじゃ全っ然なくて、あのっほらっそうっ、友達! うん、友達として好きってことだからっ。勘違いとかしないでよねっ。はっははっ」
友達としてもなんにしても私自信がブルーを好きだと思っていたという事実に驚かされた。きっと何かの間違いだろうと自分でも思うけど、友達としてならありなのかなって最近思い始めているのも事実だった。
今、最も気になっているのは、自分の気持ちよりも、私の隣りで固まってしまっているブルーのことだ。
一体何を考えているんだろう。もしかして、勘違いしちゃってるんじゃないだろうか……。
「ブルー? 解ってるとは思うんだけど、勘違いしないでよ?」
立ち止まりぼうっと前方を見据えていたブルーが私を見下ろした。急に繋いでいた手を強くひかれ、私はブルーの胸に強く顔を打ち付けた。すぐにブルーの腕が私の背中に回される。私は両手を強く突っ張ってそれに抵抗した。
「だから違うんだってば。何回も言ってるけど、私が好きなのはマ……」
マスターなんだってば……。
そういう前に唇は塞がれていた。今日のキスはいつものとは少し違うようだった。いつもは、とにかく優しい。どんなにキスの直前に強引に迫られていたとしても、キス自体はいつも優しくて、壊れ物を扱うように大切に、私が壊れてしまわないか気を配りながら、そんな私への気遣いが激しいキスの中にも必ず感じられた。
今日のキスは違う。優しいキスではある。激しいキスでもある。だが、どこか苛立ちを隠し持っているような、キスで何かを伝えようとしているような、その中にブルーの苦しい気持ちが含まれているようなそんな気がしてならなかった。
君が欲しくて欲しくて堪らない。早く好きになって。俺だけを見てくれ。
言葉なんて一つもなくても解ることってあるんだ。そのキスには、ブルーの気持ちが、隠そうとしても隠しきれなかった感情が流れてきているようだった。
普段のキスで、ブルーがどれだけ自分の気持ちを抑えているのかが解る。恐らく私の言葉の何かで、ブルーの感情の箍が外れてしまったのだ。
こんなに切ないキスを私は知らない……。
「何も言わなくてもちゃんと解ってる。まだ、俺に心が向いてないことも十分に解ってる。だけど、これ以上他の男が好きだなんて俺の前で言わないで」
私の肩におでこをくっ付けたブルーが苦しそうな声でそう告げた。
ブルーがいつも平気な顔をしてるから、いつも平然としてるから、だから、傷ついていないなんてどうして思えるんだろう。
ブルーはずっと傷付いていたんだ。私は何度も傷つけて来たんだ。私の一言で。
だから、あんなキスを。私がマスターを好きだって言えなくする為にしたキスだったんだ。もうそれ以上聞きたくないって、そういう意味も込めて。
「ごめん。ごめんね、ブルー。私、無神経だった。ごめん」
「ううん、俺もごめん。紅は悪くないよ」
ブルーは顔を上げた。目の前には、私の目線と同じ高さにブルーの顔がある。
ブルーは苦しそうだった表情を一瞬にして和らげて、にこりと笑った。
「嬉しかったよ。好きだって言って貰えて。その好きがどんな類のものだとしても。今の俺には、それで充分」
話の流れの中でぽろりと出て来てしまっただけの言葉だった。だけど、それを心底嬉しそうに語るブルーの笑顔が眩しかった。
ブルーの笑顔をこんなに間近に見せられたら、何もかも許してしまいそうで怖い。
抱き締めることも、キスをすることも、体を重ねることも、そして、私がブルーを好きになってしまうことも。