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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
16/104

第16話

 そして、問題の日曜日。

 朝の10時に、ブルーがうちに迎えに来ることになっていた。

 私は何を着て行けばいいか解らず、床一面に洋服を広げ、それを睨んで唸り声を上げていた。

「たまにはスカートを履いている所も見てみたいな、俺としては」

 突然、声を掛けられて、驚いて振り返れば、ブルーが玄関にニヤニヤとした顔をして立っていた。

 私が何も答えられないでいると、

「鍵はかけておかないと危ないぞ。女の子の一人暮しなんだから。不審者が入ってきたらどうするんだよ」

 いやぁ! お巡りさん、ここにも不審者が一人いるので、連れてって下さいっ!!!

 と叫びたい気分だったが、そんなこと言ったら後が怖い気がしたので、言わずにおいた。

 ていうか、何でこの人ここにいんの? まだ、時間早いじゃんっ。それより、私の恰好どうよ、パジャマじゃんかぁ。勝手に入ってくんなっつうの。私が着替え中だったらどうするつもりだったのよっ。……もっもしかして、襲うつもりだったんじゃっ? ちょっと待て待て、こいつ、勝手に靴脱いで上がり込もうとしてますから~。

「ちょちょちょちょっとぉ、今から着替えるんだから外で待っててよっ。てか、早いしっ、あんたが一番不審者だしっ、変態っ」

「ああ、お構いなく」

「お構いなくじゃないでしょうがっ。こっちが構うっつうに。あんたがいたら着替えらんないじゃんっ」

 私の言葉など本当にお構いなしで、勝手に上がり込み、その上、私の洋服を選び始めた。

「紅には、これが似合うと思うよ」

 ブルーが選んだのは、ジーンズだった。

 スカートが見たいとか言ってたくせに。どっちやねんっつうの。

「スカートで足を露出されたら、俺が我慢出来なくなっちゃうかもしれないしね」

 そういうことなら、喜んでジーンズを履かしていただきますっ。

「ちょっと、着替えるんだから向こう向いててよ。絶対に、絶対に見ちゃ駄目だからね、いい?」

 洗面所で着替えたいところだけど、うちの洗面所はかなり狭いので、とてもじゃないが着替えられない。一番良いのは、ブルーが外に出て行ってくれることなんだけど、動く気配もありゃしない。

「はいはい」

 ブルーが背中を向けるのをしっかりと見届けてから、パジャマを脱ぎ始めた。

 上を脱いでブラだけの姿になった時、何となく背中に視線を感じる気がした。邪まな感じがする視線とでも言えばいいのか。

 まさか、流石にそんな事をするわけはないだろうと思ってみても、どうも視線が突き刺さっているような感じがして仕方ないので振り返ってみた。

 ブルーが堂々と着替えを見物していた。

「ちょっとぉ、覗かないでって言ったでしょうがっ」

 私は立ち上がってブルーの傍まで行くと、スパーンと頭を叩いた。

「いってぇ。背中だけなんだから、いいじゃないか。でも、いいのかな? 今は、胸の谷間までばっちり見えてるんだけど。俺としては、いい眺めだから、このままでもいいんだけどね」

 ブルーの言葉に視線を下へ下すと、私はこともあろうことに自分がブラ姿だという事も忘れて、ブルーの前で仁王立ちになっていた。

「んぎゃっ。馬鹿っ。そう言う大事なことはもっと早くいうもんでしょうがっ!!!」

 私は再びブルーの頭をバチコンと叩くと、洗面所に逃げ込んだ。

 狭いけど仕方ない。ここで着替えるしかないようだ。小さな溜め息をついて鏡を見た。

「あのドスケべめ」

 そんな恨み言を鏡に向かって呟いた。鏡に映る私の顔は、真っ赤に染まっていた。

 そりゃ、赤くもなるよね。男の人にあんな姿見られたこと無いのに。

 着替えが済んで洗面所を出ると、何食わぬ顔でブルーが座っていた。

 乙女の着替えを覗いておいて、何て態度なんだろう、この男は。

「人の着替え覗いておいて、何なのよそのすました顔は。もう、デート中止にするかんね?」

 最後の私の言葉に流石に焦ったのか、ブルーは立ち上がり私の元に駆け寄った(そこまでの部屋の広さはないのだが、イメージである)。

「紅、ごめん。反省してる。だから、デート中止だなんて言うなよ」

「さ~て、どうしよっかなぁ」

 珍しく自分が主導権が握れた私は、嬉しくて仕方なかった。

 だけど、ブルーがまるで捨て犬みたいな情けない顔で私を見つめるものだから、私はそれ以上苛められなくなってしまった。

「もう、仕方ないな。許してやるか。ほらっ、行くんでしょ?」

 そう言った途端のブルーのニパッとした笑顔に、何となく騙された感が否めない。

 なんて自分はこの男に甘いんだって思ったけれど、あの瞳とあの笑顔にはどうしても弱い。今日の所は負けてやってもいいと思ってしまうのだ。

 男の人の笑顔って狡いと思う。普段、笑わない人が無邪気に笑ってる姿を見るだけで、ぐっと来るものがある。思えば、マスターを好きになったのも、笑顔を向けられたからだ。

「ありがとう、紅」

 靴を履こうとしていた私を後ろから抱き締め、頭のてっぺんにキスを落とした。

「もう、解ったから放してよ。靴履けないでしょ」

 私がそう言ってもブルーは放してはくれなかった。ブルーの体からほんのりと香水の香りがした。ほんのりと香るその匂いは、香水の匂いが苦手な私でも受け入れられる優しい香りだった。思わずくんくんと匂いを嗅いだ。

「紅? 臭かった?」

「ううん、違う。良い匂いだったからつい。香水って苦手だけど、この匂いは好きかも」

 突然、ブルーがううっと唸って、苦しみ出した。

「えっ、何、何。どうしたの?」

「紅の口から好きって言葉を聞くだけで、なんだか胸が苦しくなる」

「馬鹿っ。あんたって本当馬鹿っ。別にあんたのこと言ったんじゃないのに」

「知ってるけどさ」

 ブルーの声が苦しげだったので、私は振り返ってブルーを見た。

 ブルーは笑顔だったが、瞳が少し苦しそうに光っていた気がした。

 

 ようやく家を出た二人は、駅に向かって歩き始めた。

「で、どこに行くの?」

「どこに行きたい?」

「何にも考えてないの?」

 初めてのデートくらい男性が考えてくるもんなんじゃないのかな? なんてのは、私の偏見なのかな。

「紅とは、普通のデートはつまらないと思ったんだ。遊園地や水族館なんていつでも行ける。そういうんじゃなくて、もっと行き当たりばったりなデートもいいんじゃないかなって思うんだけど」

「ぶらり途中下車の旅みたいに?」

 私はブルーを見上げて問い掛けた。

 ブルーはにこりと微笑み、頷いた。

 まあ、たまにはそういったのもいいのかもしれない。

 たまには、とか偉そうなこと言っているけど、デートなんて数えるほどしか行ったこと無い。付き合ったことがあるのは、一人だけだし、それも中学の時で、キスだって2、3回しただけだったし、あまりに二人とも初めてで、何も知らなくて、遊園地とかにも行かなかった。放課後、毎日公園に行ってお喋りをしていただけだった。私にとっては、それがデートだった。

 高校のときは、部活が忙しすぎて恋愛をしている暇もなかった。1コ上の先輩に淡い憧れのようなものを抱いてはいたけれど、恋ってほどのことでもなかった。その先輩に彼女が出来ても、あ、そうなんだと思ったくらいだし。高校時代はあんまり青春を謳歌していなかったような気がしてならない。

「それで? 取り敢えずはどこに向かう?」

 二人は駅に着くと、改札を通り、本当に適当に乗る電車を決めた。

 下り電車には滅多に乗らないので、それに乗って、降りたことのない駅で降りようということとなった。


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