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赤青鉛筆  作者: 海堂莉子
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第101話

「ねぇ、青。お母さんには、もっと外の空気が必要だと思うの」

「そうだね。日曜日、まゆを連れて一緒に散歩に行こうか? 紅が言いたいのはそういうことだろう?」

 この間の日曜日に青の実家での出来事があってから、もうすぐ一週間が経とうとしていた。桔梗さん情報によると、お母さんの容体はすぐに良くなって、今は日常生活を普通にこなす位に回復しているようだった。

 お母さんに早く良くなって貰って、体力をつけて貰って、私達の結婚式に出て貰いたい。

 そんな願いが私の胸にはあった。恐らく、青の胸にも同じ願いがあるに違いない。

「どうして解るの?」

「そりゃ解るよ。いつも紅を見てるんだから。それに、紅は母さんのことを良く思ってくれてるのが解るんだ。いつも気にかけてくれているだろ? ありがとう、紅。大事に思ってくれて」


 ―――日曜日。

「お母さん。こんにちは。この子は家の実家の愛犬で、まゆっていいます」

「まあっ、素敵な眉毛。可愛いわね。ふふふっ」

 上品に笑うお母さんの表情はとても穏やかに見えた。今日の体調はとても良い状態のようだ。

「こんなに大勢でお散歩なんて、楽しいわね」

 お母さんと桔梗さん、青と私と、それから紫苑さんも誘ったのだ。

 何だかんだぶーぶー文句を言っていた割には、嬉しそうに着いて来ていた。

「兄さんは、こっち。紅に近付かないでくれる?」

「そんな警戒しなくても、お前の前で無理矢理キスしたりしないから安心しろって」

 意地悪そうな笑顔を浮かべて、私に視線を流す。

 その笑顔を私の視界に入らないように、私の前に青が立ちはだかる。

「青。紫苑さんは、もうそんなことしないから大丈夫だよ」

「あのね、紅。お願いだから警戒心を持ってってこの間言ったよね? 紅に警戒心がないから、隙をつかれて兄さんにキスなんかされるんだからね」

「はいっ、ごめんなさい……」

 余計なひと言を言ったせいで、とばっちりを受けてしまった私を、青の後ろでケタケタと笑って紫苑さんが見ていた。

 ほんと、あの人ガキっ。なに、あのざまあみろって感じの笑い方っ。

「何だ、紫苑は紅さんにそんな酷いことをしたのか?」

 横で私達の会話を聞いていた桔梗さんが、聞きづてならんと口を挟んだ。

「いやっ、まあ、そんなことしたっけかなぁ」

「なにその言い方っ。無理矢理あんなことして、私の乙女心を傷つけておいて、その態度はなんだってんですかっ」

 自分が青に説教されている最中だったというのに、我慢出来なくなって二人の会話に参加した。

「紅っ。俺の話はまだ終わってないぞっ」

「なんだっ、やっぱりそんな酷いことしていたのか、紫苑? 女の子泣かせるなんてもってのほかだぞ」

「だあっ、うるせえ。仕方ねぇだろう、好きなんだからよっ」

 紫苑さんの言葉にぴたりとたった今まで騒がしかったその場が恐ろしいくらいに静まり返った。

 誰も何も言うことが出来ない気不味い雰囲気が漂っていた。

「ああっ、もうこんな空気になっちまったじゃねぇか。もう、後戻り出来ないから言うぞっ。俺はお前が好きなんだっ。お前が誰を好きでも俺はお前が好きだっ。諦めるつもりはねぇよ」

「……紫苑さん。私、どうしても青が好きなんです。青じゃなきゃ駄目なんです。何があってもそれは変わりません」

「そんなことはとっくに知ってるよ。それでも好きなもんは止められねぇ。止めらんねぇもんはどうしようもねぇじゃねぇか。誰にも誰かを好きになるのを止める権利はないだろ。青、お前にだってな。俺は、こいつが幸せならそれでいい。でも、泣かせたら容赦なく奪い取る。いいな?」

 何だろう、この最後の聞き覚えのある台詞は。

「同じような台詞を他の男にも言われてるよ。……言われなくても紅は俺が幸せにするよ。泣かせたりしない。紅が泣くのは、嬉しい時だけだ」

「ああ、ならいい」

 桔梗さんとお母さんは、私達のやり取りをはらはらと見ていた。

「青はこれから大変だぞ。紅さんは母さんみたいに奇麗だから、色んな男が寄って来る。それを一つづつ排除していかなきゃならない。私のようにね」

 確かに、お母さんは奇麗だから桔梗さんも大変だったろうと私も思う。ちらっと垣間見ただけでも、桔梗さんもまたやきもち妬きなのだと解るから、心配で心配で仕方なかったのだろう。

「あら、私の所に男の人なんて誰一人来なかったけど?」

「それは……」

 ことごとく桔梗さんが、お母さんに会う前にそれらを排除して来たからなのだ。

「あなたがその人たちに私を会わせなかったのね? 馬鹿ね。私が誰と会ったって、気持ちが変わるわけないじゃないの。これまでもこれからも私の気持ちは一生変わることはないの。もう、何度も言ってるじゃないの」

 桔梗さんとお母さんの会話が、私と青の会話とかぶるところが多々あった。

「紅さんもきっと大変よ。うちの男性陣はやきもち妬きの心配性だから、いくらいっても解ってくれないのよ。でも、それだけ愛されているってことだから、嬉しいことでもあるんだけどね」

「そうですよね」

 お母さんとは話が合いそうだ。

 私の気持ちを解ってくれる大先輩が現れたと思うと、気分が弾む。これからは、何かあったらお母さんに相談に来ようと思うのだった。

「私、青と結婚したら、あの家でお母さんたちと一緒に暮らしたいと思うんですけど、駄目ですか?」

 これは私の暴走だ。

 青にこんな話ししたこともなかった。でも、私の中でずっと思っていたこと。

「紅。俺達新婚だぞ。親と一緒の家になったら、その……」

「青はどんな所でも、誰がいても、私とくっつきたい時はくっつくし、キスしたい時はキスするじゃない。そんなの今更だと思うんだけど? あの家はとっても大きいし、私達二人が入ってもゆとりは十分あると思うんです。あんなに大きな家で、お母さんが一人で日中を過ごすなんて寂しすぎます。私なら、絵の作成は家でも出来ますし、専門学校には通わずにインターネットで勉強が出来るプログラムを見つけたから、それなら、家で出来るし」

 初めは青に、その後お母さんに視線を移してそう言った。

「紅さん。私達は君達がもし家に来てくれたらとても嬉しいことだ。だけど、君達はこれから結婚して、新婚になるわけだ。きっと二人きりになりたいって思うだろう。私達のことを心配してくれているのはとても嬉しいよ。でも、暫くは二人だけで住んではどうかな?」

「私はお二人と一緒に皆で住みたいんです。青と二人きりになんて、なりたいと思えばいくらだってなれます」

 お母さんのことが心配だっていうのも本当。新婚だから二人きりになりたいと思うかもしれないのも本当。だけど、私は皆で一緒に家族になりたいと思った。青も言わないだけで、そう思ってるんじゃないかって感じていた。私に遠慮して言わないだけで。

「父さん、母さん。一緒に住んでもいいかな? 俺も紅と同じ気持なんだ」

 青の手が私の頭の上に乗った。

 その手が、ありがとうといっているようだった。

 青は、私が青の為にこの申し出を切り出したのだと思っているのだろう。確かにそれもなくはない。だけど、純粋に私も一緒に住みたいんだ。もっとお母さんと仲良くなりたいって思ってるんだ。

「私達は大歓迎だ。ただ、二人の負担になるようだったら無理はしないようにね」

 嬉しそうな桔梗さんとお母さんの表情が私をさらに嬉しい気持ちにさせてくれた。

「じゃあ、俺も家に戻ろうかな」

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