エカキ
老婆が腸を描きたいと言い出して……
エカキ
山中千
勘太郎は、幸せの家庭を築いていた。
美樹に言った
「君のことを必ず幸せにするから」
という言葉は真であった。はずだった……。
あの日のことを今のように思い出す。自分には似合わないほどの綺羅びやかな高層ビルの屋上で、ダイアモンドの指輪を渡した。心臓音のドク、ドクがまるでBGMの如く、彼の全身を包んでいた。
「嬉しい、分かってたはずだけど、とても嬉しい」
と美樹の目には、幸せの雫が溜まっていた。
ツルリ、と溢れる落ちる涙に高層ビルからの景色が反射した。
これ以上、美しいものはない。勘太郎はそう考えていた。
勘太郎と美樹は、高校時代の同級生。その頃は、まさか結婚するだなんて考えは、塵のごとく見えなかった。
美樹は、高嶺の華であった。クラスのマドンナ。
当時イケてるグループに属して居なかった勘太郎が手の届くはずのない女神であった……。
そんな二人が再会したのは、同窓会だった。
勘太郎は、独身ましてや彼女すらいない状態だった。
まさか、あのマドンナ美樹も居ないとは……。
彼女を奥さんにしよう、と勘太郎は狙うことにしたのだ。
二人の子宝に恵まれた。
翼と恵。
妻の美樹に似て、綺麗な顔だった。
翼は小学校3年生。最近、地域のサッカー少年団に所属した。
彼はヤンチャ坊主な性格で、スポーツ向きではないか?と思っていた。
練習ですら負けるとなくほどの負けず嫌いだった。
恵は正反対に大人しい性格だった。
よく周囲を把握していて、気遣い上手の女性になると思った。いつも美樹の隣に立って、料理の手伝いをしようとするのだ。二人のエプロン姿が、何よりも微笑ましいと勘太郎は思っていた。
同窓会で連絡先を交換にこぎ着けた勘太郎は、何度も何度も美樹に告白し、根負けした美樹が
「じゃあ、お金持ちになってよ」
「勿論だ」
それまで働いていた会社を辞め、自営業をした。それまで営業で培ったコミュニケーション力が活き、勘太郎の会社は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
そして、はれて結婚することになったのだ。
ぴんぽーん。ぴんぽーん。
時刻は二十三時丁度。
何もかも不気味だった……。
「はい、徳富ですけど」
そこには、一人の老婆がいた。
「あのう、私は画家です」
そうぽつり、と言葉をダンゴムシのように千切れて発した。
「はあ……」
「絵を書かせてもらえないですかね?」
「今は夜遅くなので、遠慮しておきます」
「あの腸を書きたいんです、腸を!」
はあ?ブツリと切った。気色悪かった。
次の日。
朝刊を取りに行った。
そこには、翼と恵の絵があった。
腹は掻っ切られ、腸が引き摺り出されている。
なんだ?
顔は間違えなく、愛する子どもたちだった。
キャアアアア。
美樹の叫び声が聞こえる。
「どうしたああ」
駆け寄ると、
「あなた、あなた」
と美樹は怯え、衰弱していた。
指差した先を見ると、絵と全くもって同じ光景が広がっていた。
う、うう、と美樹を抱きしめることすら出来なかった……。
その日から、というもの美樹は日に日に痩せていった。
食事も、食欲がないと、食べないようになった。
夜も眠れないそうで、目のクマが墨汁のように黒く塗りつぶされていた。
心配になった勘太郎は、美樹を心療内科に連れていった。
「何があったんですか?」
と尋ねる主治医に、美樹は、何も答えず泣きじゃくるばかりであった。
診断が下った。鬱病だと診断された。
日に日に弱々しくなる美樹はまるで、冬の草木のように萎れていた。
会社から帰るとあの忌々しい絵描きが、家の前で絵を書いていた。
ぶん殴ろう、と思った。
が、そこには美樹が首を吊っている絵が書かれていた……。
勘太郎は狂ったように、家に入り寝室へ入ると……。
美樹が、首を吊って自殺していた。
勘太郎は、泣き叫びながら、キッチンへ行き包丁を手に取った。
絵描きの老婆を殺した。
足元にもう二枚の絵があった。
一枚は老婆自体の死体と、勘太郎の死刑の絵であった……。
得意分野です!中々自信あります