ハンナからの依頼
そのうち村の見取り図的なものを作ろうか、どうしようかと思っていたり、いなかったり。
カルメ屋の店主ハンナと約束事を交わした次の日の朝、エリックは今ではすっかり日課になった午前中の庭での鍛錬を黙々と取り組んでいた。
いくら後に楽しみなことが控えていようとこの習慣だけは疎かには出来ない。何といってもシドとの約束もあり一刻も早く強くなりたいと思っていたからだ。それにここ最近の狩りでも、日々の鍛錬の成果が如実に現れ始めていて経験から積み重ねが大事なことを理解できていた。
「セイッ!・・・ッシ!―――」
―――ヒュンッ・・・ッフォン!
汗が滴るほど陽気な天気に心なしかいつもより気合の入った素振りをしていたエリックは、そろそろ日も頭上に差し掛るのをみて頃合いだと思い鍛錬を引き上げた。
「・・フゥ、今日もやり切ったな。」
そう言いながら庭を囲む柵にかけてあったタオルで汗を拭った。
さっさと鍛錬の後片付けをすまし家に帰り次の支度を済ませる。
昼からは約束通り新たな探索場所の渓流地にいくので、ついでに河で汗を流そうと思い大きめのタオルを持っていくことにした。
今日は昨日ハンナさんから聞いた話もあり西の森に行かないのでそんなに戦闘はなさそうだが、それでもエリックも若干五歳にして探索者の端くれなので武器は常に持つことにしていた。
いつ何が起こるかわからないこの世界では幼子が自分で身を守るすべを持つのは常識の範疇だったりする。獅子の子落とし然り、常に危機感を持って暮らす住人たちは教育の仕方もこの世界では理にかなっていた。まあ、エリックの場合は日頃の鍛錬もあるので生身でも逃げることくらいは容易ではあるが。
そうこうしているうちに、昼ご飯も食べ終え母親のサラに午後の予定を伝えて家を出た。
この村の力ある大人たちが西の森の討伐隊として出向いているため、いつもよりちょっとだけ静かな大樹の広場を経由してハンナが待つ目的の雑貨屋に到着した。
「こんにちはー、ハンナさんエリックです!」
そう挨拶をしながら店を訪れたエリックを一瞥すると先に来ていた客と何やら会話をしていたハンナがその客に了承の意を伝えこちらに向き直った。
「おう、エリックやっと来たか。取り敢えず昨日言ってた荷物はカウンターの端に置いてあるから持ってきな。それと、地図はちゃんと確認したかい?」
「はい、だいじょうぶです!」
「よし、ならいい。んじゃ頼んだよ!採取の仕方も紙に書いてるから分からなかったらそれを見な・・・あ、それと昨日も言ったが西の森には行くんじゃないよ!さっき聞いた話じゃ討伐隊が手傷を負わせたが逃げられてしまったらしい。全く何をやってんだか。。手負いの獣はどんな行動を取るか分からないからね。仕留めた報告があるまで近寄ったりするんじゃないよ!いいね!?」
どうやら先ほどのお客さんは西の森の状況報告に来ていたみたいだ。
そう言われたエリックは再三の注意に気圧されつつも、いつもの狩りが出来ないことに焦れったさも感じていた。
「は、はい、分かりました!近づきません!」
そう返事をしたエリックはその後かるく出立の挨拶を交わし店を出た。
それから地図にあるとおりに道を進みながら目的の渓流地に向かっていた。
いつも行く道を右にそれて進んでいくとそれは見えてきた。
まばらに木の生えた林道を進んだ先にある緩やかで幅の広い川に出たエリックは綺麗に澄み切った水を見てこう独りごとを言った。
「うわぁ、こんな場所があったなんて全然しらなかったな~」
静かに泳ぐ魚が目に見えるほど綺麗な川にエリックは気が緩んだ。
初めての探索場所というのもありここまで気を張って獣が来ないかどうか、道があっているかどうかを確認しながら進んでいた。
いい緊張感の中辿り着いた目的地がこんないい景色だとは思ってもおらず、自然とエリックの気が緩むのも仕方がなかった。
良くも悪くもここまで獣とは接敵しなかったため、気の緩んだままさっそく水浴びを開始した。
持ってきていたタオルを川辺の樹に服と一緒にかけ体を洗った。
完全に身も心もほぐされたエリックは癒された感覚のまましばらく川を泳いだ。
この時獣に出くわしでもしたら一たまりもなかったが、さすがに森からも離れていたためかそれはなかった。
リフレッシュを終えたエリックは体を拭いて濡れ切ったタオルをハンナから渡された籠に積み着替えをすませて薬草採取に向かった。
ハンナから渡された紙にはケユ草とみずきり草と書かれた絵がありその下に採取の仕方や何の効果があるのか記されていた。
それによるとケユ草は水辺に生息する薬草で水色の花弁が特徴で採取方法は、小さい芽は摘まず大きくなった花を茎の真ん中あたりから採取する。理由は次に採取するときにまた生え変わっているかもしれないから真ん中から下を残すのは必要なことらしい。また、根こそぎ採取しても根や茎は使えないため意味がない。それに鮮度を保ちたいからという理由で根こそぎ持ってくる人もいるらしいが薬を作る過程で乾燥させたりするのでこれまた意味をなさない。
そんな説明書きを読みながら探すこと数分ようやく見つけることが出来た。水辺と言っても群生しているわけではないのでなかなか見つかりずらい。
ようやく見つけたものからも三本しか採取可能なものはなく、これは難航しそうだと思った。
それからしばらく水辺を歩いていると少し先に行ったところの川が湾曲した場所で角のある四本足のなにかが水を飲んでいた。
それを見てエリックは前に聞いたことのあるディアノスという獣だと分かった。
ディアノスは鹿によく似た獣で白い角が特徴の四足歩行で歩く生物だ。餌は草食なので草や葉、それこそ薬草なども好んで食べたりする。
そんなディアノスは大人しい生き物で警戒心も高いので見つけてもすぐ逃げられることがほとんどである。しかし、その白い角は好物が薬草ということもあり薬効がそこに集まるのか、薬の材料として優秀なため高値で売れる。
それに目を付けた人間がこぞって狩ろうとしたがディアノスの足が速いのと意外と戦闘能力もあるため返り討ちにあったり探すのに苦労したりと全然コスパが合わなかった。
そのため市場にあまり出回らないため高値で取引されているらしい。
そんな話をしていた呑んだ暮れの狩人のおっちゃんもまだ見たことがないと言っていた。
目の前にある珍しい光景にエリックは身を小さくし固唾を飲んだ。
バレない様に身を屈めたはいいものの大人でも狩るのが難しいディアノスを五歳の子供が狩るなんて到底できることではない。
なにかいい方法はないか思案しているうちにディアノスは何かに反応し凄い速さで身を翻しさっていった。
あっけにとられたエリックは、それが何だったのかも分からないまま逃した獲物の大きさにしばらくディアノスの去って行った方を眺めた。
気を持ち直したエリックはディアノスがなんに反応したのか分からないまま採取を続けていた。
あの時、身を屈めて息を殺してい吐いたが、獲物として狙っていたのがばれてしまったのだろうか?
確かに獣には常人にはない超感覚的なものがあって殺気を感じたりするものだ。
そのため離れていたとはいえそんなことが出来ても不思議ではなかった。
そう結論を出して頭を切り替えそれからは、薬草探しに専念した。
ある程度ケユ草が取れたため今度はみずきり草に採取対象を変えた。
みずきり草は、名前の通り水を切るような見た目の草で葉自体も細長く切れ長である。またみずきり草は水中の浅瀬で生息しているようで水に入って探す必要があるそうだ。そしてケユ草と同じく葉の部分だけ採取して後は残すらしい。
さすがに水の中まで紙は持って入れないため仕方なく絵を目に焼き付けて採取に取り掛かった。
何分かして見つけたみずきり草は見た目もわかりやすいためこれならすぐに集まりそうだと思った。
しかし、問題は水の中にあるということで一回一回潜る必要があるためこれもまた時間のかかる作業となった。
こうして今日集まった成果は籠を二割ほど占領する程度で終わった。
帰る支度を整えて荷物を整理し終え帰路に就いた。
道中、今日の成果を考え明日以降も来る必要があると思いながら採取中にみたディアノスを思い出し次見たときは絶対に狩ってやると意気込むのだった。
村に着きカルメ屋によって今日の成果を渡しに行った。
「ハンナさん、これ今日のとれた分です!」
「お帰り、どれどれ。道に迷わず目的地まで行けたかい?」
そう言いながらハンナは籠のなかを確認した。
「はい、だいじょうぶでした。ついたとき凄くきれいなところだったのでびっくりしました!」
「そうだろう?あそこはあたしも気に入っている場所の一つさ。危険な獣もでない静かで寛げる場所だからね、たまに星を見に行ったりするんだよ。」
「たしかに!それいいですね!俺もいきたいです!」
「ハハハ、エリックも気に入ったかい。なら気が向いたら今度一緒に連れてってあげるよ」
「やったー!ありがとうございます!」
「ああ、じゃこれ今日の報酬だよ。」
そう会話しながら手早く鑑定を済ませたハンナはエリックに今日の報酬としてとってきた分の代金を渡した。
それに軽く礼を言いながらエリックはこう聞き返した。
「ハンナさん、やっぱり薬草こんだけじゃ足りませんでしたよね?」
「ん?ああまぁそうだね。しばらくは取って来て貰う事になるかもしれないけどいいかい?」
「はい!だいじょうぶです。」
「よし!なら明日からも頼んだよ。薬草なんていくらあってもいいからね」
「分かりました!」
今後の予定も薬草採取になったエリックは西の森の騒動が収まるまでしばらくこの日々が続くのだった。
〈本日の成果〉
【ケユ草】 15本×20ロブ=300
【みずきり草】18本×25ロブ=468
【合計 768ロブ】