プロローグ
◇プロローグ◇
――かつてのあの一族はもう見る影もないな...
誰かが言った言葉がその老人の耳をついた。
この世には、信じられないほどの身体能力、技術、魔法、知識、富、権力をもつ者たちが存在する。その中で、【持つ者】【持たざる者】に区分され生きている人々にとってはこのような話は日常茶飯事のように耳にする言葉だった。
「またあの一族からすごい人が出たみたいだ。」
「そうなのかい?あたしは一つ隣の村の一家だって耳にしたけどね~」
「俺が聞いた話だと、その、両方だっていうぜ!?」
「じゃあ、そうかもな。それより、ここ最近うちの村からはなんも聞こえてこないよな」
「俺もそれは思ってたぜ。あの一族もすっかり音沙汰無いもんな??」
「ちょっとあんた!!そんな話するならもうちょっと声のトーン落としなよ!まったく――」
そんな風に話す村人たちの後ろ、この村唯一の憩いの場といってもいい大樹の広場で、子供たちがはしゃぐ片隅でベンチに腰掛けその大樹を眺めてた老人は、悠々と聳え立つそれとは隔して、耳に入った言葉に思考を削がれていた。それは、この景色に似つかない、ひどく煩わしい話だった。
(またか――)
老人から出た言葉はこの一言に尽きていた。
こんなにもいい景色があるにも拘わらず、人は目の前のものよりも未だ見ないものの話ばかりしたがる。それが人の性なのか。はたまた、ただの暇つぶしなのか分からないが。老人にとってすれば、これだけの光景に口をついて出た言葉がそんな嘆き事なのが酷く耳障りでしょうがなかった。
そう、いま語られていた一族こそ老人にとって悩みの種といってもいいものだった。そのためにこの大樹を眺め気晴らしをしたり自然の持つエネルギーを感じたりして過ごしていたところにこの話だ。
もし自分の仕事が休みだと考えてみてほしい。そこに急に上司から仕事の電話がはいって、今まで完全にオフモードで楽しめていたことが急に仕事モードに色が移り変わって見えることがないだろうか。要するに、楽しい空間に水を差す輩は世の中に五万といて、それが今老人の前にいたということである。煩わしく思うのも仕方のないことだと思う。
先に述べたように、世の中には様々な能力をもった人々が存在している。そんな中、【かつて】と語られ物語や人々の話のネタにされるような、そんな人物が誕生しては消えていき、また誕生する。
これは、その荒波とも言っていい激動の時代に現れた、ある一つの一族を描いた物語である。