昔話
これは、この村に伝わる昔話。
昔々、広い森の片隅に、小さな村があった。村人たちは森の恵みを受けて暮らし、森と共に穏やかな毎日を過ごしていた。
けれど、とある嵐の晩、森の奥にある湖に一頭の恐ろしい獣が現れた。獣は森に住み着くと、平和だったこの地を壊し始めた。
その醜い四肢は豊かな大地を踏み荒らし、その毒を帯びた吐息は生い茂る草木を枯らし、その鋭い牙は優しく臆病な動物たちを傷付けて森から残らず追い出してしまった。
村人たちは困り果てた。このままでは、いずれ森も村も全て滅ぼされてしまうだろう。一刻も早く、あの獣を打ち倒さなければならない。
そんな時、村で暮らす一人の魔術師が立ち上がった。
「私があの忌まわしい獣を倒してみせましょう」――魔術師はそう言うと、その言葉通り、様々な魔術を使って恐ろしい獣に立ち向かった。そして、ついに獣は魔術師の手で打ち倒されたのだ。
村人たちは大いに喜んだ。けれど、同時に深い悲しみにも包まれた。何故なら、英雄となった魔術師もまた、己の力を使い果たして死んでしまったから。
村人たちは偉大な魔術師のために、その最期の地となった湖のほとりに祠を建てた。魔術師は村と森を守る神様となり、今もなお、この地を見守り続けているという。
昔々の物語だ。魔術師の死から既に三百年の時が過ぎ、今やその名前すら人々の記憶から抜け落ちてしまった。名もない守り神の祠だけが湖に残され、かつての悲劇のことなど平穏な毎日の中に掻き消えようとしていた。
けれど――物語はまだ、終わっていない。魂に刻まれたカルマはいつか再び嵐を呼び寄せる。
犯した罪を償わなければ、この魂が許されることは永遠にないのだから。