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或るBarにて。肘川二次創作なアレ。

 肘川の町駅前の三叉路を左に曲がり、しばらく進んだ先にある場末のスナック。そのスナックからさらに真っ直ぐ行ったところに小さなBarがある。


 異邦人と思しき金髪の女、ロングのフレアスカートをはいたパーティ帰りのようなファッションの女がその前に立ち止まり、かつかつと足音を立ててコンクリートの階段を降りる。


 地下の店で、階段を下ると現れるのは、漆黒の重そうな扉。そこに掛けられた小さな金のプレートに刻まれた店の名前は『MM』。

 女が体重をかけて押し開けると木の色を基調とした内装の薄暗い空間が広がる。


「いらっしゃいませ」


 カウンターには初老のバーテンダー。隙なく着こなしたベスト、無駄のない肉付きに伸ばされた背筋。アッシュグレイの髪をオールバックに決めて頭を下げた。


 バーテンダーの背後に並べられた無数の酒瓶は光が当たり煌めき、店の奥の巨大な壁掛けのテレビが光を放ち、客席は闇の中に沈んでいる。


「開いているかしら」


 鈴のような声が響いた。


「ええ、どうぞこちらに」


 時刻はまだ夕方。Barにはまだ早い時間で客もいない。

 女はカウンターのスツールに腰掛けると、すぐさま店のロゴの入った紙のコースターが置かれる。


「ジントニックを」

「かしこまりました。お好みはございますか?」

「ボンベイサファイアで」


 バーテンダーが棚から青みがかったジンを下ろしグラスに。トニックウォーターで割ってステア、ライムを加える。


 TVは肘川のローカル放送を流している。ローカル局ならではの、肘川駅前商店街から肘川北高校の生徒オススメの店特集などというものが流れているのを女は無感動な瞳で眺めていた。


 美しい女。金髪の白人で、外見だけ見ればティーンのようでもある。

 だがその所作があまりにも老成しており、初老のマスターは彼女に年齢を尋ねようと一欠片も思わなかった。


「お待たせしました。ジントニックです」


 女はするりとジントニックを一息に半分ほど飲む。淫靡なほどに艶めかしく喉が動いた。

 ほぅ、とため息をつくとTVにちらりと目をやる。


 TVは商店街の店を特集する番組を終え、ライブ会場を映している。

 男性たちの熱気あふれる会場、歓声が上がり、ステージ上に小さい女の子が上がってきた。


――みんな~、今日は『ちっこいズ』のライブに来てくれてありがとー! ちっこいズの監禁担当、『未来から来た監禁姫』、tamaだよー!


 彼女はカクテルを口にしつつ尋ねる。


「マスターはアイドルのライブなんて観るのね」

「彼女たちのことはご存じで?」


――今日はみんなの生命エネルギーを、ごっきゅんごっきゅん吸い取っちゃうお! ちっこいズの魔王担当、『異世界の妹系魔王』、mawoだお!


「ええ、肘川じゃ有名でしょう。『ちっこいず』、ご当地アイドルというやつかしら?」

「そうですな。この町で知らぬものはいないでしょう」


――会場にいるお兄さん達のハートを、私が癒してあげるからねー! ちっこいズのリーダー、『絶壁のブチギレ妹』、maiだよー!


「ファンなの?」

「私などは歳ですからな。ファンというよりは孫でも見ているような感覚でしょうか」


――ちっこいずのあざとたんとう、『あらふぉーぎわくのはらぐろようじょ』、みおだよー。


「ふふふ、可笑しい」


 初老のバーテンダーは眉をぴくりと動かした。


「孫ほどに愛しているのでしょう?」

「いや、お恥ずかしい」

「知ってるわ。『ちっこいず』ファンクラブ、『Noタッチ』のNo.00039」


 ファンクラブ『Noタッチ』の1番からは『ちっこいず』本人たちの家族やプロデューサーの身内などで埋まっている。ファンクラブのNo.二桁はダブルナンバーと呼ばれ、古参ファンとしてファンクラブのメンバーから尊敬と羨望を受ける存在であった。

 だが、その番号を誰が持っているかは個人情報。一般人が知るはずもない。


「……なぜそれを?」

「わたしが『ちっこいず』のスポンサーの一人だと言ったら信じるかしら?」

「聞いたことがあります。『ちっこいず』はご当地アイドルでありながら外資からのスポンサーがついていると」


――じゃあいくよー!『初めてのデート』!


 イントロが始まった。女がにやりと笑う。


「応援なさいな」

「……では失礼して」


 バーテンダーは足元の業務用製氷機を開ける。その脇に何故か設置されているペンライトを二本抜き取った。


(。 ー`ωー´) …………。


(つ/ー`ωー´)つ/ サッ。


 初老のバーテンダーは両手にペンライトを構えた。


――今日は~、君との初めてのデート~


(งー`ωー´)ว<フワッ! フワッ!


――奮発した~、高めのレストラン~


(。 ー`ωー´) <ファイボー! ワイパー!


――何だい~、話したいことがあるなら~、何でも言ってごらん~


(」ー`ωー´)」<イエッ!

(/ー`ωー´)/ <タイガー!


――何何~? その絵を買ってほしい~?


(งー`ωー´)ว<フワッ! フワッ!

(งー`ωー´)ว<フワッ! フワッ!


――ついでにその壺も~?


(。/ ー`ωー´) <ハーイ!

(。 ー`ωー´)/ <ハーイ!

(。/ ー`ωー´)/ <ハッハッハーイ!!


――わかった、買うよ~

――君を~、愛して~るから~


┗ (。 ー`ωー´) ━える

((。 ー`ωー´))おー

\(。 ー`ωー´)/ぶい

 (。 ー`ωー´)=いー

(。 ー`ωー´) <ちっこいずー!


「ふふ、素晴らしいオタ芸だったわマスター」

「いやいや、お恥ずかしい」


 女はジントニックを飲み干すと告げる。


「マンハッタン」

「かしこまりました」


 バーテンダーはミキシンググラスにウィスキーとベルモットを入れステアを始めつつ尋ねた。


「あなたが何者か伺っても?」

「女の秘密を尋ねるのは感心しないわね」

「これは失礼を……」


 カクテルグラスに紅の液体が注がれ、チェリーが沈められる。


「お待たせしました。マンハッタンです」


 『ちっこいず』の歌声が響くBarの中、女がグラスを傾ける。


「人は私を世界ワールドと呼ぶわ」

「ワールド……」

「でも今の私はただの『ちっこいず』ファンとしてここにいるの」


 初老のバーテンダーはカウンターにもう1セットのペンライトを置く。

 交差する視線。


――かねづる(ふぁん)のみんなーつぎいくよー『なかみもがんばってー』


 女は軽やかにスツールを下りると両手にペンライトを構える。

 バーテンダーもまたペンライトを構えた。緑と赤の光がBarを切り裂く。


ξ/˚⊿˚)ξ/ サッ。


――表紙の絵がメチャ上手いから買った~、同人誌を~


ξง˚⊿˚)ξว(งー`ωー´)ว<フワッ! フワッ!


――家に帰ってワクワクしながら開けたら~


ξ˚⊿˚)ξ(。 ー`ωー´) <ファイボー! ワイパー!


――中身の絵は~、メチャクチャ下手だった~


ξ」˚⊿˚)ξ」(」ー`ωー´)」<イエッ!

ξ/˚⊿˚)ξ/ (/ー`ωー´)/ <タイガー!


――なかみもちゃんと~、がんばってよ~


┗ξ˚⊿˚)ξ━┗ (。 ー`ωー´) ━える

(ξ˚⊿˚)ξ)((。 ー`ωー´))おー

\ξ˚⊿˚)ξ/\(。 ー`ωー´)/ぶい

 ξ˚⊿˚)ξ= (。 ー`ωー´)=いー

 ξ˚⊿˚)ξ(。 ー`ωー´) <ちっこいずー!


 二人はペンライトをカウンターに置くと、ぱぁんと互いの右手を打ちつけ鳴らした。

 その時、Barの扉が押し開けられる。


「ねえ、まーちゃん、こんなオシャレなBarなんて僕たち場違いだよ!」

「ともくん、大丈夫大丈夫」

「まーちゃん、僕たち未成年だよ?」

「いいからいいから」


 バーテンダーと女は叫んだ。


ξ˚⊿˚)ξ(。 ー`ωー´) <公式お兄さん!?


「こ、公式お兄さん!?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] また読んでしまったぁーー! やっぱいつ読んでも面白い! 舘ひろしばりに二枚目渋々マスターと!ラスボス妖艶美女のオタ芸! たまらんですな!
[一言] まさかの物語Σ(・□・;) 確かに正樹さんの言う通り叙事詩の条件には合わないっぽいですが素晴らしいコメディでした<(_ _)>
[良い点] さ……最高ですw 特に前半からのギャップがww 「『Noタッチ』のNo.00039」、「ダブルナンバー」、このただ者ではない感がまた笑える! 最後にあの2人が入って来るというオチがた…
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