エロい絵を描く仕事を依頼されたんだけど、エロくない私が描く絵は全くエロくなくてどうにかエロくなろうと頑張ってみたもののやっぱり真性エロにはかなわず撃沈しました、誰か私にエロを恵んでください。
フ ィ ク シ ョ ン で す
「すみません、アダルトなんですけど…。詳細はメールにあるので、ラフお願いできますか?」
「はい、了解しました、少々お待ちください。」
仕事の依頼が飛び込んできた。月末、締め切り前の少々立て込んでいる時期に三枚か、頑張れば、なんとかいけそうだな。よし描くか。
ふうん、風俗雑誌の官能未満ノベルの挿絵ね、文章は…ふんふんなるほど。扇情的で目を引く構図を希望、ただし直接的な描写なし、水分描写基本不可、場合により単線程度なら可…女子一名を三点、フムフム…。年齢指定していないなあ、とりあえず十代二十代三十代描いて出すか。さっさかさー…うん描けた。私はラフ出しには時間をかけない方でね、早々に依頼元に返信を心がけているのさ。
ぺっぺけぺーぺっぺけぺー♪
あ、電話かかってきた、ラフ見てくれたのかな。
「ラフありがとうございます、ええと、十代の子の感じで、二十代、三十代のポーズでお願いしたいんですけど。あと、道具はOKです、もう少し大きく描いてもらっていいですかね。ええと、たるみたわみはあのままで、頂点小さ目で。ラフに指示入れたの送りました、わからないとこあったら電話ください。」
「了解です、じゃあモノクロ出しますね。」
…やけにサクサク進むなあ、大丈夫かな。今話してる営業さんは、実は新入社員さんで、まだあんまりこう、雑誌の内容とかうーん、微妙にこう、ヌルい理解しかしてないっていうか…。前任者の濃すぎるやり取りになれている私にとってはですね、ええと、相当そのう、不安が残るのですが…ううーん、まあいいか、とりあえず線だけ引いておこう。
夕方、線画を送信して猫とのんびり遊んでたら。
♪♪ズガッシャーガッチャガッチャ!!!♪♪
こ、この騒がしい着信音は!!!
「江口さん!!!お久しぶりです!!どうしましたか!!!」
「どうしたもこうしたもねえよ!!!なんだあの線は!!!無しナシ!!」
はい、私の心配、的中―!エロの鬼直々の襲撃だよ!!!
電話の主はイラスト依頼元のちょっと偉い人、江口さん。地方風俗誌の立ち上げの時に知人から紹介されて、かれこれ5年ほどお仕事を一緒にさせて頂いている人である。漫画の依頼や挿絵の依頼、広告用カットにロゴマーク、その他いろいろ描かせていただいているのだけど、まあなんて言いますか、年月を重ねますとね、遠慮ってもんがね、気遣いってもんがね。
「ええー、でも真中さんは良いって言ったよ、これでいいじゃん!」
「バカ!!エロなめんなよ?!あんなん滾るどころが縮小、場合によっては収納されちまう!!!」
また意味不明な理論を持ち出しやがって!!
やけにこだわるタイプのエロの鬼は、それはそれは細かい指定や指示や無茶ぶりやごり押しがひどいのなんのってね、まあね、私全部こなしてきましたけどね!!!
「私は女子なので、男子の体の仕組みはいまいち理解できません、体の構造を盾にとって説教かますのはやめていただきたいですね!!!」
「だから俺が乗り込んできたんだろうが!!いいか、まずあの肉の動きのない構図はダメだ、躍動感が鼻息の荒さにつながらない!しかもあの足の閉じ方は何だ、アレじゃあこじ開ける楽しみが目に浮かばないだろう、アレはただの大根足だ、もはやぜい肉だ!!不要、不要物!もっとエロい肉盛れよ!!あと髪の流れがエロくないんだよ!!艶やかさのかけらもない元気はつらつな髪なんか必要ねえんだって!!髪が元気良くても男ってのは元気になんないの、わかる?!」
わかるか!!!
「じゃあせめて汗くらいOK下さいよ、こんなん乾いた体でエロを表現とかさあ、土台無理なんだって!そもそもさあ肉肉うるさいけど、結局デブ専なだけじゃん!時代はスレンダーだって!大きいよりも貧弱がいいんだって!」
「ダメダメ!!水分はいったらそっちに目がいくだろうが!お前文章読んだんだろ?文章読めねえのかよ、あの文章に貧弱な胸部は存在しない!むしろ重力に負けじと虚勢を張るかの如く前に突き出し敵わぬ敵の前で涙を呑んで首を垂れる、その悔しさを絵に表さんでなにがエロ絵だ!!あれはただの絵だ!!エロを名乗るなど言語道断!!描き直し!!!」
げえ!!!線画までいってんのに描き直しだと?!ちょ、今晩の睡眠!!!
「ええー!今から描き直し?!締め切りいつ!!間に合わなくなるかもしれないけど。」
「できるだろ!!あんたの筆の速さは業界一なんだぞ!!万が一のことがあっても二日くらいならどうにでもなるから!構図はあれでいいんだ、エロだけ盛り込めばいい。」
盛りこめと言われましても、どう盛り込んでいいのか。
「盛り込むって。まあやれるだけがんばるけどさあ…またダメ出し食らうのやだなあ。」
「喰らわないくらいエロを前面に出せばいいんだって。そもそもお前の絵はエロが足りないんだよ。」
そうなんだよね、私いろんな絵を描かせてもらってるんだけど、どうも、こう…エロいイラストが書けないっていうか、エロくないっていうか、健全にしか見えないっていうか、無理してる感が強いっていうか、見ていて痛々しいというか、場違いっていうか、そもそも何て言うのかな、締め切り間際で誰も描いてくれないから筆の早いこいつに描かせとこうってのが丸見えっていうか、単価安いからこいつにしとこうってのが筒抜けというか…。
「エロに枯渇していた時代を思い出せ!!エロが何たるか見当もつかず、エロに夢を描いて妄想を繰り広げていたあの時代を!!!まだ知り得ぬ極楽に羨望のまなざしを向けていたあの日の事を思い出せ!!知らないものにどうしようもない憧れを抱き、いつか手にすることができると信じて孤独に頭の中でエロを濃縮させていたあの時代を思い出すんだ!!!」
「私別にエロに憧れてないし、だいたいもともとエロくないし、盛り込むべき要素が私の中に皆無なんですってば!…まあ、妄想だけ盛り込んで描いてみますよ、限度はあると思いますけど。」
なんかさあ、こういう時、エロい人っていいなあって、心底尊敬しちゃうんだよね。私いろんな絵は描くけど、こう、おもしろい絵とかばっかり描いちゃってさあ、ひたむきな情熱とか絵に叩きつけるタイプじゃないんだよね。みんなが笑ってなんぼの世界を描きたいというか。
「バカ!!お前妄想なめんなよ?!エロを知らないエロに囚われたエロから遠い位置にいるエロに恐ろしいまでの希望を持つ真っ直ぐな純情人間の描いた絵のエロさを知らんのか!!!あいつらはな、正に神なんだ、現実のただれたエロを知らない純真無垢なエロへの眼差し、その崇高な姿勢、さらには…!!!」
「何言ってんだかさっぱりわかんないですけど。」
勢いの付いた暴走するおっさんを止める術はない。理解できないエロ薀蓄がどんどこどんどこ押し寄せてクールー!
「はあ?!お前こそナニ言ってんだ!!理解できるだろ、むしろ、何、というか…まさかとは思うけど、描けないの?イラストレーターなのに?ふうん、絵を描く仕事してるくせに、描けない絵があるんだ、へえ・・・。」
「ちょ!!あんた何言ってんだ!!!くっそー・・・やったるわっ!!!」
かくして描き直した絵は、まあそれなりにエロくは描けたものの。三ページ先の読者投稿コーナーに掲載されていた、恐ろしい程デッサン力のないエロい絵の方が数億倍エロくかけていてですね。わりとエロい人のエロに向けるパワーってのを目の当たりにしたといいますかね。うん、私エロくないからエロは描けんわと撃沈した日々が確かに存在していたわけですよ。ずいぶん頑張って、そのたびにエロ要素を喉から手が出るほど欲しがっていた自分が、一時期存在していたわけですよ。
♪♪ズガッシャーガッチャガッチャ!!!♪♪
…やけに騒がしい着信音は、今だに健在だったりするのだな。
「よう!久しぶり!!!」
「そうでもない。」
つい先日市民サロンの川柳コーナーの挿絵を描いた時に会ったばっかじゃん。爺さん婆さんに囲まれて花生けながら、でっけえポスターつるすの手伝っただろうが!!
「こないだのさあ、和服美人、あれチビキャラ化できないかな、なんかサロンがグッズ作るっていってて。」
「ああ…良いですよ、じゃあラフまた送ります、締め切りは?」
なんだかんだで無茶振りされつつも、勢いのあった日々は過去の出来事になった。
今は風俗誌から完全引退し、それはもう健全たる真面目な雑誌ばかり手がけるようになった編集部で、かつてエロを語ったおっさんは重鎮として君臨している。
「そうだな、今日中でいいや。」
「また無茶ぶる!!!」
なお、落ち着いた編集部で落ち着いて堂々と貫禄を振りまいてはいるが、そのゴリ押しっぷりは微塵も変わっていない。
「あれ、できないの。」
「・・・やったるわ!!!」
そして私の負けず嫌いも未だ健在である。
「水着バージョンも欲しいってさ、エロくないやつ頼むわ!!」
「昔あれほどエロを欲しがった江口さんが…変わりましたね!!!」
少々嫌味を乗っけて返すと。
「あんたは相変わらずエロのかけらもない絵を描くからな、安定感が違うわ!!ギャハハ!!!」
昔からエロくなかった私は、エロくなりたいと願ったこともあったけど、結局どんだけエロを積んだところで、エロくなれずに、今もエロい絵が描けないまま平凡な絵をぼちぼち描いている、というお話。
しつこいようですが、
フ ィ ク シ ョ ン で す