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私とスレイニーと摸擬戦

 スレイニーは模擬戦のルールについて話していた。


「今回はトレーニングも兼ねた模擬戦ですので、ある程度の時間継続して戦うことにしましょう。ルールは相手が死なないようにだけ気を付ける。以上です」


 ルール無用。

 要するにそういうことらしい。


「はい、よろしくお願いします」


 緊張する。


 無意識に手を触っていると、指が腕輪に触れた。

 ふと腕輪を見ると、その宝石の輝きが、私に頑張れと呼びかけているように見えた。


「では、お先にどうぞ」


 スレイニーはそう言うと、左足を前に出して足を軽く曲げる。

 両手は軽く拳を握り、左手を前に、右手を脇に添えるようにして構える。

 何かの武道の構えのように見える。


(さっきの剣と、あの構え。近づくのは危ないよね)


風よ

我が前に立ちふさがる障壁は

汝よりも小さく

短き時を生きたもの

汝の手で切り裂き


終わりを告げよ


風の刃


 私の魔法はスレイニーに向かって真っ直ぐ向かっていく。

 風という見えない魔法。

 不可視という点で、戦闘では重宝されてきたその魔法。


 それをスレイニーは、まるで見えているかのように高く飛び上がって回避した。

 そして、何事も無かったかのように、着地と同時に再度構える。


 どうして、そんな疑問が頭をよぎった、そのとき。


「では、次は私の番ですね」


”雷砲”


 スレイニーが魔法名を呟いた瞬間、私の腹部にズドン、と重たい衝撃が走った。

 思わず体が後ろに倒れる。

 見えたのは、光が一直線に私に向かってきたことだけ。

 まさに一瞬の出来事だった。


 詠唱破棄、私の世界では数えるほどしかいないその技術を使ってくることにも驚いたし、これが学園トップクラスの実力か、と納得もした。


 私は腹部に残る鈍痛を我慢し起きあがると、スレイニーを見る。

 すると、スレイニーは私に向かって左手の掌を見せるように構えていた。


 そして、先ほどと同じ魔法が私の足下の前方と左右に突き刺さった。

 魔法名も唱えることなく。


「本番では死んでますよ」


 スレイニーは構えを解く。


「相手は一気呵成に攻めてきます。自分の隙は出来るだけ少なくする方がいいでしょう。そして、貴女の戦い方は分かりましたので、ここからは、戦い方を変えます」


 そう言うと、スレイニーは私を見る。


水よ

我が前に立ちふさがる障壁は

汝よりも小さく

短き時を生きたもの

汝の手で切り裂き

終わりを告げよ


水の刃


 私に向かって水の刃が飛んでくる。

 私の首に向かって飛んでくるその刃を、私は屈んで避けた。

 その合間にもスレイニーは詠唱を続けている。


水よ

我が前に立ちふさがる障壁は

汝よりも大きく

短き時を生きたもの

汝の手で切り裂き

終わりを告げよ


水の刃

” 


 先ほどよりも一回り大きい水の刃が、今度は私の足下を狙って飛んでくる。

 私は飛び上がって避けるも、その合間にもスレイニーは魔法を詠唱し続けていた。


水よ

我が前に立ちふさがる数多の障壁は

汝よりも小さく

短き時を生きたもの

汝の手で突き刺し

終わりを告げよ


水の刃


 今度は私に向かって幾つもの小さな水の刃が広い範囲に飛んでくる。

 その刃はまるで槍のように、私に向かって飛んできた。


(避けられない)


風よ


小さき我らを誘い

助けよ


風の壁


 私は必死に魔法を唱え、作り出した風の壁で水の刃を受け止めようとする。

 しかし、水の刃は勢いは弱まったが止まることはなく、幾つかが私の体を掠めた。


 威力が下がっていたおかげもあり、かすり傷で済んでいるが、当たった腕や足が痛い。


 スレイニーは詠唱を止めて、私を見ていた。

 そして、何かに納得したように一度頷くと、話し始める。


「魔法はただの理論ではありません。魔法が魔法足り得るのは、決まりきった理論の枠の外に存在する力を持っているからです。今の貴女は理論と雑念に縛られすぎて、魔法という存在を見つめきれていません」


 スレイニーはそう言うと、再度構える。


「次は、貴女からどうぞ」


 先ほどのスレイニーの言葉にどんな意味があったのか。

 魔法は理論ではない。

 雑念に縛られている。


 魔法は正しく詠唱することが必要なのは、私の世界の常識で、私の魔法が弱いのは私がよく分かっている。


(でも、それがおかしいの?)


 私はぐるぐる回る思考の中、私に使える魔法の中で最も威力のある魔法の詠唱を始める。


風よ風よ風よ

我は望む

全てを消し去る風を

その果てに

小さな芽吹きを

与える風を


破壊の風


 人一人簡単に飲み込めそうなほど大きな風の渦が地面の砂を巻き上げながらスレイニーに向かう。

 それを見て、スレイニーは左手をこちらに向ける。


大水よ

全てを消し去れ


破壊の水


 風の渦がスレイニーを飲み込もうとした瞬間、スレイニーの眼前に大量の水が現れ、風の渦とぶつかる。

 その水は、風とぶつかった瞬間激しく波立ったが、勢いを止めることなく、闘技場の地面を削り、濁流となって私に向かってくる。


 不思議とゆっくりと時間が流れているように感じる。

 濁流も私を飲み込もうとしたまま、ぴくりとも動かない。

 そんな不思議な時間の中、私は気づいた。


 戦闘中に微かに聞こえていた詠唱。

 距離があって聞こえにくい上に、避けるのに必死だったから、あまり集中して聞けてないけれど、その詠唱は確かに私の詠唱に似ていた。


(けれど、魔法の種類は違った。どうして?)


 私がそこまで考えたとき、ゆっくりと動いていた世界は強い現実感を帯び、濁流がぶつかった衝撃は、私の意識を一瞬で刈り取っていった。




~ミリーside~

 アリアが水に吹き飛ばされた直後、水は消え、闘技場は戦いなど何もなかったかのように修復されていた。


「よっと」


 私は観客席からゆっくりと飛び降りる。


「お疲れ、スレイニー」


 倒れていたアリアを抱え、観客席に向かってくるスレイニーを見る。

 やはりというかその表情には疲れの色は微塵も浮かんでいない。


「ありがとうございます。しかし、アリアさん、戦闘は本当に初心者だったみたいですね。まさかこうも早く決着がつくとは・・・」


 少し困惑気味のスレイニーに対して私は問う。


「もっと手加減するべきだったとか考えてる?」


 私の言葉に、スレイニーは頷く。


「なかなか上手くいかないものです。魔法の詠唱にこだわりすぎていたので、魔法の詠唱の改変、威力に影響を与える要素の変更を行っても魔法が発動することを実演してみたのですが、中級魔法程度の威力で気を失うとは思いもしませんでした」


 顎に手を当て、悩みながら「反省ですね」とスレイニーは呟く。


「あー、あの詠唱はそういうことだったんだね」


 スレイニーの詠唱する姿が珍しかったので、何かと思っていたが、アリアに対するヒントを与えているつもりだったらしい。


「でも、連続で魔法を打ちすぎじゃない? アリア、凄く焦ってたし」


「そうですね。ですが、詠唱を唱える場合、どうしても魔法の連続発動に難があります。ですから、詠唱在りでも連続攻撃ができることを見せる必要もあると思いまして」


 確かに、その通りだと思うけれども、これはスレイニーの悪い癖がでているようだ。


「前にも言ったけど、初心者は一度には覚えられないんだよ? スレイニーは何時も相手の課題を見つけたら、それを全部解消させようとするから・・・」


 以前にも何度か同じ様なことがあったのを、スレイニーも覚えていたようで、気まずそうな顔をする。


「う、確かにそうですね・・・」


 少し嫌な言い方になってしまっているかもしれないが、スレイニーの気持ちも分からなくもない。

 魔物は待ってくれないし、それによって命を失う者もいるのは事実。

 それなら、自分と関わった人が死なずに済むように、出来るだけ強くなるための知識を伝えたいというのも、何も間違っていない。


 ただし、

「因みに、スレイニーから見たアリアの課題は何?」


「心構え、魔法詠唱速度、魔法の種類、魔法の密度、詠唱内容、高速詠唱もしくは詠唱破棄の技術、これらははっきりとした課題ですね。あとは、体術、筋力、スタミナ、この辺りにも課題がありそうです」


 これら全てを一度に解消することを目指される。

 それは、人によってはただの地獄だと思う。

 私は、やれやれ、とかぶりを振った。


「課題は、私がアリアに伝えておくよ。そして、ついでで悪いんだけど、ヨルの課題について一度見てくれないかな?」


 すると、スレイニーはヨルが隠れている場所に目をやる。

 それに気づいたヨルがびくりと肩が跳ね上がるのが見えた。


「ヨルさんなら、少し前に確認しました。魔法に頼らない部分が大きすぎるので、魔法と近接戦闘、両方がバランスよく出来るのが良いかもしれません。もしくは、近接戦と相性の良い魔法に種類を絞って覚えていく、といったところでしょうか」


「やっぱりそうなるよねー。ありがとう」


「いえいえ」


 そう言うとスレイニーは、当たり前のように高さ、三メートル以上ある垂直な壁を飛び上がり上り、観客席にアリアを寝かせに行く。


 私もスレイニーの見立てに賛成である。

 ヨルは学園一、下手したら世界上位ほどの怪力を生かした素手での肉弾戦を得意としている。

 一方で、勉強することが苦手で、魔法を覚えるのを諦めている節がある。

 そのため、近距離での物理攻撃が効く魔物には滅法強いが、魔法を使う人との模擬戦においては距離を取られてしまい、一方的に負けることも少なくない。


「おーい、ヨル。こっちおいで」


 私がヨルを呼ぶと、隠れていたヨルは姿を現し、スレイニーにすれ違いざま、「や、やあ」と挨拶をした後、観客席から闘技場へと飛び降りた。


「さぁ、私たちも始めようか」


 ヨルは首を縦に振る。


「お手柔らかに頼むよ」


 私たちは闘技場の中央へ向けて歩を進めた。




~アリアside~


 大きな音と揺れる地面。

 その二つが不定期に起きる度に、私の意識は少しずつ水底から浮き上がるかのように、はっきりとし始めた。

 そして、目を覚ましたとき、闘技場ではミリーとヨルが熾烈な戦いを繰り広げていた。


 ヨルは壁際に立つと、観客席と闘技場を隔てる壁を力任せに砕いて、自信の身長以上ある岩をミリーに投げつける。

 それに対し、ミリーは風を纏わせた剣でもって、岩を切り裂き、その俊足でもって、ヨルへと近づいていった。


「だから、そんな攻撃じゃ私には当たらないよ」


 ヨルは、辺りに散らばった人の頭ほどある石を高速で投げているが、それら全てをミリーは回避したり、切り捨てたりと、余裕を持って捌いており、当たる予感が微塵もしない。


「くそー!」


 ヨルが駆け出し、破れかぶれに拳を振り上げるも、それを振り下ろそうとしたときには、ヨルの首に突きつける様にして剣が添えられていた。


「私の勝ちだね」


 そうミリーが言うと、ヨルは拳を下ろし、それを見てミリーも剣を鞘にしまう。

 その瞬間、ヨルに破壊されていたのであろう闘技場は、何事も無かったかのように修復された。

 おそらく現状復帰の魔法か何かが、かかっているのだろう。


「よし、そろそろ朝になるし、今日はここまでにしようか。明日は、魔法の練習をしよう」


 ミリーはそうヨルに言うと、ヨルも「分かったよ・・・」と少し嫌そうに応える。


「そのためにも、ちゃんと夜になったら寝るんだよ」


「ヨルさんだけに? いや、ごめん、嘘嘘。剣をしまって!」


 ミリーは一度引き抜きかけた剣を再度鞘に戻す。

 そして、「まったく・・・」と呟きながら私の方を向く。


「おっ、アリア気づいてたんだ。私たちのトレーニングも終わったから、一緒に朝ご飯を食べに行こう。今日のトレーニングの振り返りとかもしたいしね」


 ミリーがそう言うので、私も頷く。


 そして、辺りを見回してもスレイニーの姿が見えないことに気づく。


「そういえば、スレイニーさんは?」


「ああ、スレイニーなら、私たちが模擬戦をすることになったから、他の場所でトレーニングをする、っていって出て行ったよ。多分、大樹の広場辺りじゃないかな」


 ミリーの話では、毎朝、闘技場か大樹の広場のどちらかにいるらしい。

 冬場は明るいから闘技場を主に使っている、と以前スレイニーから聞いたとのことだ。


「ああ、そうそう。スレイニーが模擬戦したくなったら何時でも声を掛けてくれってさ」


 その話に対して、私は「は、はい」と曖昧に頷くことしかできなかった。

 確かに詠唱に関するヒントは得た。

 しかし、次に模擬戦をするのは、もうしばらく先で良い。

 私はそう考えると、ミリーやヨルに伴って闘技場から出て行く。

 闘技場の外は朝日が昇っており、つい目を細めてしまう朝日の明るさの中、まばらに見える人の姿が目に入ってきた。

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