表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

私と早朝の闘技場

 鳥も鳴かぬ日の出前。

 空も白みすらしておらず、まだ夜といっても良い頃、私の肩を揺する人がいた。


「アリア、起きて。朝のトレーニングに行くよ」


「うーん、今何時?」


 眠気であまり声が出ない。

 そして、寒い。ベッドから出たくない。


「そうだね、四時くらいかな。さぁ、起きた起きた」


 布団がめくられると同時に、冷たい空気が入ってくる。


「寒いーっ」


 私は身を丸めるが、ミリーとの問答や、冷たい空気に少し目が覚めてきた。


「こんなに早い時間からトレーニングするの?」


 私は寒さに震えながらベッドの縁に座るようにして体を起こす。


「うーん、普段ならもう少し遅くてもいいんだけど、教えないといけない相手の生活時間と合わせようと思うと、どうしてもこの時間になっちゃうんだよ。さぁ、そんな訳で着替えた着替えた」


 そう言うと、ミリーはテーブルに置いてある私の服を指さした。


「服はテーブルの上、洗浄魔術を使ってあるから、綺麗になってるはずだよ。服は脱いだら、昨日と同じように洗浄版の上に置いておいてね」


 そう言うと、ミリーは部屋から出ていく。

 洗浄版とは、浴室に置いてあった魔法陣の刻まれた石版で、上に置いてあるものを綺麗にする効果があるらしい。




 私は着替え終えると、服を洗浄版の上に置き、洗顔用の水が入っている水瓶から洗面器に水を入れ、顔を洗う。


 冷たい。

 

 体の熱が一気に持って行かれるような、そんな感じのする冷たさ。

 手がかじかむ。

 私が、顔を手ぬぐいで拭き、浴室から出ると、玄関が開いた。


「準備はできてるみたいだね。じゃあ、行こうか」


 そこには、ミリーと一緒に背の高い一人の少女がいた。

 腰まで伸びる長い紺色の髪、目の色は黒で、目の下には隈が浮かび、肌は病的に白い。

 身長は百七十センチを超えているようだが、ひょろりとした印象を受ける。


 そして、細い体に関わらず、出るとこがしっかり出ていて、とても同年代とは思えない体つきをしている。


「俺はヨル。よろしく・・・」


「私は、アリア・クルードです。よろしくお願いします」


 私がそう言うと、ヨルは少し驚いたように目を開き「あ、うん。丁寧にどうも・・・」と返事をした。


 そんな私たちを交互に見て、ミリーは部屋の中にいた私の手を取る。


「ほら、挨拶もいいけど、早く早く。時間は限られているんだから」


 私はミリーに手を引かれ、部屋を出る。




 肌に刺さるような寒さの中、私たち三人が向かったのは、大きな屋根付きの施設だった。

 中に入ると、寒さも幾分か和らぐ。

 私たちは、控え室と書かれた扉や、観客席はこちら、と書かれた看板を無視してまっすぐ歩を進める。


室内の広さは、直径一キロメートルはあるだろうか、大きな円形になっており、足場は小石混じりの土で、地面がむき出しになっているだけのようにも思える。

 円形の足場を囲むようにして作られた、三メートルほどの高台には席が設けられており、座って見学することもできそうだ。

 それら全てを屋根に取り付けてある一つの大きな光源が、まるで太陽のように室内全体を照らしている。


「ここは、室内闘技場。まぁ訓練スペースだね。時々、全校集会なんかで使われることもあるけれど、基本は模擬戦をしたり、魔法の練習をしたり、そんな用途で使われるのが殆どさ。そして、ここには・・・、やっぱりいた」


 そして、室内闘技場の中央に、一人の人影が見えた。


 その人は銀色の剣と赤銅色の剣をそれぞれの手で持ち、袈裟切り、回転しながらの横薙ぎ、急停止からの突き、その技の繋がり一つ一つを確かめるように剣を振るっていた。


「げっ、鬼さん」


 小さく呟くヨル。


「あそこにいるのは、スレイニー。学園の生徒会長だよ。毎朝ああやってトレーニングしているんだ」


 ミリーはそう言うと、「おーい、スレイニー!」と大きな声で名前を呼ぶ。

 その声が聞こえたのだろう、スレイニーは剣を脇に置いていた鞘にしまうと、双方の腰に差し、私たちの方へと歩いてきた。


「ミリーさん、どうかしましたか?」


 スレイニーは丁寧な口調で話しかけてくる。

 スレイニーの黒色の癖っ毛は左目の上辺りで分けられ、左右に分けられたうち、右側は黒に近い焦げ茶色の目、そして眉まで見えるのに対し、左側の髪の毛は右目を完全に隠していた。


「スレイニーに紹介しとこうと思って」


 そう言って、ミリーは私を見る。


「昨晩、ルナに連れて来られた子。アリアっていうんだ。風と水使いで、風がメインなんだって」


 私はミリーが言い終わると、「アリア・クルードです。よろしくお願いします」と右手を差し出す。


 スレイニーは少し躊躇うようなそぶりを見せつつも、「スレイニーと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」と私の手を握る。

 その手は何かの皮の手袋が付けられていたためか、少し固かった。


 握手を終えた後、ミリーが笑顔でスレイニーに話しかける。


「で、スレイニー。新人が来たんだから、模擬戦するでしょ?」


 ミリーの様子からは、少しわくわくした様子が見受けられるが、その言葉に私は驚いた。


「え、そんな模擬戦って」

「そうですね。そうしましょうか」

「ええっ」


 ミリーの言葉に、頷くスレイニー。

 全くの迷いのない返答に、私は戸惑うばかりだった。

 そんな私の戸惑いを察してか、スレイニーは私に話し始める。

 

「この世界では、戦闘に巻き込まれることが少なくないですから。魔物しかり、人間しかり。その心構えを持っていただくために、私はここ数年、この世界に人が来たら模擬戦を提案しています。無論、無理にとは言いません。ですが、戦闘経験が少ないならば、一度練習しておくことをお勧めします」


 スレイニーの言葉に私は首を傾げる。


「この世界には魔物がそんなにいるんですか?」


 私の世界では、魔物は巡回兵達によって定期討伐されていて、被害が伝わってくることは殆どない。

 あっても、大量発生の予兆があるからと、交通禁止のお触れが出される程度だった。


「ええ、例年魔物による被害が多数報告されています。この学園も例外ではなく、学園外は討伐隊、学園内は自治隊を中心として警戒態勢を整えている状況です。ですので、学園内といっても安全という訳ではありません」


 その言葉に、私は突如不安になった。

 そんなに危険な世界なんて、考えもしなかった。

 自治隊はただの警邏みたいなものだと思っていたし、安全だった私の世界では、実戦なんて当然したことがない。


 私の心を見透かしたかのように、ミリーが私の背中をポンと叩く。


「不安なら、準備をしておけばいいのさ。丁度良い相手が目の前にいるんだから、やってみよう」


 その言葉を聞いて、ミリーが私をここに連れてきた理由が分かった気がする。

 私は、この世界で生きるには経験が少なすぎる。

 それを少しでも補おうと、ミリーは考えてくれたのだろう。


 嬉しい。


 その思いに応えたい、そう素直に思える程に。


「スレイニーさん、模擬戦お願いします!」


 私はスレイニーを真っ直ぐ見る。

 スレイニーは「ええ、ではあちらでしましょうか」と言うと、闘技場の中央に向かって歩いていく。


 私はその後に続く前に、ミリーを見る。


「私の為にありがとうございます」


 私の言葉に、ミリーは「いいって、いいって」と笑顔で返答する。


「ミリーが学園トップクラスの実力者である、スレイニーとどう戦うのか見せてもらうよ。スレイニーは別名、鬼と呼ばれているけれど、きっと模擬戦なら大丈夫。頑張れ!」


 私は、ミリーの言葉に意図せず固まってしまった。


(学園トップクラス? 鬼? 生徒会長ってだけじゃないの? そう言えば、確かにヨルさんが鬼さんとか言っていたような)


 私は心の中で呟きながらヨルを見つけようと辺りを見回すが、ヨルの姿が見えない。

 いつの間にか居なくなっていたようだ。

 もしかして、スレイニーを見かけてすぐに逃げたのだろうか。


「じゃあ、私はヨルと一緒に観客席で見てるよ」


 そう言うと、ミリーは観客席に隠れるようにして座っているヨルを指さし、手をひらひらと振ると入り口へと走っていった。


 一人残されてた私は、「アリアさん、こちらですよ」と私を呼ぶスレイニーの声に、ギギギ、と軋むかのように固い動作で振り返る。

 そこには、笑顔で楽しそうに体を解しているスレイニーの姿が見えた。


 あの笑顔は何を意味しているのだろうか。

 人の笑顔がこんなに恐ろしいものだとは、今まで私は知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ