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私と学園とミリー

 次に目を開けたとき、太陽の姿は既になく、空には満月が浮かび、目の前には巨大な木があった。

 樹齢千年と言われても違和感がない、むしろそれ以上の年月を感じさせる。

 そして、その木から、飛び降りてくる人影が一つ。

 足音もなく着地したのは、ウィンドであった。


「何しているの?」


 私は思わずそう問いかけた。


「木の上から周辺の地理の確認してきたよ。初めて来た場所なら、まず大切なのは情報だから・・・って私も随分前に人に聞いたんだけどね」


 そう言うと、ウィンドはその場に座り込む。

 そして、私を見上げるようにして話しかけてきた。


「あと少ししたら、ここに人が来るよ。それまでに相談なんだけれど、アリア、私と契約しない?」


 ウィンドの言葉に私は首を傾げる。

「契約って何ですか?」


「契約魔法って知らない? 精霊や、魔物とかを使役するのが有名だけど」


 それを聞いて合点がいった。


 それは私の世界で使役魔法として使われているものだった。

 とはいえ、動物を使役して、農耕に活用すると言うのが一般的な使い方だったので、それとの結びつかなかったのだ。


「それなら知っています。けど、私が貴女の配下になるってことですか?」


 私の問いかけに、ウィンドは「違うよ?」と首を振る。


「私がアリアの使い魔になる契約だよ」


 私はそれを聞いて理解が及ばなかった。


「・・・何でですか?」


 神であるウィンドが私の使い魔になろうとしたのか、それでウィンドに何のメリットがあるのか。


「何でって? それは、私も魔法学園に入りたいからだよ。ここは魔法学園の一角の広場みたい。で、学園の周りは山ばかりで、建物らしい建物は学園を出ると離れたところにぽつぽつしかなくてね。私たちの目標のためには、この学園に居たいけど、私は貴女の送り主に認められて来た訳じゃないからか、防護魔術がかかっているこの学園に居ると、防護魔術に引っかかっちゃうんだよね。だから、学園にいるための口実が欲しいんだよ」


 そこまで言うと、ウィンドは笑顔で私を見る。


「で、どう? そう言う訳で私と契約しない? ちょっとだけ力貸すよ?」


 私は言葉が出なかった。

 でも、そのウィンドの邪気のない笑顔を見ていると、何も問題がないように感じてしまう。


「じゃあ、お願いします」


 私がそう言うと、「よし、決まりっ」とウィンドは指を鳴らした。

 その瞬間、私とウィンドの周りに風が渦巻いた。

 周りが見えなくなるほど厚く高い風の壁、台風の目のように風のない場所に私たちは立っている。

 そしてウィンドが目を瞑ると、その体が輝き始める。

 足下には見たこともないほど、精巧な魔法陣が展開されていた。


「私の名前はウィンド。十の柱の一つにして、自由を司る者。この風、滞ることなく、どこまでも広がり、貴女の行く先を吹き抜ける」


 ウィンドは目を瞑ったまま、そのような言葉を発したかと思うと、目を開き「手を出して」と私に話しかけてきた。


 私がおずおずと、右手を差し出すと、ウィンドは私の右手に手をかざす。


「私の力の一端をここに」


 ウィンドの体に溢れていた光が、ウィンドの手を通って、私の手の上に集まってくる。

 その光は私の手首へと移動し、白金の縁の間に透明な黄緑色の石が一筋走る、細身の腕輪となった。

 石は昔、祖母が自慢していたエメラルドによく似ている。


 私はその腕輪をみて、ほう、と溜め息をつく。

 その石が月明かりを返して湛える光は優しく、疲れていた私の心に染み入るようであった。


「これで契約はおしまい! 私は普段は学園のを探索してるから、何かあったら、私の名前を呼んで? 契約の証代わりのその腕輪には、風の魔法を扱いやすくする力を付けておいたから! じゃあ、そういうことで!」


 そう言うと、ウィンドは周りの竜巻と共に姿を消す。


 消えた竜巻の周りには、武器を構えた十数人の人が集まっていた。

 その中の一人、小柄な少女が私に剣を向けながら言う。


「自治隊だ。大人しくついてきて貰おう」


 辺りを見てもウィンドの姿は何処にもなく、私は気づいた。




 契約者を置いて、神が逃げ出した!




 それから約一時間後、私は自治隊の詰め所から解放された。

 詰め所といっても、空き教室のような場所で、その教室の真ん中に、ぽつんと置かれた椅子以外には変わったものもなく、周りに自治隊の人たちが立ったまま、こちらを見ていると言った感じでかなり心細かった。


 神については懐疑的であった自治隊の人たちだったが、ルナの話を終えた辺りから、好意的な対応をしてもらえた。

 ルナは、力はあるものの、当人の心の問題や環境的な理由から力を上手く使えない人を、他の世界から連れてくる仕事しているようで、私もそんな一人として捉えられたらしい。

 また、本人も滅多にこの世界に帰ってこない上に、気まぐれ屋という所もあるみたいなので、半分同情されていたのかもしれないと、今になって思う。


「さぁ、ここが寮だよ」


 私を連れてきてくれたのは、先ほど、剣を向けてきた黄緑色の髪に、橙色の目をした小柄な少女、名前をミリーというらしい。

 その見た目に反して、年齢は私の一つ上の十六歳、学園の在期生で自治隊の副隊長という実力者だそうだ。


 この学園は年齢に関係なく、当人にとって必要な期間を過ごすことになるそうで、入学初年度を新入期、二年目以降を在期、卒業を決め、卒業するまでの間を卒期と言うらしい。

 中には、卒期一日という最短記録を持つ人もいるようだが、その人は、今冒険者になっているとの話だ。


 さて、道中、そのような話をしていたが、今、目の前には石造りの建物が立っていた。

 その造りは、装飾の少ない立方体をしていて、五階建て。

 横方向に通路が走り、複数の窓がついていることから、いくつもの部屋がありそうだ。

 そして、そのような建物が周囲には幾つもあった。

 外観よりも人を多く集めることを重視した建物なのは間違いない。


 その中の一つにミリーに連れられて入り、階段を上る。

 三階にある部屋が、ミリーの部屋だそうだ。

 ミリーは頑丈そうな木の扉にある鍵穴に鍵を刺すと、鍵を開けてドアを開ける。

 ドアはスッと開き、中からは淡い光が漏れてきた。


「少し散らかっているけど。気にしないでね」


 そう言いながら、外套を脱ぐと、ドアの側に置いてあった外套掛けに引っかける。

 短い廊下の左右と奥に部屋があり、私はその奥の部屋に通された。


 ミリーの部屋には、二人掛けのテーブル、小さな机、ベッド、飾り棚があった。

 飾り棚には剣立てや小さなぬいぐるみが置かれており、テーブルの上には水差しとマグカップ、そして勉強をしていたのだろうかノートと開かれた教本が置かれていた。

 一目見て思ったのは、整理整頓が行き届いていて、清潔に保たれているということだ。


「お部屋、綺麗だと思います」


 私がそう言うと、ミリーは「ありがとう」と一言発すると、剣を剣立てに納めた。


「コップを持ってくるから、そこの椅子に座ってて」


 ミリーはそう言うと、先ほどの廊下を戻っていく。

 先ほどの部屋のどちらかに、台所があるのかもしれない。


 私は椅子に座ると、そこに置いたままになっていた教本に目を向ける。

 見たことのない文字のはずなのに、不思議と内容が分かる。

 そこには、風の魔法の強化術式について書かれていた。

 魔法陣、詠唱、それぞれの理論について纏められている。

 そこには、私が今までに聞いたこともない理論が書かれている。


(な、何これ? 風の魔力の循環と風の回転する力の相乗関係? 空気が無いことによって、空気の通り道ができる? どういうこと?)


 私は次のページを開いた。


「お待たせ。ああ、ごめん、ごめん。邪魔だったかな」


 ミリーがグラスを持って帰ってくる。

 私は慌てて、ページを元に戻し、本を置いた。


「い、いえ。すいません。勝手に読んでしまって」


「いや、いいんだよ」


 ミリーは私の向かいに座ると、水を注いで私に差し出した。


「そういえば、アリアも風属性の魔法が使えるんだよね?」


「はい、でも私は弱くて・・・。だから、この世界で無詠唱魔法を身につけて、もっと強くなるというのが目標なんです」


「なるほどね」

 私の言葉にミリーは頷くと、マグカップを手にし、中に入っていた水を一口飲む。


「じゃあ、明日から学園生活を送りつつ、私と一緒にトレーニングしないかい? 同じ風使い同士の方が分かりあえるものも多いだろうし」


 それに・・・、とミリーは一瞬、少し遠い目をした。


「落第ぎりぎりの人がいてね。依頼で明日から鍛える予定だったんだ。だから、ついでに手伝ってくれたら嬉しいな」


 私は、その申し出について「是非ともお願いします」と頭を下げると、ミリーは嬉しそうに頷いた。





 今、私はミリーのベッドを借りている。

 ミリーはもう一つの部屋にある仮眠スペースで寝るらしく、この部屋にはいない。


 今夜はこの世界と学園の常識について、ミリーから最低限を教わると、明日からの学園生活に備え、汗をかいた体を清めた後、休息を取ることにした。


 服の替えが無かったので、以前、貰ったものの、サイズが大きくてあまり着ていないという服を寝間着代わりに借りた。

 身長差が二十センチくらいあるので、ミリーにとって大きいといっても私には少し窮屈に感じる。


 何から何まで助けてくれる人を仮眠スペースに押しやって、その人のベッドに寝るのは、何だか申し訳ない気持ちになるけれども、ミリーが優しくて良かったとも思う。


 明日からの学園生活がどのようになるのか、自分は強くなれるのか等、考えることは色々あったけれど、私の心に不思議と不安はなかった。

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