私と神々とウィンド
私はいつ目を閉じていたのだろう。
満月に触れる前?
それとも、落ちている途中から?
覚えていないけれども、今、少なくとも言えるのは、目を開けたそこには、奇妙な光景が広がっているということだ。
空も、大地も、私も、全てが灰色。
目の前には、柱が一本折れ、一部が崩落した神殿らしき建造物がある。
そして、その灰色の世界において違和感を持つ、色を持った十人の人がいた。
服は皆、白く、どこかの騎士の制服のように見える。
その中で、腰まで伸びた黄緑色を持つ十歳程度に見える少女が、同じ色の双眸を私に向けた。
そして、その目を大きく見開く。
「○○○!人がいるよ!」
その声に反応したのは、白に近い水色の髪と目をした青年。
「○○○ではありません。アイスです」
一部、声が聞こえたにも関わらず、その言葉は認識できなかった。
水色の青年は、私を見ると、少し目を細める。
「召喚魔法に似た系統の転移魔法ですね。この方も私たちと同様、あちらの世界に行くのでしょう。もしかしたら、あちらで会うこともあるかもしれませんね」
青年はそう言うと、それ以上言うことはない、と言いたげに私に背を向け、神殿へと歩み始めた。
それに伴うように、他の人たちも一緒に神殿に向かう。
「ウィンドも行くぞ」
赤い髪と目を持った、私と年齢の変わらなさそうな少女はそう言うと、私をちらりと見て、先を行く他の人たちを追いかけるようにして駆け足で向かっていく。
黄緑色の少女ウィンドは、そんな人たちを見て、続いて私を見た。
そして、息を大きく吸い込むと、前を歩く人たちに向かって声をかける。
「アイス! みんな! 私、この子と行くよ!」
その声に、全員が振り返る。
その表情には驚き、呆れ、無表情、やっぱりか、と言いたそうな笑み等、様々な表情が見られた。
そして、声をかけられたアイスは、やれやれ、といった表情で頷いた。
「構いませんが、目的だけは忘れないで下さいね」
そう言うと、ウィンド以外の人たちは、ウィンドに背を向けて歩き出し、神殿の奥へと姿を消した。
そして、その場には私とウィンドだけが残った。
「あの、貴女達は一体・・・。それに、どうして私と一緒に行くのですか?」
私はそんな疑問をウィンドに投げかける。
「うーん、何となく? 私たちと同じタイミングで、あの世界へ行く風使いがいたから気になったんだ」
ウィンドは何げもなくそう答えたように見えたが、私の心臓は跳ね上がった。
「どうして、私が風の魔法が使えるのが分かるんですか?」
私の問いに、少女は手を私の胸に延ばす。
そして、その手は私の体内へ、ずるりと入っていった。
「えっ・・・」
驚きに体が固まる。
しかしそれは一瞬の事で、体には痛みも違和感もなく、抜かれた手には何かが握られていた。
何事も無かったかのように、ウィンドが手を開くとそこには、球に円錐がついたような宝石があった。
その宝石は全体的に黄緑色の光を発しているが、円錐部の一部が青色の光を湛えている。
「これは貴女の心の勾玉。さっきの質問のもう一つの答えだけど、私たちは人を鍛えて、心を良い方向に育てる神様でもあるんだ。その力の一つとして、心を表す勾玉の色が分かるんだよ」
ウィンドは勾玉を私に見えやすいようにと、目の前に掲げる。
「色は魔法の属性や強さ、明るさはその人の優しさや心の豊かさと関係しているから、貴女の魔法や心の在り方が分かるんだ。因みに黄緑色は風、青い部分は水の属性ね」
私の勾玉は、今まで見たどんな宝石よりも輝いて見えた。
私がそれに触れようと手を伸ばすと、少女は手を閉じた。
「返すね」
そして、再度私の胸に手を突き立てた。
「うっ」
痛みや違和感は無いけれど、見た目上の違和感が酷い。
それからしばらくして、私たちは互いの話をしながら神殿の奥へと向かっていた。
「世界の再生って大変そうですね」
「そうかもね。でも私たちなら何とかなるよ」
ウィンドは心配そうな表情一つ無く、楽しげな雰囲気を醸し出していた。
「どうして、そんなに余裕があるんですか?」
「私は考えるのは得意じゃないから細かいことは分からないけれど、私はできることをすればいいって分かっているから。それに、どんなに苦しいときでも、最後には何とかしてくれるリーダーがいるからね」
ウィンドの話し方に迷いはなく、その表情もまぶしいぐらいに明るい。
・・・その表情が少し、羨ましい。
心から誰かを信頼し、任せることができる。
きっとそれは、今の私が欲しているものだから。
だから、今の私にとって、その表情がまぶしいのだと思う。
そうしていると、先ほどまで先導していたウィンドが立ち止まる。
「さぁ! 扉についたよ! 何処に行けばいいか分かる?」
そこにはいくつもの扉があった。
そのどれもが開かれており、そのどれもが明るく先が見えない。
どれもが、似たような形をしており、一目見ただけではどれに向かったら良いか分からないと思う。
けれども、何かに引っ張られるような感覚が一つの扉からしていた。
「たぶん、この扉だと思います」
私がその扉を指さすと、ウィンドは私の腕を掴む。
「じゃあ行こう!」
「ちょ、ちょっと待って!」
その力は凄まじく、私の声を無視して駆けだしたウィンドと、引っ張られる私は、扉の中、徐々に目も開けられなくなるほど明るくなっていく光へ包まれていった。