①木の中で出会い ★
あらすじにも書きましたが、これは異世界のお話です。作者が「たぶんこういう世界~」とゆるく考えた世界です。
衣装の表現に苦しみました。「漢服」で検索をかけていただけると、めちゃくちゃ美女画像ばっかり出てきて目が嬉しいです。
2020/02/17:FAいただきました。冒頭に貼ってあります
(秋の桜子さまよりいただきました)
かろうじてこれが道なのだろうと判断ができる程度に折れた草木が、鈴麗を麓の村へと誘う。
鈴麗が一歩進む毎に、右手に持った竹杖に結びつけられた青銅の3つの鈴がリリと鳴った。
霧が立ち込め、左手に持つ手燭の頼りない明かりがほとんど夜闇に飲み込まれるような山道で、生まれたての子猫の鳴き声のような鈴の音は、しかしある種の生き物にはよく響いた。
鈴麗の後ろを歩く顔色の悪い2体の男は、細い筒袖に膝丈の直裾、それに袴といった出で立ちで良家の召使のように見えるが、その襟は左衽――つまり死装束である。
また、鈴麗は深い臙脂色をした質の良い絹製の道袍を着込んでいる。
膝に届きそうなほどの大袖と、引きずりそうなほどの長さの丈、そして裾にいくほどゆったりと多くの生地が使用されるのが特徴で、動きやすさと優雅さを兼ね備える衣装だ。
名前の通り、【道士】が着るものであり……。
「李斯、何か来るっぽい。路炎、どこから来るか探してみて」
言うが早いか、李斯と呼ばれた筋肉質な男が鈴麗の傍らで周囲を警戒し、もうひとりのキツネ顔の男は人らしからぬ速さで、文字通り飛びながら偵察へ出て行った。
そう、男たちは死者であり、その死者を思うままに動かすことができるのが道士である。
鈴麗の持つ竹杖の鈴は、彼女の連れる死者――僵尸をはじめとする人ならざるものにだけよく聞こえ、魔物たちはその音を警戒して近寄らない。
この鈴を鳴らしていながら鈴麗一行に近づくものがあるとしたら、よほど強力な魔物か……人間だ。
「げげ。やっぱヒトだったかぁ~。路炎、ありがと。いったん待機ね」
なんの戦闘行為も発生しないまま静かに戻って来た路炎に、鈴麗はさもいやそうに溜め息を吐いた。
人間が相手では、分が悪いのだ。
人々は、道士がいなければ日常生活だって困ることが多いというのに、こうやってキョンシーを連れ歩くと嫌がって文句を言って来たり、キョンシーたちに攻撃を仕掛けてきたりする。
そのくせ道士が反撃に出ると、途端に道士が加害者であるかのように振舞うのだから面倒くさい。
「……はぁ」
鈴麗が、これから起こるであろう無駄な問答を思ってもう一度溜め息を吐いたとき、路炎の戻って来た方向からガサガサと草を掻き分ける音がした。
夜の山の中で、魔物も跋扈しているというのに警戒心のない歩き方だ。
これではいつ魔物に襲われても文句は言えないし、なるほど、それならばここでキョンシーに襲わせてもそのへんの魔物のせいにできるのでは、と考えてから頭をプルプルと横に振った。
「おい! 君、大丈夫か!?」
「へぁっ?」
草むらから顔を出した男は、その長くしなやかな腕を鈴麗へ伸ばしたが、一瞬早く李斯がその手を叩き払って男と鈴麗の間に立った。
綺麗な人間だ、と鈴麗は一瞬見惚れる。
声を出していなければ、またはこんなにも背が高くなければ、女性と見間違ったかもしれないくらいに、線の細い美しい面立ちをしていた。
「君は、蛮人か」
「なっ……いきなり失礼にもほどがあります」
「蛮人だからといって見捨てたりしない。安心しろ」
「待っ」
鈴麗が制止しようとあげた声も、2体のキョンシーを自分の後ろへ隠そうとしたのも、どちらも遅かった。
いや男の動きが早すぎたのだ。
膝まで長さのある大袖とくるぶしを隠すほど長い直裾という着衣でありながら、その動きには無駄がなく、腰までのスリットが入っているとは言え一切のもたつきを感じさせない足運びで、男はキョンシーたちの背後へ回った。
振り返ったときには既に男は双刀を構え、路炎に向かって切りかかっていた。
「李斯、路炎、防御!」
鈴麗がどうにかそれだけ叫ぶと、2体のキョンシーは男からの攻撃を躱したり、またはその強靭な肉体で受けながら男が疲れるのを待った。
この手のタイプがいちばん面倒くさいのを、鈴麗は今までの経験で何度も思い知らされている。
女の道士を、特に緑色の目をした蛮人の道士の存在を信じないし認めない人間というのは、どこにだって一定数存在する。
そんな人々にとってこの状況は、野生のキョンシーに襲われたいたいけな蛮人に見えるのだろう。善意で助けようとして、善意で応援を呼び、善意でキョンシーを傷つけようとする。
とにかくまともに話ができるようになるまで、まずは疲れさせるのが手っ取り早いと学んだのだ。
男の動きは洗練されていた。
最小限の動きで的確に相手の急所を狙い、外したとわかればすぐに間合いから外れる。
男が動くたびに真っ直ぐな髪が絹糸のように舞い、鈴麗の持つ手燭に照らされた毛先が紺色に光った。
鈴麗は、紺髪だって十分に珍しい蛮人ではないかと苦々しく思う一方で、自分の目よりも、東の孤島からやってきた紺髪のほうがこの国には馴染みやすいことも理解している。
光に照らさなければ紺であることもわからないのだし、一目で異人だと気付かれないのだから。
しかし本当に美しい男だ。これだけの器量があれば、武術をここまで会得しなくても十分楽に生きていけそうなものなのに、真面目なんだろうか。
「ハァ、ハァ、君、逃げろ」
「なぜ?」
「なぜ、って」
だいぶ疲労が溜まってきたらしい男が、息も絶え絶えになりながら鈴麗へひとりで逃げるよう声を掛けた。
「疲れたのなら、ちょっと立ち止まってみては? その子たちあなたに一度も攻撃していませんよ」
「!?」
鈴麗の言葉に、また一歩踏み出しかけたのを思いとどまって体勢を崩す。
「……」
バランスを崩して無防備な状態になった男を、6つの瞳が冷ややかに眺めていた。といっても、4つは白濁した瞳であるが。
「これは、どういうことだ」
「【道士】ってご存じないですか?」
「知っている。俺の父の友人に高名な道士がいる」
「……」
少しずつ、男の瞳に理解の明かりがさしていくのがわかった。
「ええと、つまりこの中の誰かが道士ということか?」
「は?」
この中の誰か、とは。
李斯も路炎も見るからにキョンシーである。肌は土気色で生者のものではなく、瞳は白く濁って光がない。それに鈴麗は慣れてしまってわからないが、もしかしたら少しくらい生臭いかもしれない。
「道士は私です。この子たちは私のキョンシー」
「キョンシー?」
「は?」
どうやら人々の生活に最も密着した怪物であるキョンシーすら知らないらしい男に、鈴麗は懇切丁寧に説明してやることに決めた。
が、その前に。
「ところで貴方はこれからどちらに行くんです? こんな夜中に山の中にいるなんて自殺志願者ですか?」
「何を言う。俺はこの近くの済角村に行くところだ」
「一緒ですね。安心しました。……そこまでぶっ飛んでなくて」
「え?」
「いいえ、なんでも。じゃあ話は道々」
2人と2体は、また静かに鈴の音を鳴らしながら村へ向かって歩き始めた。
霧がこころなしか先ほどよりも濃くなっており、鈴麗の道袍をズシリと重くさせる。
「呪術にまじないに医術、その他もろもろの神仙方術を用いて、禍を除き、福を招き入れるのが道士です」
「知ってる」
「道士が鬼や怪の類を退ける役割を担っていることは?」
「ああ」
「その手段としてキョンシーを保持していることは?」
「知ってる、が、初めて見たんだ」
言いにくそうに、視線を遠くにやって呟いた。
道士はそんなに珍しい職業ではない。いや、村3つか4つに1人という割合が多いか少ないかで言えば少ないだろうが、忌み事も受け持っている道士がいなければ、人々の生活は成り立たないのだ。
随分と世間知らずなお坊ちゃんなのだなと、鈴麗はぼんやり考えた。
容姿の美しさもそうだ、きっとやんごとない貴族のご落胤だろう。
「キョンシーはなぜ死なない?」
「もう死んでます」
「そうではなくて、俺の刀が刺さらない。これはちゃんと魔にも通用するようまじないが……」
「術者の力の差でしょう。この子たちに傷をつけたければ、皇宮お抱えの高名な道士の剣でないと」
男は、口を開いたまま鈴麗を見た。
それもそうだろう、どう見ても鈴麗は男より若い。実年齢は17だが、蛮人の年齢はわかりづらいというから、もしかしたら15より下だと思われているかもしれない。
それが、皇宮道士に次ぐ実力を持っているなど、誰が信じようか。
「信じてませんね? 別にいいですけど」
「じゃあ君のキョンシーを死なせることは不可能?」
「死なせたいんです? キョンシーの弱点自体は術者の力に関わらず変わりません」
燃やせば死ぬ。太陽の光を浴びれば死ぬ。
そういえば西洋に似たような化け物がいると聞いたことがある。吸血鬼と言っただろうか。人の血を欲するところまでキョンシーとそっくりだ。
鈴麗は背後の2体を目で振り返りながら微笑んだ。
古くに僵尸を描いた映画があるはずだけれども、あの子たちは飛び跳ねて移動するの、演技するほうは疲れそうですよね。というわけでこの世界の子らは関節曲がる設定!!僵尸に優しい作者。