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これは西野の物語  作者: 汐月夜空
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また何も変わらなかった

「また何も変わらなかった……」

 西野賢治(にしのよしはる)は濃い隈に覆われた生気のない顔を洗いながらそう呟いた。


 西野賢治は18歳、高校生だ。

 身長は168cmで、体重は60kg、平均よりやや小柄な体格をしている。

 年の割には童顔で、中学生に間違われることもあるために、少しでも歳相応に見られようと濃い栗色になる程度に髪色を抜いているが、髪形がナチュラルであることから、周りからは少し明るい地の毛色だと思われている。

 入学した当初はもっと身長が伸びると思っていたため、ブレザーの丈が非常に余っている。本人は「型が大きいのなら型に嵌めたスイカのように中身が詰まるに違いない!」と息巻き続けているが、ほぼ3年間でめぼしい変化もなく、ぶかぶかな着心地にもすっかり慣れてしまっている辺り、諦めるべき時かもしれないと感じてもいる。


 そんな風にどこにでも居る高校生である西野であったが、普通では無い点が4つある。


 1つ目は『予知能力』。

 この予知能力、発動条件はいたって簡単であり、なんと顔が濡れるだけで発動する。

 驚きのフルカラー高画質で出力されるのは自分の希望に反する未来の情報、つまりは失敗した未来が見える。その未来は予知能力物によくある改変不可能なものではなく、自分の行動で変えることができる。

 映像の中に自分の姿が決して映らないことから、どうやらこの映像は未来の自分が実際に見たものであることが予測できているが、なぜ未来が見えるのか、なぜ顔が濡れるだけで発動するのかについては不明である。

 2つめの特別に関係している可能性もあるが、今の西野には何とも言えなかった。


 2つ目は『記憶喪失』。

 今の西野には10歳以前の記憶が存在しない。家族からの話、そして3つ目の特別からの話を総合するに、10歳の頃に海水浴場で溺れて死にかけた時に、命こそ助かったものの脳に深刻なダメージを負ったために記憶を失ってしまったようだった。

 つまり、今の西野は身体的には18歳であるが、精神的にはまだ8年しか歳を刻んでいない。

ただ、幸いなことに身体の地頭が良かったために、勉学に関しては問題なくついていくことができていた。

 そのおかげで3つめの特別と同じ高校に通うことができたのはこれ以上にない幸運であった。


 3つ目は『幼馴染の存在』。

 家族ぐるみの付き合いをしている同じ歳の幼馴染、桜吹雪(さくらふぶき)のことだ。

 身長は150cm、体重は不明。華奢な体格だが、ブレザーの上からでも出るところは出ていることが分かるために性別の枠を超えて学校の生徒の中でファンが多い。桜色の透明なフレームの眼鏡がトレードマークであり、漆黒で艶のあるセミロングのストレートな黒髪がよく似合っている。

 そんな吹雪は西野にとっては命の恩人である。

 10歳の頃に、海に沈む西野のもとまで泳ぎつき、なんと浮かび上がるのと同時に人工呼吸を行い西野を蘇生させたのは他でもない吹雪だ。冷静に考えてみると脅威の肺活量の持ち主だ。

 命の恩人であること、そして10歳以前の西野のことを慕ってくれていた数少ない存在でことから、西野は吹雪に頭が上がらない。いくら10歳以前の自分が自身にとって遠い存在であっても、やはり自分と地続きで繋がる存在を慕ってくれていた相手には感謝もするし、それ以上に慕ってくれていた存在の居場所を奪ってのうのうと生きている自分の存在に申し訳なさも感じている。

 もっとも、吹雪本人からは「今さら10歳の西野が帰ってこられてもどう接していいかわからないから、気にしなくていいよ」とは言われているが、やはり西野にとっては釈然としない思いがあった。


 そして4つ目。

 これは3つ目までのまとめのようなものだ。


 4つ目は『詰み』。

 西野にとって自分の命はさして重要ではない。

 家族や吹雪が聞いたら激怒するだろうが、西野にとっては当然の感情だ。もともと存在していなかったのだから、存在している今の方が奇跡なのだ。だからこそ、ある日唐突に消え去るのが当然だと考えている。

 そんな風だから、初めのうちは予知能力をまともに使いこなせなかった。自分自身の生きる未来をリアルに思い浮かべることが出来なければ、自分の希望に反する未来なんか見えるわけがない。自分の希望(そんなもの)なんかないんだから。

 だから、一番最初に見えた意味のある未来は思いがけないものだった。

 それは、吹雪の未来の姿だった。

 命の恩人である吹雪がいつまでも幸せでありますように、きっとそんなことを考えながら顔を洗っていたのだろうと思う。

 見えた未来はこんなものだった。


 泣きながらこちらに微笑みかける吹雪が、突然、文字通り桜吹雪のようにはらはらと散って消えていく。


 役に立たない小さな未来であればそれまでにもいくつか見てきた。その経験が知っている。

 未来の映像は決して抽象的なものではない。いつか実際に自分の目で見る具体的なものだ。

 だからこそ、この未来の異質さが際立つ。

 生身の人間がまるで分解されるかのように散って消える?

 そんな馬鹿なことがあるか。まだ8年しかこの世界に存在していないが、少なくてもこれまで学んだことで当てはまる現象は存在しないし、これから学び続けたとしてもこの世界にきっとそんな現象はありえない。

 この未来の映像は、この世界の現象では説明できない。西野はそう結論づけている。

 では一体この未来はどうすれば改変できるのか。西野にとって大事なのはその一点だけだった。

 未来を改変するのに必ずしも原理を知る必要はないが、知っているに越したことはない。原理が分かれば対処法を調べて実践できるからだ。知らない場合にできることはやみくもに総当たりすることくらいだ。根気強く時間と労力がかけられるならば、おそらくもっとも確実な対処法だが、残念ながら今回の件に関してはそれがあてはまらない。


 未来の映像の吹雪は今の姿と大差なく、そしてその背景は高校の見知った教室の中だったのだから。


 ――時間が無いのだ。

 もう三年の秋、遅くても後半年の猶予も無い。早ければ今日にだってあの未来が訪れてもおかしくない。それなのに、改変の糸口すらつかめていないのだから、西野は焦っていた。

毎日何かしらこれまでに無い行動を起こし、翌日に肌が痛くなるまで顔を洗う。変わらない未来。変わらない結末。落胆。そして絶望。

 気力も体力も限界だった。休めるなら休みたかった。

 でも、今日が最後かもしれないから――西野は、休むわけにはいかなかった。

 重い心と身体を引きずって、西野は今日も学校へ行く。

初めて異世界物を書く予定です。

まだ異世界に行けていないのがもどかしい。

仕事が忙しいので、一日1000字を目標に、切りが良いところまで書いたらアップを繰り返していく所存です。

早くて3日に1度の更新の予定です。

コメントなど頂けますと飛び上がって喜びます。頑張ります。

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