第一話 フーロックとエレスルナ
「ルークス様……そろそろ準備の方は」
「んー、よし、ちゃんとこれも持ってる。 はい、準備できました」
今日は入学式。
この国は10歳を超えると6年間の間、学校と言う名の魔術•剣術訓練学校、通称『アルデウス学院』というところに通わされる。
アルデウスというのは国王の家の名前。
国王直々に建てられたこの学校は、国に住んでる以上入学することは当然で、人並み外れた能力を持っていない限りはみんなそこで魔術を習い、将来の道へ進むということ……らしい。
あくまで使いから聞いた話だからそれが正しいかは分からない。
まぁ、嘘ではないとは思うが。
「行ってきます、父上、母上」
エントランスに飾られた二人の写真を見て、俺はそう言う。
両親は亡くなったわけではない。 三年前ほど、長期の出張があるらしく家を空けただけだ。
この国での出張は戦のことを表す。
どうして俺の家が、というと、俺の家はかなり優秀で有名な家名だそうで、他国に行っても伝わるのだそうだ。
家の名前に恥じない為か元々なのか、俺の両親はちゃんと強い。 しかも父が剣士で母が魔術師と言ったバランスも取れていた。
その強さが息子にも受け継がれているかどうかは分からないが……
「きっと大丈夫ですよ、フーロック家の次期当主であるフーロック=ルークス様なら」
エントランスで立ち止まっているのを心配したのか、家の使いであるメレスがそう気遣ってくれた。
「お気遣いありがとうございます。 向こうでは寮生活となるので、中々帰ってこられないと思いますが、休みがある日は必ず顔を見せますので」
「ふふふ、本当に立派になりましたね。 10年間使いをしてみて良かったと思います」
メレスはそう言ってにこやかに微笑む。
俺が生まれた時からメレスはずっとそばに居た。
両親が家を空けることが多いからか、家事育児は全てメレスが一人でやっていた。
よくまぁ、耐えてくれたと思う。
それほど、小さい頃の自分は生意気だった記憶がある。
メレスの家は、使いをすることが当たり前の家だった。 生きること=使いになること。 と言われるまでに。
これは俺が8歳あたりになった時に聞いた話だが、ティエール=メレスは元々、両親の仲間だったそうだ。
使いとしての仕事が悪いから、と、ここではない別の国を追い出され、魔物に襲われた時に両親が助けたらしい。
最も、両親が結婚してから会ったそうだが、仲間になった瞬間は色々一悶着あったそうだ。
そして数年後、出張と同時期に俺が生まれる。
出張は一年ほどのものだったが、赤ん坊の一年というのは非常に大切なものだった。
だが、国直々の命令。 断るわけにもいかず……
どうしたものか、と両親が迷っているところ、メレスは快く俺を受け入れ育ててくれることを約束してくれたらしい。
助けてもらった恩だ、と言って。
「本当に本当にありがとうございました。 ティエール=メレス様。 私はあなたに多大なる敬意を評します」
「本当に……らしくなりましたね」
「メレス様のお陰です。 それでは、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
ティエール家の象徴である銀色の髪に、青い瞳。
彼女の髪が長いこともあってか、俺はよく引っ張ってたっけ……あの怒っていながらも優かった瞳は好きだったなぁ……
家を出る僅かな間に、メレスとの思い出がたくさん蘇った。
ー
学院は城下街のなるべく外れの方にある。
そのため、学院に行くには行商の賑わっている行商街というところを通らなければならない。
行商街は朝から賑わっている。 いや、朝だから賑わっていると言った方がいいか。
各国、各街、各村の特産品とやらをここでは朝市として売っている。 特産品ということだからか、値を張るものが多いが、国を出るということはそれほど危険な行為でもある。
「将来行商で働くから、学校行かなくてもいいでしょ」と行商を甘く見る者もいるそうだが、外に行けば当然、人を襲う魔物というものに会うのだ。
外出を許されるためにも、俺たち国民は強くならなくてはならなかった。
「おっ、フーロック家の坊ちゃんじゃねえか。 今日から学校か?」
何の気なしに行商街を歩いていると、見たことある顔の人にそう声をかけられた。
当然、知っている。
「えぇ、まぁその通りです。 相変わらず朝からお元気な様子で」
「はっはっは、入学式だからってやけに丁寧な挨拶だな! 俺は毎日どんな時間でも元気だぞ」
片腕を曲げ、筋肉を自慢するかのようなポーズを取る行商人。
行商をしながら、魔物でも倒しているのだろう、彼には自慢しなくても目に見えてわかる筋肉がある。
相変わらずハンサムで漢らしいことだ。
あとは——髪でもあればモテモテだったんじゃないかな……
「そういえば坊ちゃん、さっきエレスルナ家の嬢ちゃんが探してたぜ」
「本当ですか、どこに行ったんです?」
エレスルナ家はうちと同じぐらい有名な家だ。 フーロック家とは先祖代々と言われる年から、共闘関係を何度も築いており、先の両親の出張にもエレスルナ家の両親は出向いている。 非常に仲のいい家だ。
ただ、まぁ残念なところもあって、エレスルナ家の両親は子供というものにあまり興味を持っていない。
ティエール家ほどではないが、生きること=国に忠義を尽くすこと。 みたいな一面もあるせいか、子供にはあまり愛情を注げなかったみたいだ。 もちろん、エレスルナ家にも使いの者はいるが、愛情を持って育てているかはあまり分からない。 いや、変な考えはよそう。 きっと大切に育ててくれているはずだ。
「んー、どっちに行ったかな……ってこっち来てるな」
「え、あ、本当ですね」
行商街の奥の方から、彼女は歩いて来た。
エレスルナ家特有の、ウェーブがかった金色の長い髪をなびかせて。
「おはようルークス……探したわ」
「えぇおはようございますミスリー。 それでご用とは?」
俺がそう尋ねると、彼女は少し考えるように、手を顎に置いた。
そしてすぐに顔を上げて、気まずそうに言う。
「悪いけど、ここでは話せないわね。 というより、それは貴方が一番わかっているでしょう?」
「ははは、その通りですね」
少しだけ笑って、そのあと行商人に別れを告げる。
聞かれたくない、とまではいかないけど、知らない人が聞いたら理解不能でおかしなものだと思ってしまうから。
ー
「その様子、全部思い出したみたいね」
「あぁ……なんて言うか不思議な感覚だよ」
雑談を交えながら、行商街の薄暗い路地に入る。
多少の遠回りではあるが、学院の方向へと向かっている道だ。
「転生、ってやつらしいわね」
「転生?」
「えぇそう。 まぁ簡単にいえば『生まれ変わった』ってことね」
「なんで貴方と一緒なのかはわからないけど」ミスリーもとい魔王はそう言って微笑した。
転生という言葉自体は聞いたことがあった。 前世の話も踏まえてになるが、そんなものは夢の話だと思っていた。 現に、そう言ったことを話す人は宗教家や占い師みたいな人ばかりだったからだ。
ただ実際に自分の身に起こったことを考えると、なんとも不思議でキツネにつままれたような気分になる。 あの時、そういう人たちに何か聞いておけば良かったのではないか、と思うほど。
「と言っても、俺たちに何か変化があるわけじゃないんだろ? だったらここで忘れて何もかもやり直せば——」
「あるのよ」
冗談めかして話を流そうとした途端、ミスリーの真面目な顔で動きが止まった。
「……何が」
「あるのよ、私たちに一つの変化がね。 恐らくこれは、今になって変わったものではないのだろうけど」
そういうとミスリーは腰のあたりを弄って、一本の杖を出した。
見習いである魔術師が使う短い杖である。
これといって気になるところはない。 普通の木材に一種の魔法陣をつけた、簡単で質素なものだ。
フッと軽く彼女は杖を振った。
聞こえない速さで、ここでは聞いたことのない言葉で何かを言いながら。 この世界で言う高速詠唱を彼女はした。 文字の通り詠唱を速く唱えることだ。
魔法のレベルが高ければ高いほど、詠唱は長くなるので、噛まないで速く唱えるのはそう易々と子供ができることではない。
が、今はそんなことは置いておこう。
「それって……」
次の瞬間、杖先から見たものを見て一瞬体がこわばった。
「えぇ、威力はかーなり小さいけどね」
それは前世で、前の世界で見たものだったから。
しかも俺はその魔法に鎧を溶かされた記憶がある。 反射、とまではいかないが、俺の目は自然とそちらに向いていた。
僅かな黒い靄のような弾が、数秒の間隔をあけて俺たちの先に置いてあったゴミ箱へ当たる。
一瞬何も起こらないかと思ったが、ジュワァ……と嫌な音を立ててそのゴミ箱は溶け、跡形もなくその場から消えた。
まるで、元々そこに無かったかのように。
相変わらず、恐ろしい魔法だ。
ゴクリと自分の唾を飲み込む音が、静かな路地裏に響いた。
「こんなところね、貴方も何か使えるんじゃない?」
いかにも適当といった感じで彼女は言った。
「試してはないけど……まぁ機会があったら試してみるよ」
俺がそう言うと、彼女は「分かったわ」と言いたげに小首を振った。
前の世界の技が使える。
それを知った瞬間は確かに心が踊ったが、冷静に考えればその技は公には出せない。 ミスリーがその技を俺だけに見せたのも理由がある。 出せばきっと俺たちは手先だと思われてしまうだろうから。
この国の……いや、この大陸の敵である神とやらの。