とある世界での二人の死
勇者が嫌いだ。
人々を助け、たくさんの仲間に囲まれ、出会う人からは「英雄」と呼ばれ、地位も名誉も貰え、最強の力を持つ。
途中でたくさんの苦難はあるが、それを仲間と乗り越え、最後は人生も何もかもが幸せな状態で終わる。
結婚もして、孫も出来て、死ぬときまで……最後の最後まで幸せなのだと。
そう聞いて、夢目指して、国を出たのは……何年前だっけ。
腹部から垂れ流れる赤い何かを見ながら、少しばかり物思いに耽る。
一見聞けば良いことだらけだと思うが、実際、良いことなんて一つもなかった。
勇者という名の奴隷をしている気分だった。
生まれた瞬間から家族には合わせてもらえず、仲間こそ出来たものの、学校にも通っていなかったからコミュニケーションすら取れない。
どうにか関わりを持とうとして話しかけてはみるが、国から雇われた戦士たちは耳を貸してはくれない。
戦闘経験も年齢も彼らの方が上だったし、何より国から命令されただけで、自分の意思で仲間になったのではないのだから。
戦闘の時も進んで助けてくれるわけではない。 ある程度様子を見計らって、無理そうなら後方から援護する……その程度だ。
くだらない、一体何のための仲間なのか。
かといって俺が何もしなければ、勝手に死線を乗り越えようとして、失敗して、死んで……今、隣で横たわっている仲間は何人めの仲間なのだろう。
仰向けで瀕死の状態ながらも、何とか首を動かして、そっちを見た。
「あ……」
一人の横たわった死体と目が合う。
そこで全てを思い出した。
何で自分が死にかかっているのか、何で自分がここにいるのか、何で隣で誰かが倒れているのか……その全てを。
ー
魔王が嫌いだ。
生まれた時から魔族の王だと記され、称され、優秀な魔獣たちと魔族の住む大陸を統治する。
当然、統治しようとすれば、反乱を起こすものもいたり、勝手に人族の領地に侵入して、争いを起こすものもいる。
そのせいもあって、人族とはとても仲が悪い。
そして人族は勇者という建前の兵士を作り上げ、私たちが住む大陸へ平気で押しかけてくる。 多大な軍勢を率いて。
そして、当時王を務めていた両親が殺される。 勇者たちの手によって。
でも、それに関しては勇者たちは悪くないし、私がどうこう言って解決できる問題でもない。
言うことを聞かない魔獣が悪く、何より言うことを聞かせれない魔王が悪い。
だからこそ私は魔王が嫌いだった。
両親を殺された時、勇者ではなく自分を憎んだ。 自分の運命を。 魔王という立場を。
怒りで全身が震えそうになるが、仰向けになった私の体を見る限り、そんな力も余っていないそうだ。
胸に深々と刺さった剣を見る。 その剣は両親を殺した剣と一緒の形をしていた。
少しだけ憎くなるが、もういい……これで全てから解放される。
見下すつもりで、私は横目で隣に倒れている勇者を見た。
きっと彼は何か足掻いているのだろう、と。
ー
目が合うと同時に、魔王に深々と突き刺さった剣にも目がいく。
そうか、刺し違えたのか。 てことは相討ちか、まぁ目標とやらは達成したんだし、これで満足なんだろう、国の王とやらは。
冷静に現状を理解し、皮肉を頭の中で言う。 が、頭の中に残っているのは国の王とやらの憎たらしい顔だけだった。
残り僅かの血液が一気に頭にのぼる。 だがそれは、もうすぐ死ねるという安堵感によってすぐ治った。
隣の魔王も同じ目をしていた。
魔王に何の事情があるかは分からない。 ただ、虚ろな目をしているということは、俺と同じく死にたいということなのだろう。
何のためだったんだろう。
また考え出そうとする。 けどもう、それも諦めた。 奴隷だったのだ。 答えが出るわけがない。
目を閉じ、その時が来るのを待った。 全身から溢れ出た血液は人の形を模っていく。
僅かな温かさを残して、俺の意識は段々と薄れていった。