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ヲタク少年の青春

作者: はたっきー

2017年2月8日、当時18歳だった一人の少女がこの世を去った。アイドルグループ私立恵比寿中学のメンバー、松野莉奈。この日僕は、人生で初めて失恋した。

今から5年前、中学三年生だった僕はそのときすでにヲタクとしての片鱗を見せつつあった(というかヲタクだった)。学校から帰ると制服を脱ぐや否やDSを開いてポケモンに没頭し、深夜になるとアニメを見てそのまま寝落ち、そんな生活を送っていた。当時テレビ東京系列の番組が放送されない愛媛の地に住んでいた僕にとって、「ポケモンサンデー」は「サンデー」を名乗っておきながらド平日の夕方に放送するというなんとも奇怪な番組だった。とはいえロバートとTIM、しょこたんらポケモン大好き芸人たちによって様々な企画が繰り広げられるその番組が僕は大好きで、毎週ポケモンサンデーが放送される日だけはDSと一緒にテレビの電源もオンにしていた。いつものように「ポケモンサンデー」を鑑賞していたある日、とあるアイドルグループがゲストとして同番組に出演した。アニメヲタクだった僕にとって3次元のアイドルはあまり興味がなかったため普段であればDSに目を移すところであったが、彼女たちが歌っていた当時のアニメポケモンのエンディング曲の「手をつなごう」が大好きだった僕は、「こんな子たちが歌ってるのか〜」といった具合でテレビを眺めていた。そんなときに一人のメンバーが僕の目を引いた。それが僕の一番大好きなポケモンであるグレイシアのコスプレをしていた彼女、松野莉奈、通称りななんだった。グレイシアのコスプレをしているというだけでポイントが高いのに見た目もタイプだったため、僕はすぐに彼女をggった。すると彼女が僕と同学年であることと、想像以上に可愛いことが発覚した。そしてその瞬間、僕のエビ中ヲタクとしての第二のヲタク人生が始まった。試しに他のエビ中曲も聴いてみると、どの曲もとても素晴らしく、MVをYouTubeで視聴しては気になった曲のCDをTSUTAYAでレンタルして聴きまくるようになり、エビ中の魅力にどっぷりハマって行った。グループ全体と各メンバーの素晴らしさも知っていったが、それでも僕が一番好きなメンバー(所謂“推し”)は彼女でブレなかった。

それから3年が経ち高校3年生となった僕は、受験生として勉強に励んでいた。行きたい大学や学部も特にはなかったが、僕には勉強を乗り切るモチベーションがあった。愛媛という辺境の地に住んでいた僕はエビ中にハマってからの3年間、結局彼女らに会いに行くことは一度もできていなかった。そこで、大学から都会に住むことができればエビ中に会いに行ける、りななんに会いに行ける。それだけが僕の勉強するモチベーションだった。息抜きはエビ中の冠番組の「エビ中++」とエビ中のラジオ。僕の受験期は完全に私立恵比寿中学で構成されていた。センター試験で大コケして病み倒していた時に元気をもらったのも、エビ中が出演していたニコ生の「クイズ!コメントでアンサー」だった。これは出題された問題のヒントを自分が応援しているメンバーにコメントで伝えて視聴者が推しメンを優勝に導く、というニコ生ならではの番組だった。この時当然りななんにコメントを送りまくっていた僕は無事彼女を優勝させることができ、あったことのない彼女と少し通じ合えた気がした。そして「もう少しで会いに行ける」という思いが強まり、二次試験に向けて再奮起することができた。そこから約一週間後だった。その日は突然訪れた。すでに高校が自由登校となっていた僕は、午前中は学校で勉強して昼食をとるために一度家に帰り、その後塾で勉強するという生活を送っていた。学校から家に帰って昼食をとっていると、妹が突然部屋から出てきた。呑気に飯を食っていた僕の姿を見て何も知らないと確信した妹はすぐさま僕にテレビをつけるように言った。言われた通りにすると、そのニュースはすぐに僕の目に入ってきた。何が起こったかわからなかった。頭の中が真っ白になった。身の回りの誰かが命を落とすという経験すらしたことがなかった僕にとってその事実はあまりに残酷だった。苦しくて、叫びたい衝動に駆られたが、声は出なかった。その時僕はすでに会った事もない彼女に完全に恋していた。2017年2月8日、僕がこの日を忘れることは永遠にないだろう。

それから一ヶ月と少しが経ち、受験を終えた僕はある人物が気がかりで仕方がなかった。私立恵比寿中学、安本彩花。りななんと誰よりも仲が良くいつもべったりくっついていた彼女はあの日からずっと表舞台に立っていなかった。数日後にラインライブでやっと姿を見せたかと思えば、明るく振舞ってはいたが顔もすごく痩せた感じで、いつもメンバーから笑いを生み出していた彼女はお世辞にも普段通りとは言い難い状態だった。それでも「心配しないでライブ来てね!」とファンに呼びかけていた彼女は健気そのもので、それを見た僕は春のライブツアーに足を運ぶことを決意した。

迎えた春ツアー初日。僕はこの日のライブには参加していなかったが、その日の顛末は夜のニュースで見ることができた。「私立恵比寿中学、7人体制での初ライブ」と銘打たれたそのニュースでフィーチャーされていたのは安本だった。彼女はライブ途中のMCで観衆に向かってこう言っていた。「今回こうしてツアー初日を一緒に迎えられなかったメンバーがいます。でも私は形だけが全てじゃないと思っていて。多分今も空の上で見守ってくれていたと思うし、もしかしたらさっきも一緒に歌っていたかもしれない。時間はかかると思うけど、7人のエビ中を好きになってほしいです。」と。僕はこの時、自分が今見た光景は他のどんな光景よりも美しいものであったことを確信した。そして決意した。りななんも愛したこの素晴らしいグループを最後まで応援し続けることを。それが僕の松野莉奈、そして私立恵比寿中学のヲタクとしての今の僕の矜持だ。

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