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楽園へようこそ  作者: 安曇 莉
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1日目 朝 吉田奈々

 そっと私はベッドから立ち上がる。机に置いた封筒を横目にクローゼットからコートをだした。そういえば姉も同じようなコートを持っていたなと思う。もう会わなくなって8年もたつ。顔ももう思いだせないかもしれない。化粧なんてされていたらなおさらだ。

 封筒の中身を出して招待状の日時が今日であることを確認する。まったく、おかしな話だと思う。日時は3月も末。住所は山奥。目的地は自称城。検索をかけてみてもそれらしきものはヒットしなかった。荷物などは特に書いていないがこの距離だ。泊りになる覚悟はしておこう。だからといって気合入れて準備しても浮くだろうか。

 スカートはひざ上黒タイツ装備。長めのコートに短いブーツでも履いていこうか。山の中だからってたぶん大丈夫だよね。ドレスコードがよくわからないから困る。制服があったらそれでもよかったんだけど、あいにく高校の制服はまだ届いていなかった。いくらなんでも遅すぎると思う。

 荷物を入れたカバンを持つと部屋から出て、キッチンに立つ。トースターに食パンを突込みフライパンに卵を割った。フレンチトーストにすればよかったと一瞬の後悔をはさみながらグラスに牛乳を注ぐ。今日はジャムにしようかと冷蔵庫を再び開け赤い瓶をとった。

「いただきます」

 部屋に声が反響する。家族は誰もいない。4人兄弟で私は2番目。弟が二人いる。元気な子たちだ。今日は春休みだとかで両親と旅行にいってる。私は招待状を受けるために辞退した。姉は相変わらずかえってこない。

「ごちそうさまでした」

 食器を洗いながらテレビのニュースを見た。特に面白いこともない。いつものニュースだ。芸能人の不倫とかだれが興味を持つんだろう。スポーツ選手のドーピング。政治家の横領。今日一日は晴れますが明日は雨が降るでしょうと天気予報が告げる。

「明日は雨なのか」

 傘を持って行こうかと思い折り畳み傘をカバンに入れる。ソファーに座ってそのままテレビを眺め続けた。最近はやりのあれやこれやが特集されている。ああ、おいしそうなパンケーキ。でも食べたいわけじゃ無いんだよなぁ。星座占いを眺めながら端末で今日の経路をチェックする。

「そろそろいくか」

 カバンを持って立ち上がり、テレビを消す。

「忘れ物はないよね、うん」

 電気を消して玄関に向かい靴を履く。鍵を閉めて門を開けた。

「…ちょっと寒い」

 春にしてはまだまだ肌寒い。予想して着てきたコートの上からでも感じるぐらいの寒さだ。天気予報め。それをいえばいいのに。

「あっ、おはようございます」

 ご近所さんに挨拶をしながら駅まで歩く。近くもなく遠くもなくといった距離でちょっと楽しい。パン屋さんのウィンドウに並ぶクロワッサンがおいしそうだ。何かちょっとしたものでもかっていこうかなと駅の近くのコンビニにはいる。週刊誌の新刊が出ていた。

 改札口を通ってホームから電車に乗る。こっち方面の電車なんて久しぶりだなと思いながら席に座った。窓の外の景色が懐かしい。

 ふとカバンの中から封筒をとりだした。

「招待状」

 小さく口に出して読み上げる。何度も繰り返し見た今となっては暗唱できる内容だ。

 誰が行くのかと思わせる突拍子もない内容。出席欠席の連絡も不要。料理とか大丈夫なんだろうか。部屋とか泊まる準備されてるのかな。城だって言うなら客間とかありそうだけど、どうなんだろう。

 初めは特に行く気もなかった。家族旅行もあったし、何より調べてみて嘘だと思っていた

 姉の顔が思い浮かんだ。

 10年前、突如消えて、戻ってきた姉。

 家族は口をそろえてそんな出来事はなかったという。あのあと、姉は大学進学という理由で家を出て以来帰ってきていない。

 姉が消えたのも、今の私ぐらいの年齢だった。もしかしてこれは昔姉が消えた理由と関係あるんじゃないのか。いけば、何かが分かるかもしれない。大好きだった姉が、戻ってきてから冷たくなったのを幼くも覚えている。ちょっと、衝撃的すぎたから。

 もしも、そこにいるなら。もう一度あの頃みたいに笑いあいたい。昔の姉さんに、会いたい。

 とても、とても薄い望みだけど。

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